二十一話
じりじり、と暑さが肌を焼く初夏の季節。奴隷たちを迎え入れて、早くも二ヶ月ほど経っている。最初の頃こそ、もともとの村人と奴隷たちの間で少しキナ臭い雰囲気が蔓延したが、それも、もともと領民に慕われていたアスガルと、顔役であるデミオ老が潤滑油となることで最悪の事態は防がれたと言って良い。
また、それだけではなく俺にとって想定外の、そしてプラスとなる出来事もあった。
アスガルが奴隷たちに教練を施しているわけだが、それを見た一部の領民が自発的に参加してきたのだ。
奴隷に負けてたまるか、という反骨心と、自分たちで村を守らなくては、という責任感の芽生えだと判断できる。
こちらとしては領民には、なるべく安全な場所へいてほしいのだが、本人たちのやる気がある以上止めるのも筋違いなので、現状見守っている、という状況だ。
その結果、雑兵という括りになるがいまの辺境領の兵力は五十人程度と、場末の領地としては破格の兵力を得ていることになる。
だが、その数は同時に総人口の半数に上るわけで、とてもじゃないが、運用できるわけがない。
なにしろ、全軍で出るなんて事態を呼び込むつもりなんてないし、それで壊滅しようものなら領地自体が壊滅的な打撃を受けることになる。そう言った意味では、全力出撃など認められるわけもないのだが。
「しかし……」
思わず、くく、と思い出し笑いが出る。
あの後、何度かアルフェが行商として来ているのだが、奴隷たちが根付いての初回。まさかの、奴隷たちが硬貨を持っての買い物に来たのを見て、目を白黒されている姿を見たのは痛快だった。
趣味が悪い、と思われるかもしれないが、それはそれとして面白かったのは事実。本人の前では笑わなかったのだから勘弁してもらいたい。
それはともかく、奴隷たちに給金を渡したこともあり、領地では最低限、貨幣社会が浸透している。物々交換でもいまの状態は回るだろうが、後々領地が大きくなれば、やはり貨幣が流通するのは重要だろう。
今後は領民たちにも仕事の対価として給金を支給する予定だ。現在はアルデバラン伯爵領の支援で食糧を得ているが、やはり自給するのが重要だ。
そのためにも、狩猟に、農業に、と頑張ってもらうしかない。また、他にも食糧を得る方法として。
「人間が増えてきたことで、やっと始められそうだな。河川の調査も」
そう、去年。レグルスと森林の視察で発見した河川についてだ。そこで領民たちが水を汲んでいることから飲用に適しているのは確認できている。
あとは、どの程度川魚がいるか。そして、どのような魚がいるか、などだ。
「あと、可能なら養殖にも手を出したいな」
とはいえ、知識も技術の蓄積もないことから、まずは手探りとなるだろう。精々、石を並べて生け簀とか、溜め池を作るとか。そこから、魚がなにを食べるか、どうやって繁殖するのかを手探りでやっていくしかない。
だが、必要な作業でもある。いくら河川が大きいとはいえ、乱獲すればいずれ枯渇する。それを防ぐためにも養殖技術は重要だ。
それに、漁業とは直接関係ないが河川の整備もやっておきたい。氾濫防止用の堤防の敷設。畑、水田のための用水路の建設。水路輸送のための船乗り場、簡単な港の整備など。
思い付くだけでも色々ある。もっとも、どれもこれも費用も時間もかかる。一朝一夕では出来ないだろう。
だが、氾濫対策は無事に生活するためには必須であるし、水運が使えるようになれば、陸路より遥かに多く、多大な恩恵を得られるに違いない。
「可能な限り、早急に手を打ちたい。……んだけどなぁ」
頭を押さえて、体を仰け反らせる。体を預けている椅子の背もたれが、ぎしり、と鳴る。
領地の収益自体は順調だ。ヴァンとの商談のあと、キノコも栽培も始めている。秋には収穫できることだろう。稼ぎが少し増えることになる。だが……。
「やっぱり、根本的に足りないんだよなぁ」
人手は奴隷のお陰でマシになっている。だから、それ以外の部分。
食糧は秋まで支援をもらえる契約になっている。メインの収穫が秋である以上、そうなるのは必然。だが、それは同時に秋以降は、自給自足の必要がある、ということ。
それまでに、食糧増産。なんて真似は出来ないから、食糧を買う資金源を確保する必要がある。領地の利益の大半はそこで消える予定だ。あまり無駄、とは言わないが他のことへ資金を投入する余裕はない。
「どこかに金の成る木は生えてないものか」
愚痴だとは解っているが、そうも言いたくなる。
一応、伯爵領から連れてきた部下。研究者たちには色々と研究の下準備をさせているが、それだって資金不足で遅々として進んでいない。奴隷や領地の初期投資を俺のポケットマネーで進めた弊害と言える。
かといって、それをしなければ領地は壊死していたのだから、痛し痒しだ。
「飯の種となる構想はある。それに今後の発展についても、だ。ただ、先立つものがなぁ……」
いっそ、マーネン商会。アルフェたちに金を借りるべきか? しかし、それをしたら骨の髄までしゃぶられそうで……。
思わず顔をしかめる。理性では、絶対ろくなことにならない。そう解っていても、選択肢として頭のなかでちらつく。
そのどん詰まりな状況に、俺は深々とため息を吐くのだった。




