第13話 ブラック企業 2/2
Part 1 vsヴァリス
黄金色のアルマジロ――ヴァリスは、突然、丸まって高速で回転を始めた。「何かやってくるのか!?これって思いっきり突進してくるパターンだよな!?」天馬は焦りを隠せない。
だが、相棒のジーンは余裕の表情で言った。「訓練の時、『盾』があるって言ったでしょ?僕がバッターになるから巨大なボールでヒットくらいは打つから」
「部屋の中だぞ!陥没したらどうするんだよ!?」天馬は慌てて叫んだ。
ジーンは微笑みながら答える。「この会社の内部留保があるでしょ?そこから出せばいいじゃん!自業自得だよ!」そう言って、ジーンは何やら光の壁のようなものを放出した。おそらくこれが「盾」と呼ばれるものなのだろう。
ヴァリスは勢いよく突進してきた。「ブオオオオオン!!!」
しかし、盾に阻まれ、アルマジロは勢いよく吹き飛ばされ、壁に激突した!壁にはひびが入ったものの、陥没は免れた。
ジーンは天馬に命令する。「はい!VR訓練の要領でプロンプト!」
天馬はすかさずメビウスの音声入力で答えた。「アルマジロアタック!」
その途端、ヴァリスはものすごく苦しそうにうごめいた。「おとなしく我が社に従っていればいいものを!振り込まれるだけでもありがたく思え!!」
そう言い放つと、ヴァリスは次の攻撃を仕掛けてきた。その身体に金色の円形の光が可視化される。
ジーンは天馬に注意を促した。「今度はおそらく予測不能な特殊能力を放ってくるよ!僕が盾で防御するから天馬は即座に的確なプロンプトを思案して!」
「かなり怖いけど盾に守られている分安心はするよ!」天馬はそう返したが、その時、彼の頬に切り傷が入った。「へ?なんだこれ?何が起こった!?」
「なるべく僕の近くに!攻撃が終わったらでいいから!今はヴァリスの攻撃に耐えて!」ジーンは叫んだ。
ヴァリスは大量のお札のカッターを天馬とジーンに放ち始めた。一万円札、五千円札、千円札――おびただしい量の紙幣が鎌鼬となり襲いかかる。あまりにも壮絶な攻撃に、天馬は恐ろしくなり、思わずジーンにしがみついた。「なんだこりゃ!?魔法とも必殺技ともイメージが違う謎の攻撃だ!」
ジーンはディザスターの特徴について説明を始めた。「ディザスターは概念的な攻撃をよくしてくる!それに的確なプロンプトを打って相手の心の外殻を破壊するんだ!このお札カッターの攻撃に的確に単語を音声入力で……」
その時、盾にわずかなひびが入った。ジーンが続けた。「一度盾が壊れると少し盾の修復に時間がかかるから天馬は早くプロンプトを!」
天馬はすかさず言葉を発した。「これは……そうか!マネーカッター!!」
その言葉と同時に、お札カッターの攻撃が止まり、ヴァリスはたじろいだ。
ヴァリスは何かを天馬とジーンに問いかける。「無能は我が社に対し、隷属することも敵わない……転職に成功した者もいる……中途採用は昇進の道が塞がれるのに哀れだな!これも無能だからか……」
あまりにも身勝手なヴァリスの物言いに、天馬は怒りを覚え、言い返した。「そうやってお前は社員に対してそう決めつけているのかよ!?」
ジーンが諭すように言った。「C級とは違うんだ……ディザスターは思想を具現化しているパターンが多い。人の悔恨……そして怨恨が含有している」
ジーンは続けて告げた。「盾が回復するまで少しヴァリスから距離を離すよ!」
言われたとおりに天馬は動いた。天馬とジーンは社長室からいったん離れた。
Part 2 ヴァリス討伐
「かえらせてくれえ~」「家内と子供にあいたい~」
社長室の外に飛び出した天馬とジーンを待ち受けていたのは、面接の時に見かけたあの会社の社員たちだった。しかし、彼らの表情は明らかに正気を失っており、怨念めいた声が空間にこだまする。天馬は背筋が凍るような恐怖を覚えた。「ヴァリスはゾンビを使役する能力もあるのかよ!」
「冷静になれ天馬!早くプロンプトを!」ジーンが叫ぶ。
天馬は即座にスマコンを通じてメビウスに命令する。「操り人形!」
その言葉が響くと同時に、社員たちはまるで糸が切れたかのようにその場にばたりと倒れ伏した。そして、天馬の視界に映るスマコンの画面には、見慣れない英単語が浮かび上がった。「weakness?」
「ジーン!メビウスに『weakness?』って英単語が表示されたんだけどどういうこだ!?」天馬は混乱しながら尋ねた。
ジーンは天馬の質問に満面の笑みで答えた。「でかした!君が三回とも的確なプロンプトを打ったおかげで、相手のコアを破壊する最後のプロンプトを打つ態勢に入ったんだよ!」
