十三話
アルフェ・マーネンという女商人がここへ来てから、既に数ヶ月経った。その間に親父どの、いや、姉貴からの食糧支援が届いたり、それを使って炊き出しを行ったり、色々なことがあった。
なお、合間合間にマーネン商会と何度か取引をした。そして分かったのは、おそらくマーネン商会は何らかしらの企みはあるように見えたが、少なくとも、商品はきちんと持ってきているため、取引を続けている。
そして、いまは雪解けの初春。とはいえ、この土地は比較的南方にあることから、あまり雪が降らなかったのは朗報だろう。もし、寒冷地域なら凍死者が出たかもしれない。それだけは運が良かった。
あと、黒鍬部隊を率いてきたエレインは、黒鍬の仕事完了と共に公爵家へ帰還している。本人は残るつもりだったようだが、黒鍬隊の副隊長。実質お目付け役に引き摺られるように、しょんぼりとして帰っていった。
「それで、アスガル。レグルス。これからこの領地が本格的に始動するわけだが」
「そうですなぁ、坊っちゃん。これまではあまり動けませんでしたからなぁ」
アスガルの言う通り。季節が冬、寒さでまともに活動するのが難しいと考えた俺は、なるべく領民には行動しないようにお願いしていた。まぁ、畑の整備など、しなければならないことは手伝いなどしていたが。
それとともに、俺の方でも実家。伯爵家に溜め込んでいた個人的な蓄えや、配下、とでも言うべきか。研究をさせていた人員などをこちらへ呼び出した。
人手が足りないと言うのもあるし、それ以上にそういう人員はこちらの手元に置いておきたい、という本音もある。なお商人、アルフェとの取引にはこの持ってきた蓄え。俺のポケットマネーから出している。まぁ、いつまでもこちらの金を使っていると、さすがに金が尽きるため、今後は領地で切り出した丸太や獲物の肉、革、骨などを取引対象にするつもりだ。
「ですが、アインさま? 動くにしても……」
「分かっている」
レグルスが心配していることも分かる。本当に分かるんだ。やはり領民、というか村民が少なすぎる。冬、活動できなかったのも、村民が少なすぎてひとりでも死なれたら影響がデカすぎる。だからこそ慎重に、死人が出ないように立ち回った。
だが、これから本格的に領内開拓を始めるとして、人手が足りなくなる。伐採に、狩猟に、農作業に。出来れば河川の調査や、村の建物の補修など、したいこと、やるべきことはいくらでもある。ただ、それ全部をやるほど人員が、人的資源がない。
やはり、前々から考えていたことが必要か。
「ご領主さま。お客さまですぞ」
俺たち三人で話していた部屋の外から声がかかる。村の顔役、デミオの声だ。
かの老公には、村の代表として領主館で働いてもらっている。まぁ、働くとは言っても、それは村の情報を話すご意見番、とでも言うべき立場だ。
外様である俺たちでは、どうしても考えが及ばない部分がある。そのための、いわば俺たちと村の橋渡し役をしてもらっているわけだ。
それはそれとして、客か。このタイミングということは、客というのはおそらく。
「デミオ老、客というのはアルフェさんか?」
「えぇ、仰る通りで」
「なら、この場へ通してくれ。それと、老にも同席を頼む」
部屋越しにデミオが驚いているのが分かる。いままで、アルフェとの交渉で老、というより村人を同席させることはなかった。しかし、今回は同席させなければいけない案件があるため、仕方ない。
デミオ老が部屋から離れる気配がする。
レグルスが真剣な面持ちでこちらを見やる。
「アインさま、もしや?」
「あぁ、いつまでも先延ばしにするわけにもいかんだろうさ」
そう、いつまでも先延ばしにはできない。人手が足りない以上、手段を選ぶ余裕はない。
もし、外部から移住者が来るなら動く必要もないだろう。しかし、現状の領地では待つだけの余力はない。ならば、買い付けるしかない。
――労働力、つまり奴隷を。
むろん、これは俺が勝手にやること。領民には関係ない。俺のポケットマネーで買い、労働力として村に、領地へ定着させる。
まぁ、さすがにすぐ解放する。というわけにもいくまい。もし、万が一の可能性。この村から売られた奴隷を買い戻した、ということが起きれば話しは別だが。
その他の奴隷を解放、というのは誰も望まないだろう。俺も、村人も、そして奴隷自身も。
そんな状況で解放しても互いが不幸になるだけ。機を見る必要がある。あるいは、時間をかけて納得させる必要がある。
村人には買われた奴隷が安全であること。奴隷にはここに定着する愛着を得ること。そうしなければ、帰属意識を持たない奴隷は逃げ出すだろう。そして、再び奴隷落ちする。それでは意味がない。互いに不幸になるだけだ。
それだけじゃない。いまの状況で人手が足りない。それはつまり、村の防衛、という危急の際の人員すらいない、ということ。たとえ村人を徴募兵にするとしても、実際にはデミオ老のような老人、メルのような子供もいる。しかも、村人全体で見ても女性が多い。
この状態ではまともな戦力として数えられない。まさかアスガルに八面六臂の活躍を、なんて言うわけにもいかない。
言えば、おそらく本人は了承するだろう。しかし、いくら騎士として、そして戦闘者としての腕が立つとはいえ、それで村全体を守れるほど安易なものではない。
どれだけアスガルが強くとも、ひとりしかいない以上、数の暴力でこられた場合。村は蹂躙されるだろう。これは強い、弱いという問題じゃないんだ。
だからこそ、奴隷の買い付けというのが必要悪になる。奴隷という立場で、村人。領民の代わりに死ね、と言わなければいけない。甚だ不本意ではあるが。
領主である俺が考えるべきは第一に領民、そして領地。その後に俺や、奴隷たちがくる。それが必要なことだからだ。
少なくとも俺は空虚な箱を眺めて悦に浸る趣味はない。領民がいてこその領地。そして領主だ。それだけは肝に命じておかなければ。
そう、改めて覚悟を抱きつつ、俺はデミオ老。そしてアルフェが来るのを待つのだった。




