二十六話
ゴブリンへ剣を振りかぶる。ゴブリンたちはなぜか狼狽えている。なぜかは分からないがチャンスだ。俺は一刀のもとに切り捨てる。
血飛沫が上がった! あと4!
「ギィッ!」
ゴブリンが耳障りな音を、鳴き声を奏でた。もしかしたら、この近辺は元々こいつらの縄張りだったのかもしれない。そこがいつの間にか伐採され、そして俺たちがいた。
つまり、俺とゴブリンたちの不意遭遇戦だ。ならば、それを最大限利用する。狙いをまだ混乱している一匹に絞る。若い個体だ。つまり、戦慣れしてない!
「オラぁっ!」
サッカーボールキックで蹴りあげる。ゴブリンの腹を、芯を捉えた。身体が吹き飛び木の幹に頭から叩き付けられる。ごきり、と鈍い音がなった。首が曲がってはいけない方向へ曲がっている。あと3!
「ちぃっ!」
「ギャアッ!」
がきん、と俺の直剣とゴブリンの錆びた剣が切り結ぶ。混乱が収まってきたか!
切り結んでいるゴブリンの後ろにいた2匹もじりじり、と間合いを詰めてくる。一対一なら、ゴブリン相手なら膂力、身体能力の差で押しきれる。しかし、囲まれたら不味い。
「ぁ、ぅぅ……」
後ろから喘ぎにも似たか細い声が聞こえた。そしてその声に聞き覚えがある。嘘だろ……。
「ちぇりゃあっ!」
俺は力で無理やりゴブリンを押し飛ばすと後ろへと駆ける。そこには恐怖でがくがく、と震えているメルの姿。
ただでさえ、不味いというに――。
――がさり、と再び草木を掻き分ける音が響く。バサバサ、と鳥が飛び立つ。
それと同時に、ゴブリンも狼狽えている。もしや、こいつらは逃げて……。
地面が揺れる。地震……ではない。
「ぶもぉぉぉっ!」
そこには2メートルはあろうかという、ピンク色の豚面のモンスターの姿。
「今度はオークか!」
ゴブリンたちは脇目も振らずに逃げていく。縄張り争いで負けたのか。もしくは、単純にオークと出会って逃げ惑っていたのか。
しかし不味い。ゴブリンは身体能力の差で押しきれた。俺とゴブリンでは文字通り、大人と子供だから。だけど、オークはそうもいかない。むしろ、身体能力だけならこちらの2、3倍だ。
しかも最悪なことにメルは腰が抜けているようだ。それがさっき逃げてなかった理由か。
格上相手に守りながらの戦闘、なんて出来るはずもない。だが――。
――脳裏にフラッシュバックする幼馴染み。アンリが三年前。宮廷で謀殺された時の口から血を流していた死に顔。
……逃げられるわけがない。あんなのは、もう御免だ!
「おぁぁっ!」
無様でも良い、格好悪くても良い。奇声をあげて、俺は俺を鼓舞する。アドレナリンがどばどば出てるのだろう。気分が高揚しているのが分かる。……行くぞ!
「あぁっ!」
足を力強く蹴りあげ、オークへ突撃する。少しでも時間を――。
「――えっ」
重い、重い一撃が身体に響く。
「がぁっ……!」
身体が吹き飛ぶ。積み上げられた木材に叩き付けられた。木材が崩れなかったのは幸いだった。
咄嗟に剣を盾にして防御も間に合った。だが、身体がギシギシ、と軋み痛みを発している。
オークを見ると、そこには棍棒を振り抜いたやつの姿。
そうか、あの棍棒で殴り飛ばされたのか。
「ごはっ、か、ぁ……!」
肺から空気が吐き出される。苦しい。意識がもうろうとする。それでも、骨は折れていない。内蔵が傷ついていないだけマシだ。
ずるずる、と身体がずり落ちる。目がちかちか、と明滅している。
「く、そぉ……!」
「おにーちゃん!」
メルの必死な叫び声が聞こえた。どうやらオークはメルではなく、いまだに俺をターゲットにしているようだ。
少し、身体の力が抜ける。まだ、あの娘は大丈夫だ。後は、俺がどれだけ持ちこたえられるか。
――その時、俺の上を陰が通り過ぎる。
「はっはっ、坊っちゃん。修練が足りませんな!」
剣閃が、銀の軌跡が奔る。それは暴威となって、オークの棍棒を持った手を切り飛ばした。
化け物の、オークの絶叫が響く。その事には気にも止めず、我が騎士の背中を見る。
「そんなことでは戦に勝てませんぞ!」
「なに、言ってやがる。一番の頭が剣振ってる時点で負け戦だろうが」
「違いありませんな!」
軽口を叩き合う俺たち。そんな俺たちの合間に熱が――。というか、物理的に熱い!
「アイン――!」
炎が、剣が、華が舞う――。
深紅の長い髪がふわり、と揺れる。少女の、女騎士の剣閃に火が灯る。いや、本当に燃えている。
「はぁぁぁ――!」
豪、と火が奔る。幾重にも奔る火が軌跡となり、オークを焼き、切り裂いていく。
あいつの、エレインがもっとも得意とする剣と魔法の合わせ技。魔法剣・炎舞。
しかし、なんてところで使いやがる。ここは森の近くだぞ。延焼したらどうする。
だが、ふたりが来たことで、もう大丈夫。と、気が抜けたのだろう。意識が遠くなっていく。
最後に見た光景。それはオークの豚面が宙に跳び、ごろん、と地面に転がる姿。そして、メルがふたりを、騎士たちをぱぁ、と華開いた笑みで見つめる光景。
きっと、この時。彼女は目指したのだろう。誰かを守る道を。騎士へと至る道を。この時の俺は、ついぞ気付くことはなかったが。