天馬の胸に、微かながら確かな勝機が宿る。「つまりこれが最後か……」
ジーンは楽しそうに笑いながら告げた。「じゃあ盾も修復したから、ヴァリスの元に戻って、訓練と同じ要領で的確な単語と『destruction!!』って叫んで!」
「了解!」天馬は力強く頷いた。
再び社長室へと戻った天馬とジーンが見たのは、未だ瀕死の状態でうごめくヴァリスの姿だった。
「退職したのにまた戻ってきたのか?再雇用はないぞ……」ヴァリスが、怨念をはらんだような声で呟く。
天馬は迷わず、最後のプロンプトを心の中で組み立て、声に出した。「少し分からないけど……『金の亡者 destruction!!』」
しかし、何も起こらない。ヴァリスの身体には何の異変も見られない。
ジーンが即座に反応した。「それの元は!?」
天馬はハッとした。確かに、この言葉はヴァリスの本質を捉えきれていない。ヴァリスが発する言葉の端々に散りばめられた、社員への支配欲、そして彼らが抱える後悔や怨恨。そのすべてを包摂する、より根源的な言葉が必要だった。
「ごめん!」天馬は叫び、再びプロンプトを打ち直した。「『経営難 destruction!!』」
その言葉がヴァリスに到達した瞬間、黄金色のアルマジロは断末魔の叫びを上げた。「我は元々社員を酷使するつもりはなかった……ぐわあああ!!」
ヴァリスの身体は光の粒子となって崩れ落ち、やがて完全に消滅した。社長室には、先ほどまでの激しい戦闘の痕跡だけが残されていた。
Part 3 会社の言い分
「俺、ついにB級ナチュラル……ディザスターを倒すことができた……」
天馬は感無量な面持ちでつぶやいた。傍らで宙に浮くジーンは、パチパチと拍手をして天馬を祝福する。「おめでとう!これで君は半人前から上達したね!」
そう言った矢先、床に倒れていた社長がゆっくりと目を開けた。「うーん、ここは?」
天馬は社長に向かって言い放った。「てめえ!お前も潮時だな!観念しろ!」
だが、社長は意外なほど冷静に言い返した。「君のような青二才に会社経営の何がわかる!」
一喝され、天馬はわずかにたじろぐ。社長は言葉を続けた。「もうバブルが崩壊して不景気も40年になる!我が社も設立当時は社員を人扱いするまともな会社だったよ!でも、いくら真面目にやっても儲からなかった……やがて我が社の秩序は乱れ……モラルのない社員で溢れかえり……私自身もそれを容認するしかなかったのだ!」
天馬は社長の言い分を聞いても、いまいち腑に落ちない。その時、新たに姿を現したのは飯島だった。
「うちは倒産したら多額の債務を背負うんだ!そうなったら我が社の重役共は家族と心中するしか道はない!その少年の正義のために我々は死ねと!?」飯島の切羽詰まった言葉に、未成年である天馬は何も言い返すことができなかった。
間に入ったジーンが、社長と飯島を冷静に見据える。「何か実は正しかったみたいな聞こえのいいこと言ってるけど、結果としてこの会社ボロボロだよね……うふふ、力のない正義は無力だよね。正義を希求した結果悪になったの!?」
社長は少し落ち込んだように言った。「社会が悪いんじゃよ……法律も昔と違って規制的になった。たくさん税金も支払わなければならない……裏で儲けていると思われていい……わし達も生活があるんじゃ……」
飯島も社長の言葉に続いた。「人は追い詰められた時、他者を踏み台にしてでも自分が助かるしかないんだよ!例えうちの社員が死のうがね……」
ジーンは彼らの主張に対し、冷ややかに言い放った。「だから法律違反と自殺者を隠蔽してたの?確か凶悪殺人犯も似たような主張をしてた気がするよ」
ジーンは言葉を続けた。「これも何かの縁だ。警察に自首して。たぶん数年で出てこれると思うから」
社長と飯島は顔色を変え、命乞いを始めた。社長が必死に訴える。「これだけは勘弁してくれ……我々は社会から抹消される!」
「この会社をgene japanの下請けにするから、罪を償ったら再雇用の確約をしてあげる」ジーンの言葉に、飯島が驚きの声を上げた。「は?もしかして我々を助けてくれるの?」
「そちらの言い分も完全に否定しない。ただし自首して罪を償って。前科はつくけど、うちで面倒見てあげるよ」ジーンの提案に、社長は喜びの表情を浮かべた。「私たちを許してくれるんですね……」
ジーンは彼らを軽蔑するような眼差しで言い放った。「自殺して犠牲を払った社員の命は一生背負うけどね」
飯島は深々と頭を下げた。「はい……そのことは一生罪を償います……どうかお願いいたします」
こうして、ジーンとこの会社の間で密約が交わされたのだった。
Part 4 他人事?
