十六話
商談が終わってアルフェが退室した後、俺は緊張で固まった身体を弛緩させていた。なんとか商談が纏まって良かった。
ただ、アルフェに、マーネン商会へ奴隷の買い付けを依頼したのは良い。しかし、待っているだけでは意味がない。
今後のことも考えて、出来ることはやっておかないと。
「デミオ老、済まないね。驚いただろう?」
「いえ、ご領主さま。わしらのため、ありがとうございまする」
涙声のまま、すするよう呟くデミオ老。
そう感謝されても困る。実際に売られた奴隷が帰ってくる可能性は低いし、奴隷購入はこちらの都合によるものだ。
「いや、良いよ。これは必要なことなんだ。だから、デミオ老。頭を上げてほしい」
「ですが……」
どこか困ったようなデミオ老。まぁ、気持ちは分かる。彼にとって、俺の思惑はどうあれ、奴隷を買い直そうという行動に変わりはないんだ。だったら、感謝するのは当たり前。むしろ、感謝を受け取らない俺に困るんだろう。
「なら、こちらのお願いを聞いてくれるかな?」
「……お願い、でございますか?」
俺がお願い、というのを不思議に思ったのだろう。少し、デミオ老の上擦った声が響く。
まぁ、デミオ老。というより、領民たちにしてほしいことではある。それを伝えてほしいだけだ。
「あぁ、そうだ。……さっきも聞いてもらったように、いずれここに奴隷が訪れる。そのとき、彼らを受け入れてほしい。たとえ、子供たちじゃなかったとしても、だ」
「……それは」
途端、難しい顔になるデミオ老。
そりゃそうだ。子供たちが帰ってこないかもしれない、と宣言しているのだから。そして、そのとき、受け入れてほしいと。
いわば、仮に帰ってこなかったとして、奴隷を。そして、マーネン商会を恨まないでほしい、と言っている。
それはとても難しく、残酷なことだろう。一度希望を持ったゆえに、諦めきれないはずだ。だが、十分あり得る未来でもある。
そして、たとえ傷ついてでも奴隷は買う必要がある。緩やかに死を迎えつつ村を、領地を再生させるためにはマンパワー、人的資源がいる。だが、いまの領民の数では明らかに足りないんだ。
本来、こんなことは無能の極みだ。正直、前任者。この領地を差配していた代官を見つけたら、ぶち殺したくなる。それはアスガル、レグルスも同じだろう。
本当ならかなりのポテンシャルをえていたこの地を、ここまで痩せ細らせたのだから。
沸々と怒りが巻き起こりながらも自制する。いまはまだ、代官の行方も分からないし、そもそも相手にしている暇もない。
それより、するべきことをしないと。
とはいえ、現場。木の伐採、ならびに木材の確保はアスガルが、冬眠から起きた動物の狩りはデフが行っている。
「村の女衆が農地の作業をしてるし……」
やはり、俺が行うべきは内政、というか書類整理か。館にあった裏帳簿やら、商談の記載を整理したり、と。そういったことをレグルスと手分けして行っていた。
まぁ、アルフェとの商談のため、途中で抜けてきたわけだが。
「やはり実働もそうだが、人手が足りん」
しみじみと呟く。出来れば官吏、役人も増やしたい。いまは俺とレグルスでも回せるだろうが、今後領地が大きく、というより発展したら捌くのは不可能だ。
それにレグルス自身のこともある。
「出来れば昇進させてやりたいし、それで仕事も任せたい」
そう、そうなのだ。
レグルスは俺の傅役とされたことで、無理やり出世コースから外された。これが兄貴、嫡男たるディムラ兄貴の傅役なら、間違いなく出世コースが約束されるのだが。
それに、アスガルも含めて、だが――。
「二人とも、まだ独身なんだよなぁ……」
本来なら主君である俺が嫁の世話をするべきなのだが……。
そんな伝手もないし、そもそも、俺自身独身だ。もともと部屋住み予定。飼い殺しになる前提だったから、婚約なんかもなかったし。
それでも、領地で好き勝手出来ていたからまだ恵まれている方だろう。そうじゃなきゃ、ローマンコンクリートやら火薬なんて作れなかったからな。
まぁ、単純に親父どのたちがまったく興味を示していなかったから、とも言えるが。いや、兄貴のひとり。三男のアルニ兄貴だけは興味を、というか関心を示していたが。伯爵家の中で唯一、じゃないな。俺と姉貴以外で唯一内政を鑑みていた人だから。
「だからこそ、苦労していたとも言えるが」
いや、振り回していた俺が言うことでもないか。
「あの、ご領主さま……」
「……ん? あぁ、済まない。デミオ老」
彼がいるのを忘れて考えに没頭してしまった。考え始めると周囲が見えなくなるのは悪癖だな。直さないといけない、というのは分かっているんだけど。
「もし、あの子たちが戻らなかったとしても、わしらは……」
「ストップ、そこまでで良い」
「ですが……!」
「無理に覚悟を決めなくても良い。……ただ、覚えておいてほしい、ということだから」
そう、デミオ老たちが納得できるとは思っていない。ただ、理解してほしいんだ。
買われてくる奴隷たちは、この村と同じ。口減らしのため、売られた子である、という可能性を。あるいは、この村が崩壊した未来の可能性だ、という事実を。
「買われてきた彼ら、彼女らにも家族があった。この村のように、あるいは得られたかもしれない幸せがあったかもしれない。それだけは、覚えておいてほしい」
「……っ! はい、わかりました。村の者たちにも、話しておきまする」
「頼む、負担をかけることばかりで済まないね」
「この老骨に出来ることであれば」
そう言って、にこり、と微笑むデミオ老。
その笑顔にきっとこの村なら、デミオ老がいるこの村なら、奴隷たちの第二の故郷となる。そんな確信を得て、俺も少し、安堵の笑みを浮かべることが出来た。
そのためにも、俺は故郷となり得るこの村を発展させないとな、と気持ちを新たにするのだった。




