第15話 サーキットブレーカー 1/2
Part 1 now updating…
ある暑い春の土曜日、聖修院は酷暑のため学校閉鎖となった。天馬と葉子は、日々の疲れを癒すようにそれぞれの部屋で昼過ぎまで眠りこけていた。午前11時頃、一戸家にインターフォンが鳴り響く。
「Gene社です。お伺いしてもよろしいでしょうか?」
男性の落ち着いた声がスピーカー越しに聞こえた。その声に応じるように、天馬の母親である香澄が「はい、ただいま!」と声を弾ませてドアを開ける。そこに立っていたのは、宙に浮くボーリング玉サイズのぬいぐるみ、ジーンと、Gene社の有賀鉄平だった。
有賀鉄平の参照
「天馬君を呼んでいただけないでしょうか?」有賀が尋ねる。
「Gene社の方ね…はい!ただいま!」香澄はそう言って、2階に向かって天馬を呼んだ。「天馬!お客さんが来てるわよ!早く起きなさい!」
香澄の呼びかけと同時に、天馬は目を覚ました。寝ぼけ眼をこすりながら2階から1階の玄関へ向かう。
「お客さん???誰?」
玄関にたどり着くと、そこには以前会ったことのある派手な髪の男性とジーンの姿があった。
「あなたはもしかして…有賀さん!?そしてジーンも!?」天馬は驚きを隠せない。
有賀は言った。「君の学校が休みだっていうんでちょうど良かった。データを取りたい案件があるんで、ちょっとお邪魔させてもらうよ。お母さん、よろしいですか?」
香澄はにこやかに答えた。「どうぞどうぞ!狭いところですが、居間までご案内します。」
有賀鉄平の突然の来訪に、天馬は少し困惑しているようだった。
「今日は何で有賀さんがいるんですか?説明をお願いします。」
天馬に説明するため、有賀は続けた。「ちょっと今回は、ナチュラルα…ジーンがメンテナンス中なんで僕が代打で来たんだよ。」
「少し事情があるみたいですね、上がってください。」
そして、有賀と天馬、ジーンは香澄に案内され、居間へと向かった。それぞれがテーブルに腰を下ろすと、天馬はジーンの様子がいつもと違うことに気づく。
「ジーンは何か目の部分に『now updating』って表示されてるのですが?」
「RANK Bに対処しやすくするために、最新Ver.にアップデートしてるところなんだよ。君、RANK Bと戦ってるんでしょ?」有賀は涼しい顔で答えた。
「今アップデートしているんなら、今日の依頼はそれ以上に早急にお願いしてほしいということですか?」天馬は真剣な表情で尋ねる。
「一から説明するよ。」有賀がそう言いかけたその時、目をこすりながらパジャマ姿の葉子が居間に現れた。そういえば、天馬もまだパジャマのままだった。
「どちら様でしょうか?」葉子は不思議そうに首をかしげる。
「申し遅れました!Gene社特殊処理課の有賀鉄平です。」
有賀の顔を見て、葉子は思わず顔を隠すように手を当てた。「かっこいい…」
「そちらの方はGene社の社員だぞ!もう社会人だよ!」天馬は慌ててそう言う。
そんな天馬に対して、有賀は涼しい顔してこういった。「何?妬いてるの?俺、彼女いるんだけど?Gene社に勤めてて彼女いないはずないでしょ?」
天馬は少し興奮が静まった様子で、「そうか…」とだけ呟いた。
Part 2 ミッドナイトミュージアム
葉子も空いたテーブルに同席し、有賀の話に耳を傾けた。
「今日、ミッドナイトミュージアムのフェスがあるの知ってる?」
ミッドナイトミュージアム、通称MMは、Rio、Takuma、Shotaで構成される今人気の男性三人組バンドだ。ボーカルがRioで、TakumaとShotaはそれぞれベースとドラムを務めている。それを聞いた葉子は驚きを隠せない。
「それ、私、友達と今日東京ドームに行く予定のやつ!」
有賀は少し奇遇だと思ったようだった。
「じゃあ、そのお嬢ちゃんは席を外してくれないかな?これから込み入った話があるから。」
葉子は「そ、そうですか?うーん、まあいいや…天馬、じゃあ私二度寝するね…」と言って、自室に戻っていった。
葉子がいなくなったことを確認し、有賀は続けた。
「さっきのお嬢ちゃんを外した理由は、一戸ならわかるだろ?」