京浜東北線の車窓を流れる街並みを、天馬はぼんやりと眺めていた。先ほどの社長とのやり取りが脳裏をよぎり、感無量といった面持ちで口を開く。「力のない正義は無力!いやジーンらしいね!僕にはそういうのは無縁だけどね」
天馬は、いわゆるエリートに属するタイプだ。普段から学業優秀で、自身の能力に揺るぎない自信を持っている。そのため、時折、無意識に上から目線になってしまうことがある。
そんな天馬の言葉に、隣で宙に浮くジーンが問いかける。「じゃあ君はちゃんと勉強していれば確実に一流企業に入れるの?」
天馬は当たり前だという顔で即答した。「そりゃそうだろ?俺は将来国立に入るんだから」
ジーンは「ふーん」と、興味なさげな声で言った。「国立だから絶対一流企業に入れるってところが聖修院って感じだね。絶対にそうとは限らないし、そもそも一流企業だからホワイトという確証もないよ」
天馬は怪訝そうに眉をひそめた。「何がいいたいんだよ?そうならないように勉強してるんだろ?」
ジーンは、いつになくかしこまった様子で話し始めた。「国立とかでも就活頑張らないと中小とか普通にあるからね。あと極めつけなのが、今、職種がAIに代替されてる側面もあるんだよ。つまり君が志望校に進学したところで、確実に今日のような企業じゃない確証はない」
天馬の頭の中で、これまで信じてきた常識が音を立てて打ち砕かれた。「じゃあ俺が仮にT大に受かっても今日みたいなブラックに勤める可能性があるってことかよ!」
ジーンは冷静に説明を続けた。「今の世の中、先行き不透明なところが多い。現代の親御さんはね、子供に何したらいいか分からない場面に出くわす。その時、即座に決断しなければいけない」
天馬は固唾をのんでジーンの言葉に耳を傾けた。
「子供に何をさせたらいいか?最も発想しやすいのが、勉強していい大学に入れさせるというのがある。そして天馬と僕の認識の違いは、天馬はいい大学に入れば確実にホワイト一流企業に入れると思ってる。僕はいい大学に入ったって、いい職場にエンカウントする確率を上げるだけだと思ってる」
現実を突きつけられた天馬は、落胆の色を隠せない。「じゃあ空回りすることもあるのかよ。小学校から勉強に時間を割いてるんだぜ!勉強って何なんだよ!」
ジーンは、はっきりと告げた。「今、君の現状として、あくまでも勝ち組になれる確率を上げるためにできればT大みたいなところに入るしかない。ただし、だからといってエリート街道まっしぐらというわけでもない」
そして、ジーンは続けた。「だからといって勉強を放棄すると、それはギブアップということになるんだよ!」
天馬は、これまでの聖修院で教えられてきた言い分とは異なるジーンの言葉に、少しばかり青ざめた。
「だって國男も葉子も俺も、毎日必死に授業に喰らいついてるのに!」
ジーンは天馬の問いかけに答えるように言った。「神話が崩壊したね。『努力は裏切らない。結果は賞賛される。』そう信じて、今まで通りやろう」
天馬は、現状が決して芳しいものではないことを諭されながら、家へと帰路についた。彼の胸には、これからの進むべき道への漠然とした不安と、それでも進み続けるしかないという決意が入り混じっていた。
To be continued!!