十二話
わたくし、マイア・ディオスクロイには望みが、願いがある。そのためにはなんだってやってきた。この王国。軍事国家パルサ王国では下賎と嗤われる金稼ぎ、商談であろうとも。
その願い、それは妹。ライナをあの伏魔殿から助けること。
王族が、王女が妹だとおかしいと思われるかもしれない。でも、おかしいことはなにもない。わたくしもまた、もと王族。王国の中でも変わり種。内政に、財貨獲得に精を出していた貴族、ディオスクロイ家へ降嫁した。
そして、その後は旦那と共に、いえ。旦那以上に精を出した。幸いだったのはわたくしに、そういった金稼ぎの才があったこと。
わたくしが、ここへ嫁いでからディオスクロイ家の財政状況はさらに好転した。やろうと思えば、他貴族の一部を、財政援助、というかたちで傀儡に出来るほどに。
そんなわたくしではあるけど、今日。面白い話を聞くことになった。
「それで、ヴァン。なにか報告がある、ということでしたけど?」
わたくしの前に座る男。どこか信の置けない、糸目で狐顔の男の名前はヴァン・マーネン。マーネン商会の頭取であり、ディオスクロイ家の御用商人です。
「はい、家内から面白い話が舞い込んできまして」
手揉みしながら話すヴァン。彼がなにかをたくらんでいるときの癖だ。
「アルフェから?」
「えぇ、そうです。……時に奥さま。いま、辺境でアルデバラン伯爵家とイオス公爵家が活発に動いてるのはご存じで?」
「あの二家のこと? 一応、耳には入ってきてるけど……」
どこに商機が転がっているか分からない以上、情報収集を行うのは当然です。お父様がまたぞろ、動いたようですけど。
「寄る年波にはかなわないようですが……」
お父様も先のご病気でずいぶん老け込んだ、と耳に届いています。それのせいで、ダレスとアクラの派閥争いも激しくなっている、とも。
まったく、困ったものね。どちらに味方する貴族も、勝った後の皮算用しかしていない。下手に王国が荒廃しようものなら、隣国。プレア皇国や、仮想敵国であるヒアデス帝国がどう動くか、分からないというのに。
その点、旦那さまは安心できるわ。どちらかに肩入れすることなく、金稼ぎに精を出しているのだもの。いまの状況、どちらに肩入れしてもロクなことにはならないわ。
それに、わたくし自身、あの二人には歓迎されてないでしょう。なにせ、嫡男。長男こそダレスですけど、長子という意味ではわたくし。マイア・ディオスクロイ。いえ、パルサこそ一番上の子供ですもの。
パルサ王国は男子継承とはいえ、あの子たちにとって、わたくしが目の上のたんこぶであるのは明らか。なるべく、動いてほしくないのが本音でしょう。そういう意味でも、わたくしが。そして、ディオスクロイ家は動かないのが得策。
それはともかく、いまは辺境領の話です。
あの二家、特にイオス公爵家が積極的に動いているのは掴んでいます。なにしろ、姫騎士の異名を持つエレインを派遣しているのです。熱の入れようはすさまじいものがあります。
……しかし、エレインですか。昔は彼女のことをライナは嬉しそうに話していましたが。いまは、手紙にもその名前が記されることはありません。あまり自身に、というより王宮に近づいてほしくないのでしょうね。アンリのこともありますし。
……って、また脱線していますね。それより、なぜそこまで公爵家は肩入れしているのでしょうか?
あそこは配下のアルデバラン伯爵家へ下賜された土地、のはずですが。
そこで、ヴァンがにこやかに笑いながら、こちらへ情報を寄越します。
「その辺境領。家内が新しく入った領主が若いながらも見所がある、と評しまして」
「へぇ、そうなの……」
あのアルフェが曲がりなりにも認めた逸材。というのは気になりますね。アルフェも表面上は穏やかですが、損得や利害というものには敏感です。
それこそ、役に立たないと判断すれば、即座に切り捨てるくらいには。
そんな彼女が誉める、というのは本当に珍しい。しかもアルデバラン伯爵家は当主含め、パルサらしい貴族だと評判です。そんな家から内政家が産まれるとは突然変異でしょうか?
「なんでも、伯爵家の四男で、名前はアイン・アルデバランと」
あまりに想定外の名前が出たことで、一瞬身体が硬直する。その名前は聞き覚えがありすぎました。なにしろ、昔はライナの手紙に、嬉々として書き記されていましたから。
頼れる兄みたいな存在だと。一人の女の子として、彼を好いている、と。
ですが、同時に好機でもあります。かつて妹の手紙で告げられた彼の性格。それを想像すれば、妹を助けるため行動している可能性は極めて高い。
それはすなわち、かの人物。アイン・アルデバランと共闘できる可能性を示唆しています。その領地がどれ程発展するかまでは判断できませんが、ある程度ならこちら。ディオスクロイ家で補填できます。
なにしろ、家財という意味では言わずもがな。武力という点でも、こちらはかなりの兵力を供出できます。
ディオスクロイ家は爵位でいえば子爵家。そこまで位が高いわけではありません。ですが、それはもともと想定済み。それでもなお、わたくしがここへ嫁入り。降嫁したのには相応の理由があります。
それはもちろん、ここが商業を、商いを重視していた、ということ。軍事国家であるパルサ王国では異例と言って差し支えありません。
ですが、その結果。ディオスクロイ家は常備兵が1000。その他にも金銭で雇用している傭兵が1500と800で計2300。総兵数で言えば3300。
これだけだと分かりづらいですが、王国一の武闘派であるイオス公爵家の動員兵力が4000。その配下のアルデバラン伯爵家の動員兵力が800だと言えばどれだけ異常な数値か分かるでしょう。
なにせ、額面だけで言えば子爵家であるはずのディオスクロイ家は、イオス公爵家に次ぐ動員兵力を誇っているのです。
そして、王国全体の動員兵力は約22000。つまり、イオス公爵家、アルデバラン伯爵家。そして、我がディオスクロイ家で総兵力の三割近くを供出しているのです。
それがそっくり、辺境領の後ろ楯に回ればどうなるか。それは、火を見るより明らかでしょう。
さらに言えば、辺境という立地がいい。王族が雲隠れする地には打ってつけでしょう。問題は、その立地がプレア、ヒアデス両国と近しいこと。
ですが、それに目を瞑ればこれ以上良い土地はありません。そうなれば、わたくしが取るべき手をひとつ。
「ヴァン、取引といきましょう」
「はいな、辺境への支援ですな?」
「えぇ、そうです。あなた方、マーネン商会の新規出店の名目で、ね? 資金はこちらで用意します」
「毎度! いやぁ、奥さまは毎度話が早くて助かりますわぁ」
「それはこちらもですわ。あなた方は儲け話を運んできてくれますもの」
うふふ、あはは、と二人で笑い声をあげました。まぁ、ヴァンは目が笑ってませんでしたし、きっと、わたくしもそうだったでしょうけど。
いまは、そうですね。アルフェの目利きと、そしてアインくんのお手並みを拝見するとしましょうか。
その結果、どうするかは改めて考えるとしましょう。
願わくば、切り捨てる、という選択肢を選ぶ必要がないようしてほしいものです。
わたくしのため、そして、ライナのためにも、ね?