天馬はすぐに気づいた。
「まさかMMにディザスターが潜んでいるんですね…」
「そう…ディザスターね…。そこで段取りについてなんだが。」有賀は言葉を続けた。「まず君の家に車をつけてあるから、港区汐留の某テレビ局に行く!何をやるかは『MM リーダーが暴力 save the gene!!』と入力して未来予測映像を確認してごらん?」
天馬は「リーダーが暴力」という言葉に気がかりだったが、「ちょっとスマコンつけて来ます」と言い、洗面所でスマートコンタクトを装着した。居間に戻り、有賀の言う通りにプロンプトを入力する。すると、汐留の某テレビ局に映るMMのメンバーの姿が浮かび上がった。
「MMのメンバーじゃん!すげー!本物だ!」天馬は興奮気味に声を上げた。
「この人気バンドに突撃しに行くんだよ。そして僕と君の二つマイクがあるから、他局のジャーナリストの振りして取材する。そしてプロンプトの情報を得た後、再度聞くために文京区水道橋の東京ドームのフェスの後にもう一回インタビューする!」有賀は作戦を説明する。
「打ったプロンプトにリーダーが暴力とあったんですが、MMが何か不祥事でも起こしたのでしょうか?」天馬は尋ねた。
「リーダーのRioが他の二人に殴る蹴るの暴行を加えて服従させている可能性が高いとこちらで掴んだんだ。その詳細は何かを取材して言葉を引き出してプロンプトを入力してディザスターを発現させる作戦だよ。それで何で僕が代打なのかというと…」有賀は言葉を切って続けた。「ジーンの盾がないってことは、不測の事態に直ちに復元する必要がある。君が攻撃を喰らう前に元に戻すよ。」
天馬は考え込むように言った。「別に芸能界なんてこういったことって普通にあるイメージですが…」
有賀は少し薄笑いを浮かべながら言った。「そんなことは問題じゃなくて、MMはファンサービスが多い分隙があるんだよ…。だからペラペラ喋ってくれるさ…。要はこっちの標的にされたの。」
このアルバイトの特徴は、悪を挫く側面も持つが、あくまでメビウスのデータ収集が目的だ。だから、別に大したことないような案件も真剣にやらなければならない。
天馬は気持ちを切り替えた。「まずは汐留ですね。着替えて準備します。」
「じゃあ、外に車があるから助手席に座ってくれ。」
そうして、天馬と有賀、そしてジーンは車に乗り込み、汐留へと向かった。
Part 3 A級ナチュラル!?
後部座席のジーンの体に「Now updating」の文字が浮かび上がっていた。助手席の天馬は、運転する有賀を見つめる。先ほど有賀が言った「ナチュラルα」という言葉が、天馬の頭の中で引っかかっていた。
「有賀さんはGene社の社員ですよね?ナチュラルαって何のことですか?教えてください!」
天馬の質問に、有賀はハンドルを握りながら答えた。「つまりAI型ロボットの初期タイプ…名称がナチュラルαで、愛称はジーンって呼んでる。Gene社のマスコットキャラクターだよ。それが何か?」
天馬はさらに追求した。「なんで『ナチュラル』という言葉が入ってるんですか?なんで?」
有賀は全てを知っているわけではないようだが、説明を続けた。「僕はまだ新人だから詳しいことは教わってないんだ。でも、メビウス・プロジェクトって知ってる?要は君が今やってるやつ…あまり説明を受けてないみたいだから。」
「メビウス・プロジェクト?僕が何か任せられているんでしょうか?」
有賀は大笑いした。「化け物退治してるのに任せられていないわけないでしょ?君がディザスター倒してるのもわけがあるんだよ。」
有賀は加熱式たばこを取り出し、火をつけて吸いながら話を続けた。「日本はマンパワーが極端に低下して、国際競争力は落ちてしまったんだ。AIを開発するにしても、諸外国のように優れたAIを作れる見込みもない。Gene Japan、いわゆるGene社日本支部だけど、他のAIのように優れたAIは作れない。」
「じゃあ、僕がナチュラルやディザスターを倒してるのは、そのメビウス・プロジェクトに関わってるんですか?」天馬は問いかけた。
