三十二話
「久しぶり、頭取。それで、後ろの方々は?」
己ながら馬鹿みたいな質問だと思う。しかし、そう問わずにはいられなかった。なにしろ、一部は明らかに技術者という風貌ではない。
それでも、彼らを連れてきたということは何らかの意味があるはずだ。
「いやいや、領主さま。領主さまのご要望の方々でっせ。えぇ、間違いなく」
「俺の要望、ね……」
さて、どういった意味での要望か。
「こいつらは、かつて己の腕で食っていた奴らですよって。必ずお役に立ちますよ?」
ぴくり、とヴァンの言葉が聞き捨てならずに反応する。さきほど、やつは己の腕、と言った。つまり、かの奴隷たちももと職人、あるいは見習いというべき存在かもしれない。
確かに、奴隷の職人がいれば少しは費用が浮くかも、何て考えてはいた。しかし、本当に見つかる。しかも連れてくるとは……。
にやり、と笑うヴァン。それはまるで冷徹に獲物を狙う蛇のようであった。
さりとて、こちらもただでやられるつもりも毛頭ない。どう巻き返すべきか。
……切るか、カードを。
「いやはや、ちょうど良かった。こちらも色々、話したいことがあってね? もちろん、人員は引き取らせてもらうし、対価も払う」
「それは良かった。それで話しってぇ? ワイとしては、領主さま相手なら勉強させてもらいますよって」
「それは心強い。しかし、値切り交渉ではないので安心してほしい」
あぁ、そうだ。俺がしたいのは値切り交渉じゃない。もっと即物的で、互いに利益のある交渉だ。毒団子ではあるが、な。
そのためには、まずサシで話せる状況を作る必要がある。
「どちらにせよ、まずは受け入れ準備をする必要があるね。こちらの側近に案内させよう。誰か、いるか!」
「おにーちゃん、どうしたの?」
呼べば誰か来る、と思ったが。まさか、メルが来るとは。そう言えば、ヴァンが来たのを教えてくれたのも彼女だし、そもそもまだ帰ってなかったな。
……まぁ、良い。どちらにせよ、案内は必要だ。彼女にお願いするとしよう。
「メルちゃん、彼らをレグルス、ついでにアスガルへ会わせてやってくれるか? あいつらには受け入れを、と言えば通じるはずだ」
「うんっ!」
俺のお願いにメルは元気よく返事してくれた。そして、ヴァン以外の人間を引き連れていった。それを見送る俺たち二人。
彼女がレグルスたちのもとへ行ったのを確認した俺は――。
「それでは、こちらに来てもらえないか頭取。商談といこう」
自らヴァンを客間へ案内する。さて、ここからが本番だ。
客間へと移動した俺たち。俺は自ら茶の用意をしてヴァンへ差し出す。
ことり、と彼の前に出したカップ。そこには紅茶ではなく、緑色の液体。緑茶が注がれていた。
「……これは?」
「うむ、緑茶と言う。製法自体はほぼ紅茶と同じだ。ただ単に収穫時期や、煎れ方が違うだけだな」
興味深そうに緑茶を見るヴァン。新たな商機になるか、と考え込んでいるのだろう。それも含めて、あえて出したのだから、そうなってもらわないと困る。
俺にとっては既知のものでも、ヴァンにとっては未知のもの。相応に警戒してしかるべきものだ。特にいままで緑色の飲料など見たことも、聞いたこともないはず。
かちゃり、とヴァンがカップを持つ。そして、口をつけてこくり、と一口含んだ。ごく、と喉がなる。
「……これは、不思議な味でんな。ご領主さま」
「そうだろうね。まぁ、不味くはないだろ?」
「ええ、まぁ……」
どうやら、感触は悪くない。それに度胸もある。未知のものを躊躇せず口に含んだのだから。
ならば、大丈夫だろう。切り込むか。
「さて、頭取。あなた方のことだからこの領地がいま、そこまで余裕がないことは理解されているだろう、そして、俺の懐についても、な?」
「……ほんまでっか?」
ヴァンの疑うような視線。それを見て、思わず苦笑いがこぼれる。やれやれ、俺のことを打出の小槌とでも思ってるのだろうか。残念ながら、これまでの領地再建にポケットマネーを使い続けたことで、だいぶん目減りしている。
