十九話
あの日、アルフェとの取引から1ヶ月は経とうという頃。辺境領は大規模な商隊が来る、という話をマーネン商会の商人から聞くことが出来た。
どうやら彼女はきちんと話をまとめてくれたのだと、俺は胸を撫で下ろしていたのだが……。
「お初に、アイン・アルデバランさま。マーネン商会頭取のヴァン・マーネンです」
糸目でにこやかな笑みを浮かべる男。ヴァン・マーネンの登場に正直戸惑っていた。まさか、奴隷取引で相手の頭目が出てくるなんて、考えてもなかったからだ。
そして、それ以上に――。
後ろで泣きながら抱き締める男女と、抱き締められる子供。まさか、本当に買い戻すことが出来るとは。
正直な話。子供を買い戻す、というのは奴隷を買うための名目でしかなかった。そりゃあ、心情的には買い戻せた方が良いに決まってる。しかし、現実的ではない。
なかったはず、なのだが。現実には買い戻すことが出来た。正直、瓢箪から駒という気分だ。
「あ、あぁ。ご丁寧に感謝する。領主のアイン・アルデバランだ」
うん、見た目だけで言えばすごく胡散臭い。第一印象だけで見れば、間違いなく付き合いたくない人種だ。
ただでさえ、揺り篭から墓場までなんて標語を使っている商会の胡散臭い見た目の頭目なんて、付き合い方を考えたくなるのは当然だ。
顔は、歪んでないだろうか。一応、腹芸ぐらいは出来るつもりだ。というか、ここにアスガルを連れてきてなくて良かった。あいつのことだ。絶対、顔に出る。
そういう意味ではレグルスで良かった。そちらの方の考えにも理解があるから。もっとも、別の意味で顔に出ているようだが。
「それで領主さま? 代金の方は――」
「もちろん、用意させていただく。レグルス」
そう、レグルスが顔色を変えている理由、それは奴隷購入の代金について。
子供の買い直しについての追加予算は考えていた。だが、それにプラスして――。
「あの、アインさま?」
「問題ない。あくまで今回の代金は俺から出す。領地の金には手を付けん」
問題は数。当初、俺は最低大人を三十人用意してくれ、と頼んでいた。ただ、この最低、という言葉がミソだった。
なんと、マーネン商会。奴隷を五十人用意してきやがった。この村の総人口と同数だ。まさかここまで用意できるとは。もっとも、さすがに大人だけじゃなくて、子供も含まれているが。大人は三十人いるから問題ない、という考えだろう。
まぁ、確かに問題ないんだが。それはそれとして――。
奴隷として連れてこられた大人たちの顔は一様に暗くない、むしろ明るい顔。どういうことだ? 奴隷として売られる以上、影があるのは当然のはずなのだが。
そこでにこにこ、と笑っている頭取。ヴァン、だったか。彼がなにか言ったのかもしれない。
俺の疑問を肯定するような言葉が、そのヴァンの口から紡がれた。
「こいつらには領主さまのことは、ちゃんと話しておきましたから。領民に優しいご領主さまだって」
……こいつ。顔が歪みそうになる。
確かに領主として、主人として奴隷が自発的に従ってくれるのはありがたい。しかし、回り始めたとはいえ、この辺境領が限界集落であるのに変わりはない。
そもそも、奴隷に関してだってすぐに優しく出来るわけじゃない。こちらにも色々事情がある。その状態で、ハードルだけ上げられても厳しいぞ。
なんて、悪態をつけられたら良かったのだが。
「そうか、感謝する」
と、しか言えん。ここで下手に希望を折るとどうなるか予測できない。ただでさえ、奴隷の多さで村のパワーバランスが変わりかねんのだ。危険は極力排除するに限る。
それを織り込み済みで、奴隷の扱いも考えていたが、それを早急に伝える必要が出てきたようだ。
だが、それはあとの話。それより、いま、この場にマーネン商会の頭取がいるなら、優先すべき話がある。
職人、技術者の誘致だ。
