二十三話
以前、人手があっても今度は金がない。と、頭を悩ませていたわけだが、その後。救いの蜘蛛の糸、ガンダタの糸、とでも言うべきか。それがもたらされた。
イオス公爵家、エレインの手によって。
領内、村中でカーン、カーン。と、小鎚を打つ音が響く。がやがや、とした喚声がそこかしこを包んでいる。
以前来てくれた公爵家の工兵。黒鍬隊が再びこの地へ現れてくれた。そして、彼らは現在。老朽化した家屋の補強、新築などをしてくれている。
これまでラッセル親方のみだったからこそ、この分だとあと半月。秋の始まりくらいには、領民たちの家は万全になるだろう。
その光景に満足してうむ、うむ、と何度も頷く。俺の横で黒鍬の指揮官として再び訪れたエレインはポカン、と辺りを見渡していた。
「うっそぉ……。なんか、発展しすぎじゃない?」
「そうか?」
エレインがポツリ、と呟いた言葉に反応する。すると、エレインはぐりん、とすごい勢いでこちらを見やる。
「いや、この間まで廃村寸前だったでしょうが! それが、あそこも! あそこも! あそこも!」
と、エレインは次々にマーネン商会の出張所、村唯一の宿屋兼酒場。木材がこれでもか、と積み上げられた伐採場を指差す。
確かに、これらはこいつが帰る頃にはまだなかった施設だ。でもなぁ……。
「お前が一度帰って、もう半年以上だぞ? ある程度、村が変わるのは必然だろう?」
「それは……! わかってるけど!」
ムッキー、と地団駄を踏むエレイン。スカートが捲れてはしたないからやめなさい。なんというか、こいつらしくはあるが。
見ろ、通行人たちが微笑ましく見てるじゃないか。というか、兵士に微笑ましく見られるって、指揮官として良いのか?
まぁ、恐れられるよりは、親しみやすく思われるのはプラスだろうが。
「それにしても、エレインたちが来てくれて助かったよ」
「そ、そう……?」
照れ臭そうにはにかむエレイン。
別にこれはおべっかとかではなくて、俺の偽らざる本心だ。正直、マーネン商会から職人を紹介されるのがいつか、まだ、はっきりと分かってないし、代金の問題もある。
でも、時間は待ってくれない以上、動くしかない。
そんなときに来てくれた工兵。黒鍬隊だ。これで作業は進むし、領民たちが助かる確率が上がる。
なにより、一番良いのは黒鍬がイオス公爵家所属。つまり、いますぐ賃金を払わなくて良い、というところ。
世知辛い話だが、キチンとした技術、知識を持つ集団。というのはお高くなるのが相場だ。それを払える体力があるか、と言われると……。
なので、借りを作る形になったとしても、黒鍬は現状、喉から手が出るほどほしい人材だ。能力的にも、お財布的にも。
「しかし……」
俺は現状を判断するため、少し考え込む。
「どうしたの?」
「うぉっ……」
俯いた俺を見上げるよう屈んだエレインが、顔を覗き込んでくる。ふわり、と女性特有の甘い香りが漂う。というか、年頃の娘がそんな無防備な行動はやめなさい。
ただでさえ、エレインは整った顔立ちをしてるんだから、そんな急なことはビックリするでしょうが。
それはともかくとして――。
「今回のこと、イクリルくんが考えたんだったよな?」
「ええ、そうだけど……」
それがなにか、とエレインは返してくる。
それを聞いて、俺のなかに安堵と警戒が生まれる。
安堵は、それほど有能な男に姉貴が嫁ぐ、ということが分かって。
警戒は、それほど有能な男に借りを作ることになってしまったと分かって。
さすがに段取りは公爵閣下が行ったんだろう。しかし、道筋はイクリルくんが作ったとなれば、正直、薄ら寒いものを感じる。
つまり、それは彼。イクリルくんは既に閣下に後継として過不足ない、と判断されているわけだ。俺と同い年。つまり16歳にも拘わらず。
まだ、彼が俺と同じように前世持ちだというのなら分かる。しかし、そんなことはないだろう。そのような話題も、仕草も聞いたことがない。
「やれやれ……」
嫌な感覚を振り払うように首を横に振る。
だって、そうだろう?
我がアルデバラン伯爵家はまだ親父どのが実権を握っている。一番上の兄貴。ディムラ兄が20代の半ばにも拘わらず、だ。
まぁ、正味。ディムラ兄が当主として不安がある、というのは多分にあるだろう。正直、あの人はNo.2。参謀や軍師で輝く人だ。
軍事、武力という意味では次兄のレサト兄。領主としての手腕は三男のアルニ兄に及ばない。本人もその辺りは自覚している。
……というより、伯爵家で一番当主適正が高いの、姉貴なんだよなぁ。
まぁ、俺は前世という下駄を履いてるから比較対照にいれてないけど。
と、まぁ。伯爵家でそんな状況なのに、おそらく爵位的にも、業務的には格段に上な公爵家当主としての経験の一部を既に教えよう、と思われるなんてイクリルくん。何者だよって話なんだよ。
それこそ、後世の歴史書に名を刻まれてもおかしくない出来人、ってことになる。
「別に門前に馬を繋ぐことになるのは構わないけど――」
どうにか、お手柔らかに頼みたいものだね、本当に。
俺は、俺自身の将来を見据えて、深々とため息を吐きそうになった。