だからこそ、実弾。という意味での現金はそこまでない。と、なると他の交渉材料で取引するべきだ。
「残念ながら、本当だよ。だからこそ、代わりにこれを――」
ヴァンに見えるように、ごとり、と煉瓦を置く。
「これは、煉瓦? これがなにか?」
煉瓦を見て不思議そうにする。そうだろう、煉瓦自体はありふれたものだ。ただ、これは普通の煉瓦じゃない。耐火煉瓦だ。
「ふ、マーネン商会は俺がローマンコンクリートを作ったことは知っているのだろう?」
その言葉を聞いて、ヴァンの目が鋭くなる。俺が作った、つまり、普通じゃないと気づいたのだ。
それを肯定するためにも、俺は口を開く。
「これは耐火性に優れた煉瓦だ。こと、耐火性だけでいえばローマンコンクリートの上をいく」
「ほほう……」
それを聞いてヴァンの目が輝く。これをどう使えば金を稼げるのか。頭の中で算盤が弾かれているだろう。
だが、彼は気づくかな。耐火煉瓦の真価を。こちらはそれを提示するつもりはない。あくまで、存在を仄めかすだけ。
「これを提供する用意がある。……これは、王国に革新的な風を呼び込むことになるだろう」
「……革新的な風?」
そう、革新的な風。すなわち反射炉と新たな製鉄。近代兵器の台頭。やがて、あちらの世界と同じく大量生産にも結び付いていくだろう。
それゆえに、俺は知りたい。マーネン商会の背後に誰がいるのか。誰が彼らを支援しているのか。
……アルフェの時はそうでなかったが、ヴァンの時は明確にちらつくのだ。背後の思惑が、何者かの意思が。それを確認しなければ、危なかっしくて使うことも出来やしない。
だからこそ、あれを、目立つものを隠れ蓑にする。
「それと、もうひとつ。マーネン商会とは胸襟を開いて取引をしたい、とこちらは思っている」
「……それは、ありがたいお話で」
いま、あきらかにヴァンの警戒度がはね上がった。こちらが踏み込もうとしていることを察したんだ。だが、ここでの足踏みは意味がない。踏み込んでいく。
「あなた方、マーネン商会は誰の意思で動いている? こちらとしても、イオス公爵家の臣である以上、御家に害を成すところと、ずっと懇意に、というわけにもいかんのだ」
間違いは言っていない。ここはもともと王家の直轄地であるが、公爵家に下賜され、そこから俺に、という形をとっている。すなわち、現状。俺は公爵家の臣となる。
さて、どうするヴァン・マーネン。こちらは背後に公爵家がいることを提示したぞ。ここで虚偽を言えば公爵家を敵に回す。その選択肢が取れるか?
……ヴァンはお手上げ、とばかりに肩を竦めた。どうやら、賭けに勝ったようだ。
「降参です。ええ、ワイらは取引の他に、とある御方の指示で動いてました」
「その、御方とは?」
「ディオスクロイ子爵家夫人、マイア・ディオスクロイ」
マイア・ディオスクロイ……。マイア姫か!
確かに、マイア姫は子爵家に降嫁した。という話は知っていたが、ここで繋がってくるか。
だが、これで最悪の事態。マーネン商会がどちらかの王子派閥の紐付き、という可能性が排除できたのは大きい。また、マイア姫は経済に関心を持っていた。ならば、これから切るカードの重みも理解できる。風は間違いなく、こちらに吹いている。
「なら、マイア姫にも伝えてもらいたい。……いや、あなた方、マーネン商会にも特大の取引となるか」
ヴァンがごくり、と喉を鳴らす。俺の雰囲気が変わったからだろう。
だが、次には平静でいられるかな?
「すぐに公爵家へも報告を上げるつもりだが、つい先ほど、領内で砂金が見つかった。この領内に金鉱がある可能性が高い。あなたが連れてきた山師を伴って、すぐにでも調査を開始するつもりだ」
ヴァンがポカン、と呆然としている。さもありなん、目の前に特大の爆弾を投下されたのだから。
さて、公爵家への連絡だが……。やはり、アスガルを走らせるしかないか。出来れば、そういう人材もほしいものだ。……いや、もうひとつ選択肢があるか。
俺自身が、公爵家へ赴くという選択肢が。




