二十二話
「だから、お父様!」
ばんっ! と机を叩く耳障りな音が響く。姉さんが父上に直談判している。はしたない、公爵家の令嬢として、もうちょっと慎みを覚えてほしい。
姉さん、エレイン姉さんが辺境から帰ってきて、はや半年以上経っている。
その姉さんだが、この頃はこうして度々当主である父上へ、辺境領への投資を直談判するようになった。まったく、相変わらずのアインさん贔屓だ。
……正直、僕。イクリル・イオスはアイン・アルデバランが苦手だ。
話しにくい、とか嫌っているとか、そういうんじゃない。ただ、昔からなにかと姉さんは僕と幼馴染みのアインさんを比べてきた。
アインならやってるのに、アインなら出来るのに。それに比べてイクリルは。
アイン、アイン、アイン。婚約者であるアマテルさんには悪いけど、正直うんざりだ。
なぜ僕が、麾下である伯爵家の、しかも後継者でもない四男と比べられなければいけないのか。
確かにアインさんと僕は同い年だ。でも、それだけ。それ以外の関係なんて、一切ない。精々、姉さんが幼馴染み、というだけだ。
「姉さん、同じことを何回も、何回も。飽きないね」
「イクリル……!」
苛立ってるのは分かるけど、僕にぶつけないでほしいな。それに――。
「分かってるの? あそこに投資する、って最悪火遊びじゃ済まないんだよ?」
「……だからこそでしょうがっ!」
かの地で、アクラ派の搾取があった。つまり、まだ何らかの影響力が残っていてもおかしくない。
僕たち、我がイオス公爵家は武断派筆頭ではあるけど、パルサ王家と真っ向から喧嘩できるわけじゃない。
それに、父上は黙ってるようだけど、この頃ディオスクロイ子爵家の動きがキナ臭い。あそこには女性だけどサルガス王の長子、マイアさまが嫁がれている。
もしかしたら、裏で繋がってるかもしれないのに、迂闊なことなんて出来ないよ。
「エレイン、イクリル。騒々しいぞ」
「申し訳ありません」
「……ちっ」
もう、姉さんのせいで僕まで。しかも、舌打ちまでしてるし。
ぎろり、と父上が姉さんを見る。
「エレイン。騎士を目指すな、とは言わん。しかし、最低限礼節を身につけよ。身内だから、という甘えは許されん」
「……はい」
あらら、今度はしょんぼりしてる。まぁ、普段騎士、騎士言ってるのに、いくら苛ついてたからって舌打ちしたらそうなるよ。
「イクリル、貴様はどう考える?」
「そうですね……」
最近、試されてる、とでも言うべきなのかな。父上は僕に考えを振ることが増えてきた。まぁ、後継として僕を鍛えよう、という魂胆なんだと思う。
それも含めて、どういった結論を出すべきか。
正直、感情だけで言えば投資は反対だ。姉さんのアインさん贔屓、とか、そういうのが理由じゃなくて単純に危険すぎる。アクラ派は良い噂を聞かないしね。でも……。
「僕の考えとしては、限定的な投資ならあるいは……。というところですかね?」
「はぁっ?!」
姉さんが素っ頓狂な声を上げた。
「イクリル、あんた、ならなんで反対してたのよっ!」
「それはそうだよ。姉さん、金も、物も、人も出すつもりだったでしょ?」
僕の言葉に姉さんはぷい、と顔をそらす。いくらなんでも、公爵家がそこまでする義理はないよ。ただでさえ、危険な火遊びになりかねないのに。
でも、姉さんが言うように、あそこが。辺境が発展しそうなのも、また残当。だったら、公爵家としては影響力を確保しておきたいよね。
それに、それだけじゃない。
……アイン・アルデバラン。確かに僕は苦手ではあるけど、彼が金の成る木だということは理解してる。姉さんの比較のこともそうだし、アマテルさんからも、こっそり、彼が伯爵家の資金振りを良くしていることを聞かされてる。
それなら、利用できるなら利用すべきだ。少し、援助してリターンを得られるなら万々歳だよ。
でも、資金投与だと痛くもない腹を探られる危険性がある。物資は伯爵家が関与している。そこへ横槍を入れるのは最悪、向こうの面子を潰す行為。なら、後はひとつ。
「まぁ、姉さんのプランは論外として」
「ちょっと!」
「人員の、半年前の黒鍬派遣のようにするのが妥当かと。あと、出来れば人員も絞りたいですね。前回の半数から少し多い程度で」
僕の提案を聞いた父上の目が閉じる。重苦しい雰囲気が辺りに漂う。
再び父上の目が開く。鋭い眼光、公爵家当主としての威圧が僕を貫く。ごくり、と喉が鳴った。
「……よかろう」
どうやら合格だったようだ。ぶわり、と汗が吹き出す。姉さんは無邪気に喜んでいる。やれやれだよ。
「……して、指揮官はどうする?」
「あっ、それは姉さんで」
僕の提案にポカン、としている姉さん。
まぁ、前例があるんだから倣うのは当然だよね。
だから、頑張ってね。姉さん。
ちゃんと、辺境領でイオス公爵家の影響力を稼いできてね?
あと、ついでに恩義を売ってきてくれると嬉しいかな。ともかく、お仕事頑張ってね。
僕は誰にも悟られることなく、内心黒い笑みを浮かべるのだった。