「つまり、AIの開発力だけじゃ諸外国には勝てない。だからGene Japanは奇策を取ることにした。」有賀は加熱式たばこを吸いながら、運転を続けた。「世界で最も早くシンギュラリティを発生させて、日本が再び世界で一番になるために君が利用されてるってわけ。」
天馬は驚きを隠せない。
「それじゃ…僕のやってることは大事じゃないですか!僕の活躍次第で日本の命運が左右されているみたいに聞こえました。正直驚いています。」
有賀は煙を吐きながら言った。「でしょ?だから君はディザスター討伐までなら任されてるってわけ?別にナノマシンで回復や防御してくれるんだから大したことないでしょ?」
有賀は知っている限りのことを教えてくれたが、「ナチュラル」という言葉の詳細は彼自身も知らないようだった。
「僕は最終的にA級ナチュラル討伐が目標だと言われました。」
その言葉を聞いた瞬間、バックミラーに映った有賀の顔から驚きの色が消え、口にくわえていたたばこが落ちた。
「RANK Aをやるの!!?本当にそう言われた!?」
天馬は珍妙な顔をして答えた。「はい!確かに言われました!」
有賀は信じられないといった様子で続けた。「いわゆるA級ってどのレベルかというと、政界・財界・財閥等に存在しているナチュラルで、Gene社も手に負えないから実質見送ってしまったナチュラルだよ…つまりGene社から逸脱した連中…あいつらはむしろ裏で日本を牛耳ってるって噂されてるくらいのヤバい奴らだよ…君、本当にナチュラルαにそう言われた!?」
天馬は有賀のいきなりの超展開に驚きを隠せない。
「え!?なんかC級相手にしてる時もそうだったけど、さらにインフレするの!?ディザスターの次はまるでラスボス級の相手しなきゃいけないの!?」
A級ナチュラルに対しても、ジーンに問い詰めたい気分だったが、ジーンはメンテナンス中で話しかけることができない。
「そろそろ汐留に着くよ。多分僕の予想だけど、一戸は偶然このバイトに選ばれたわけじゃないと思うよ…何か裏がある。」有賀は言った。
「有賀さん…あまり怖いこと言わないでくださいよ…。あまりたばこ吸ってると健康に悪いですよ。」
「ちょっと一戸を舐めてたわ…。ああ、今は今日の案件をこなさないと。もうすぐ汐留に着くから準備して…服装は別にジャーナリストの振りしなくていい。僕たちでマイク持って突撃しよう。」
そう言って、有賀の運転するGene社の車は汐留に到着した。
Part 4 インタビュー
汐留のテレビ局前。MMを待ち伏せしている間、有賀はひっきりなしに加熱式たばこを吸っていた。
「有賀さんってヤニ中ですよね?もう3本くらい吸ってる。」天馬が呆れたように言う。
「だって俺所得高いし…。月基本給70万でボーナス二回払いの年収1000万だからな。」有賀はふんぞり返るように答えた。
「特殊処理課って給料低いんですか…あ!」天馬は口に出してはいけないことを言ってしまったと悟った。
有賀は気にせず続けた。「俺、K大出てて、その中で唯一Gene社に内定もらったんだよ。でもK大だからってブルーカラーっぽい部署に行かされて、本来ボーナス四回なのに二回払いだったりさ、この会社区別するんだよ。」
天馬は有賀がK大卒であることに驚いた。「私大の最高峰K大出てるんですか!?」K大は私大で一番偏差値が高く、聖修院からの進学先も多い。共通テストの難化で、学力でいけるK大を選ぶ生徒が多い傾向にあるのだ。
「K大で某超大手企業のGene社受かったってことで、俺はK大のホープって言われてたのさ。でも実情はその中でも変な課に行かされて、今始末班っていう実働部隊やってんだよ。九割方デスクワークだけど、他の課より給料が低い。」
天馬は、以前ジーンが年収1400万と言っていたことを思い出した。A級のことも気がかりだが、そのA級を討伐できるようになれば有賀より有利な部署に配属されるということになる。
その時、テレビ局からMMのRio、Takuma、Shotaらしき人物が出てきた。
「マイク用意しただろ?突撃するぞ!」有賀はそう言って、Rioに向かってマイクを向け、インタビューを開始した。「テレビ局の者です!取材よろしいですか?」
