二十五話
イオス公爵家から工兵、黒鍬隊が来てしばらく後。アルフェたち、マーネン商会が積極的に取引を行おうという姿勢を見せていた。
その動きがあまりに怪しく、警戒していた俺だったが……。
「かといえ、断れないよなぁ」
アルフェが、正確に言うなら頭取であるヴァンが連れてきた職人のリストを見て頭を抱える。
これが大工だけならラッセル親方には悪いが、いまは時季が悪いとして、少々時間をずらすことが出来た。なにより、いまは黒鍬隊がいることによって、大工が火急に必要、というわけではなかったからだ。しかし……。
「どう考えても足元を見られてるな、これは」
職人の中に、森林整備、管理人。釣り師。家具職人などがいたのだ。
これが家具職人だけなら話は分かる。
しかし、森の管理人と釣り師。これは森林、というより木材の恒久的な利用のためにする植林の知識。今後、河川を利用した魚釣りのための知識を体得するために必要な人材。
明らかに釣餌だと分かっていても、断れるものではなかった。
まるで蛇に絡め捕られると分かっていながらも、前に出る蛙の気分だ。しかも動きから見て、間違いない公爵家に対抗しようという意図が透けて見える。なんなら選べ、と言っているのかもしれない。公爵家と商会、どちらを優先するのか、と。
「えぇい、忌々しい」
選ぶもなにも、俺はアルデバラン伯爵家の一員。イオス公爵家閥の人間だぞ。しかもエレイン、公爵家令嬢と幼馴染み、という立場にある。選ぶ以前の問題だ。
ただし、感情論で突き放しても問題は好転しない。むしろ、悪化しかねない。だからこそ忌々しいのだが。
「さて、どうするべきか……」
幸いにも商会の手を取っても、即座に黒鍬隊を返せ。という話にはならないだろう。逆に手を取らなくても、領地から手を引く。という動きも見られない。あくまで、踏み絵というスタンスだ。どちらを優先するか、という。
そこをうまく突くことが出来れば解決する。
「だが、その手が見つからないのが問題、だよな」
そう、いま俺の手元にあるカードはあまりに少ない。それをどう切るか、吟味しなくてはならない。
一番手っ取り早いのは虎の威を借る狐。公爵家の軍事的優位を使い、マーネン商会を恫喝する。まぁ、悪手だよな。
マーネン商会だって、それぐらいは見えてるはず。その状態で仕掛けてきたんだ。何らかの対抗、対応策がある、と宣言しているに等しい。
他の秘匿している技術を交渉材料として差し出す。これも、どちらに、なにを。という問題がある。それに一部の技術はまだ研究中だ。
研究完了、あちらの、前世の技術が再現できたらそれこそ世界が変わるが、だからこそ容易に出せないし、そもそも交渉だと認知されないだろう。
まぁ、一応。あちらの科学とこちらの魔術。ふたつの術を融合させた魔科学技術の研究もさせているが、こちらの方がまだ理解できるだろう。
ただ、尖鋭過ぎるのが問題か。なにしろ、再現技術の時点で――。
「水車、風車、銃火器、蒸気機関。前ふたつはともかく、後ろふたつは明らかにオーバーテクノロジーだ」
まぁ、出来れば再現したい技術ではある。大量生産、産業革命という意味でもそうだし、蒸気機関は鉄道、大量輸送の始まりでもある。それらを手に入れられればインフラはもとより、軍事的にも革命と言える。
結果、おいそれと外に出せる代物じゃない。まぁ、出す以前に研究が終わってないんだけど。
「いっそ、水車、風車で茶を濁すか?」
一応、そちらもそれなりに役に立つ、はず。
ううん、考えが纏まらないな……。
「息抜きに外へ出るか」
がたり、と席を立つ。下手な考え休むに似たりとも言う。外を散歩するだけでも、もしかしたら良い考えが浮かぶかもしれない。
「そうと決まれば、行くとするか」
俺は久々に腰に愛剣を佩く。訓練用によく使っていた真剣だ。
まぁ、正直。俺に武の才能はない。軍部閥の伯爵家に生まれながら、腕前は一般兵士に毛が生えた程度。だからこそ、部屋住みで親父どのに期待されなかった、とも言えるが。
それでも一応、いま修練を受けている雑兵よりはマシだろう。いや、比較対照が悪すぎるか。素人より強いから勝ってる、は流石に格好悪すぎる。
「はぁ……。懐かしく、気が重くなるねぇ……」
昔はよく、アスガルとの修練で地面に転がされたものだ。しかも、その度にあいつは『修行が足りませんぞ、はっはっはっ』と笑ってくるし。
修行が足りないんじゃなくて、才能が足りないんだって。そう言えたら楽だったんだが。
「と、いかんな。気分転換で気が滅入ってたら話にならない」
なんのために外へ出てきたのか、という話だ。
館を出て、てくてく、と外を歩く。
しかし、改めて思うが領民の顔が明るくなった。去年、この領地が死にかけていた、なんていま説明されても誰も信用しないだろう。
前までは子供も労働力として働かされていたが、いまでは遊んでいる子の方が多い。
「あっ、おにーちゃん!」
「うん? メルちゃんか」
「うんっ!」
とてて、と駆け寄って来るメル。どうやら同じ子供たちと遊んでいたようだ。そこには以前のような薄い壁はない。馴染めているらしい。
しかし、なぁ……。
「お前ら、ここは遊び場じゃないぞ?」
子供たちに注意する。なにしろ、ここは材木の保管庫。というより広場だ。確かに、材木がいっぱいあって、かくれんぼなんかをするには抜群の場所だけど。
だが、ここは広場に見えるが、つい最近まで森林だった場所だ。それに森も近い。どんな危険があるか――。
――がさり、と草木を掻き分ける音が聞こえた。
現在、こちら方面で木の伐採をしている、という報告は受けていない。俺は咄嗟に剣の唾口を切る。
姿が見える。音の正体――。
「――モンスター! ゴブリンか!」
緑色の肌をした小人。ファンタジーの定番、ゴブリンだ。数は5、戦えるのは俺ひとり。圧倒的に不利。
俺は子供たちに叫ぶ。
「逃げろっ!」
俺の叫びに弾け飛ぶように子供たちが跳ねた。
戦えるか? ――いや、戦う! 戦わずしてなにが領主か!
「おおっ!」
俺は気炎をあげるとともに、剣を抜き放ってゴブリンたちの前へ躍り出た。子供たちを守るために。