現在、辺境領で専門職と呼べるのは狩人であるデフと大工のラッセル親方。村として暮らしていくならなんとかなるかもしれない。いや、家屋の建て直しという意味では大分不味いのだが。
だが、この辺境領は今後なんとしても発展させなければならない。目的のためにも、だ。
その時、まともな職人がひとりしかいない、というのはお話にならない。なんとしても誘致する必要がある。
そのための交渉材料もある。俺のポケットマネー、と言いたいがさすがに使いすぎるともしもの時、不味い。だが、なにも俺の資産はそれだけじゃない。
そもそも、俺が稼ぎのために作ったのはローマンコンクリートなどだけじゃない。むしろ、氷山の一角と言って良い。
費用対効果があまり優秀じゃないから手をつけてない部分も存在する。
その一例が椎茸の養殖だ。
そもそも、椎茸は食材のひとつであるが中世日本では高級食材として取引されていた。まぁ、こちらはパルサ王国ではそこまでの利益は期待できない。
なにしろ、日本で高級食材とされていたのは近年まで養殖方法が確立されてなかったこと。そして、精進料理の材料として需要がある。
だが、パルサ王国には精進料理などないし、菜食主義者であるヴィーガンなどいるわけもない。需要がないのだから、採算が取れるわけもない。
なら、そんなものが取引材料になるのか、と思うだろうが結論から言うとなる。あくまで現在需要がないだけだし、さらに言えば一部の技術は他のキノコ栽培に応用できる。つまり、キノコ採取が容易になる、ということだ。
椎茸、という単一個体ではなくキノコという全体で見れば食卓を彩る、という意味で意義があるのだ。そして、その技術をマーネン商会へ譲渡。あるいはこちらが収穫したキノコを優先的に商会へ卸す。
まぁ、商会に卸すのが現実的なラインだろう。マーネンはあくまで商会で、キノコ農家ではないのだから。
……ふっ、と軽い笑いが出る。
「あの、ご領主さま?」
「いや、済まない。少し考え事をしていただけだ」
思わず出た笑いに怪訝そうな顔を見せるヴァン。
まさか、貴様ら。マーネン商会との取引を夢想して笑っていた、なんて夢にも思うまい。
それはともかくとして、もうひとつ。こちらの方が、資金面では有用であろう耐火煉瓦だ。
まぁ、耐久性単体で見れば耐火性はともかく、他の部分ではローマンコンクリートの下位互換であるが、その真価は陶器、磁器を製作できることは元より、一番の利は反射炉を作れることだ。
火薬を精製してわかったことではあるが、この世界――パルサ王国限定かもしれないが――では火薬はあまり必要とされていない。
やはり、魔法というファンタジー要素が根底にあるのが原因だろう。しかし、魔法使い。魔術師、というのは育成も含め高コストだ。早々用意できるものでもない。それに比べ、火薬は、ある程度の量を用意できれば農民でも使用することが出来る。
中世で銃が、そして大砲が戦争を変えたように、だ。
そして、反射炉はこれまでの炉以上の高温で、鉄すらも融かすことが出来る。つまり、大量の鉄を使うことで大砲を製作することが可能になる。青銅で造られた大砲であるカルバリン砲。それよりも強力である大砲を、だ。最終的には野砲も製作可能になるだろう。
そうなれば、いまの貴族の軍隊、それこそ騎士などは軒並み陳腐化する。そして急速に普及するだろう。大砲が、野砲が、銃砲が、そして火薬が。
その流通を一手に引き受けるのがマーネン商会。と、なればどれ程の金が動くか。想像するのも途方もない話となる。
そして、それが想像できるなら、間違いなく商人。ヴァン・マーネンという男は食いつくだろう。
それだけの餌だ。このふたつは。
さて、問題はこの二つをヴァンに、マーネン商会にどうプレゼンするか。俺はそれに頭を悩ませるのであった。