Rioはにこやかに答えた。「他局の取材大歓迎!!何々??」
天馬は相手の隙を突くようにインタビューした。「昨今、タレントの不祥事が問題となっていますが、Rioさんはどのようにお考えなのでしょうか?」
Rioは少し困惑したように言った。「バリバリイエー!ちょっと言いづらいけど!ドラッグやってる奴もいるようだネー!関係ない関係ない!」
Takumaがすかさず口を挟む。「俺たちドラッグなんてやってないよ!バリバリクリーン!」
Shotaも続けて言った。「暴力もふるってないし!僕たちは心から歌を愛してるからねー。」
有賀はさらに問い詰めた。「じゃあ自分たちはドラッグも暴力もやってないと神に誓いますか?」
Rioはわけのわからないことを言った。「ちょっと君たち暗いね~ドラッグもハッピーでしょ?暴力もハッピー!」
そう言い残してMMは通り過ぎてしまった。MMの異常なテンションの高さに、有賀は何かを察した。
「グレーよりの黒だな…。多分間違いない。」
「これからフェスの後また追求するんですね?」天馬が尋ねる。
「MMと話せたのはいいけど、なんかつまらないだろ?一戸の言う通りフェスの後もう一回未来予測映像で追跡してインタビューするから。」
「有賀さん、わかりました。」
「はいはいと言ってないでもっと自発的に行動しろよ。じゃないと将来出世できないぞ!」
そんな会話を交わしながら、二人は車に乗り込み、文京区水道橋へと向かった。
Part 5 MMフェス
車は水道橋に到着した。東京ドームの巨大な建造物が、陽光を受けて鈍く輝いている。有賀は助手席の天馬に、一枚のコンサートチケットを差し出した。
「これ、一階の自由席。実質立ち見な」
天馬はチケットを受け取りながら言った。「席にはお金をかけないんですね?」
有賀は首を振り、「そうじゃない。いつでも動けるようにするってことだよ」と答えた。
ゲートをくぐり、ドームの中へと足を踏み入れると、一気に熱気が押し寄せてきた。主に女性の観客が東京ドームを埋め尽くしており、その熱狂的な雰囲気に天馬は圧倒される。会場中に響き渡るBGMと、開演を待ちわびるファンの興奮した声が混じり合い、独特の空間を作り出していた。
ふと、天馬の視線がある一点に留まった。
「あれ、葉子じゃん…両脇にいるのは葉子の友達か?」
人ごみの中に、見慣れた顔を見つけたのだ。桜木葉子は、二人の友人らしき女の子と楽しそうに話している。彼女がMMのフェスに来ることは知っていたが、実際にその姿を見ると、改めてこの場所にいるという実感が湧いた。
有賀は周囲を警戒するように見回しながら、天馬の隣で加熱式たばこを吸っていた。彼の表情は、普段の飄々としたものとは異なり、どこか真剣さを帯びているように見えた。先ほど車中で聞いた、A級ナチュラルやメビウス・プロジェクトに関する話が、天馬の頭の中でぐるぐると巡る。
(シンギュラリティか…日本が世界一になるために、俺が利用されてる…)
これまで単なる「バイト」だと思っていたディザスター討伐が、想像以上に壮大な計画の一部であることに、天馬は改めて認識させられていた。そして、その最終目標がA級ナチュラルの討伐だという事実が、天馬に重くのしかかる。政界や財界、財閥に潜む、Gene社すら手に負えない存在。そんな化け物たちと、本当に自分が戦うことになるのだろうか。
「まさか、こんなに話がデカくなるとは思わなかったな…」天馬は思わず呟いた。
有賀は煙を吐きながら、「人生、何があるかわからねえもんだろ?特に、この仕事はな」とだけ答えた。彼の言葉には、経験に基づいた諦めにも似た響きがあった。
ドーム内の照明がゆっくりと暗転し始める。観客のざわめきが次第に大きくなり、期待に満ちた空気が会場全体を包み込む。ステージにはスポットライトが当たり、シルエットになったメンバーの姿が浮かび上がる。
コンサートの開演を告げるファンファーレが鳴り響き、会場のボルテージは最高潮に達した。天馬は胸の高鳴りを感じながら、固唾を飲んでステージを見つめた。これから始まるMMのパフォーマンスに、観客全員の視線が集中していた。
To be continued!!