十話
俺が、アイン・アルデバランが辺境の領地にたどり着いて既に二週間。その間、色々あった。
館の中に収容されていた村から搾取された物資の解放、ならびに分配。顔役の老人――デミオ、という名前らしい――や、デフの紹介で木こりの村人とともに森へ入り、どのような伐採計画をするかの策定。
村内部での男衆、女衆への聞き取り。メルの遊び相手など。
そんなこんなで、あっという間に時間が過ぎて、アスガルが姉貴や、公爵家へのお使いから戻ってきたのだけど……。
その中に、見覚えがある。そして同時にここにいちゃいけないやつがいたわけで。
「久しぶりね、アイン!」
「……いや、なんでここにいんの?」
俺は館の中にある執務室で、胸を張って自信ありげに反っている、エレイン。ここにいるはずのない公爵令嬢を見る。
マジで、どうなってる。どうしてここに、公爵令嬢たるエレインがいるんだよ。俺は公爵家に黒鍬の派遣を頼んだだけだぜ?
俺は視線でアスガルへ問いかける。それを受けて、アスガルは苦笑いを返すだけ。いや、どうしろと?
「どうしたの、アイン。複雑そうな顔をして」
不思議そうにこちらを見やるエレイン。
お前の所為だよ! と、叫べたらどんなによかったことか。まさか、本当にそんなことをするわけにも行かず、とりあえず答えを得るためにも問いかける。
「本当にどうして、ここにいるんだ?」
その瞬間、エレインがムッ、とした顔になる。思いっきり不機嫌だ。俺は慌てて付け加えた。
「いや、不満とかそんなんじゃない。エレイン、お前は公爵家の人間だろ? こう言っちゃなんだが、ここに来るような余裕がある訳じゃないだろ」
「あぁ、そういうこと」
俺の誤魔化しに得心したのか、エレインの顔がへにゃり、と緩む。……助かったか。こいつ、一度へそを曲げると面倒だからな。
「あんた、お父様に黒鍬を貸すようお願いしたでしょ」
「あぁ、まぁ。そうだな、公爵閣下に嘆願したな」
今後の領発展のためには必須だし、物資輸送の面でも必要だったからな。
「で、あんたも分かってるだろうけど。黒鍬はあたしたち、公爵家の正規兵です。つまり、指揮官。将がいるの」
まるで、生徒に教鞭を取るよう説明するエレイン。というか、待て。その言いぐさはまさか。
「その指揮官がエレインだ、と?」
「正解、良くできました」
笑顔を浮かべて、花丸をあげちゃう。じゃないんだわ。というより、そんな正当な理由があるなら、間違っても帰れ何て言えないわ。頭がいたい。
仕方ない、これは仕様がない。そう思うしかない。
それに、そう思えばエレインが来たのはそう悪い話でもない。こちらの問題を思えば、だが。
「なぁ、エレイン」
「なに? 帰らないわよ、あたし」
ムスッ、としたエレイン。先読みされてら。って、そうじゃない。
「言ってない、言ってない」
手をパタパタと振る。それでエレインは理解したのか破顔する。こうなったら、こちらも多少の利益を得ないと話にならない。
こうなったら、とことん巻き込ませてもらう。
「悪いが、足が速いの二人貸してもらえるか。出来るだけ、早急に報告したい事柄がある。公爵家と親……父上に、だ」
「ふぇ……?」
まさかの、予想もしてない言葉だったのだろう。エレインは目をぱちくり、とさせている。
そんな彼女、そして、村を出立した後に判明した事実のため、知らないアスガルへことの顛末を話す。
「実は、アスガルが出立した後に由々しきことがわかった。実はこの村の搾取について王宮が、第二王子のアクラ派が関与していることが判明したんだ」
「……はぁっ?」
まるで、ぱぁ。とでも言いそうな間抜けな顔を見せるエレイン。アスガルもまた、聞き間違いだろうか、とばかりに耳をほじっている。
俺も出来れば、そんな反応をしたかった。でも、既にそんな場面は越えている。事実として、物証が上がっているのだ。
俺は机の中に大事に仕舞い込んでいた物証。物資搾取に関する指示書。しかも、第二王子が用いる印が押されているものを見せる。
それを見て、エレインの顔がどんどん引き攣っていく。まさしく、なんでこんなところに、とでも言いたげに。
「……嘘でしょ?」
「目の前にある、これが嘘だと思うか?」
俺の問いかけにふるふる、と首を横に振る。
エレインだって、本当は分かっているのだ。こんなことで嘘をつく理由がないことくらい。
しかし、そう思いたく、口に出したくなるのも分かる。こちらにとってもその方がまだ救いがあった。
王宮の、第二王子の醜聞、どころか反逆と受け取られても仕方ない、物が出てくるなどと。
どちらにせよ、こんな大物。辺境の小領主の権限でどうにかなるものじゃない。と、なると上役に投げるしかない。
我が実家のアルデバラン伯爵家、さらにその上のイオス公爵家に、だ。
そのために、足の速い人間を借りたいのだ。少しでも速く、情報を共有するために。
「ひとつ舵取りを誤るだけで、こんな小領はもとより、場合によっては伯爵家すら吹き飛びかねん。……公爵家なら、多少は耐えられる可能性はあるかもしれんが……」
「公爵家だって無理よ!」
エレインの甲高い悲鳴が響く。まぁ、さすがにいくら公爵家でも王家に喧嘩を売る形になれば生き残れない、か。至極、当然の話ではある。
だからこそ、身の振り方も含めて、とっとと仲間内、上役の伯爵、公爵家に伝えたいんだ。
「わかった、わかりました。早急に人員を選別します。これでいいわね!」
「あぁ、お願いする。まったく、迂闊なアクラ派閥の人間には嫌気がさすね」
そして、俺とエレインは同時に、はぁ。と深いため息をつくのだった。……本当に勘弁してくれよ。




