第11話 VRプラクティス
第二部です
Part 1 聖修院の講演会
聖修院の食堂テラスは、初夏の柔らかな日差しに包まれていた。一戸天馬は、向かいに座る桜木葉子と、その隣の親友、山崎國男と共に、今日のランチを楽しんでいた。吹き抜ける風が心地よく、他愛もない会話が弾む。
「天馬!あんたが雇われてる会社の偉い人が講演するんですって!」葉子が突然、少し興奮した様子で身を乗り出した。「gene社ってそんなにすごい会社だったの!?」
葉子の言葉に、天馬は一瞬きょとんとした。自分の所属するgene社が、ここまで大々的に扱われることに驚きを隠せない。葉子の瞳は輝き、改めて天馬を見つめる。「なんだか急に、天馬がすごい人みたいに見えてきたわ!」
「いやいや、葉子、勘違いするなよ」天馬は照れくさそうに頭を掻いた。「俺なんて、ただの末端だぞ」
山崎がフォークを置き、面白そうに口を挟んだ。「なんでも演説台に立つのはAI開発部門の責任者らしいぜ。天馬って確か、末端だから面識ないんだろ?」
「ああ、そうだね」天馬は頷いた。「俺、ジーンと、あとは何か『始末班』って同じ末端の人間にしか会ったことないから、本社の人ってほとんど知らないんだよね。そもそも、なんでgene社が聖修院に来るんだ?俺としかつながりがないと思い込んでたんだけど」
天馬の所属するgene Japan.は、某超大手企業の子会社的な特務機関だ。普段は秘密裏に活動しているということらしいため、その存在を公にすることなどあまりない。それなのに、まさかこんな開かれた場所で講演会が開かれるとは。しかも、今日の講演会には、天馬と何らかの形でゆかりのある会社の重役が登壇するという。
「確かに、妙だよな」山崎が腕組みをした。「聖修院って、別に企業向けの学校じゃないし。お前がここにいるからってだけじゃ、説明がつかない気がするな」
葉子が頬杖をついて考え込んだ。「うーん、でも、有名な会社なんだから、生徒向けに何か話をしに来るってことはないの?就職とか、そういうので」
「それならもっと、大々的に告知があるはずだろ」天馬は首を傾げた。スマートコンタクトにインストールされた対話型AIメビウスを起動させ、頭の中で今日のスケジュールを確認する。午後の講義は、特に変わった予定は入っていない。しかし、確かに「gene社講演会」という文字が小さく表示されている。
「もし、本社のお偉いさんが来るなら、俺も挨拶くらいはしておいた方がいいのかな……」天馬は呟いた。これまで、gene社の人間とは、ジーンと、そして始末班の有賀鉄平しか会ったことがない。彼らとは、以前に任務に関する簡潔なやり取りばかりで、会社のことや、他の部署の人間について話してはいない。
「挨拶って言ってもさ、私達ってまだ高校生でしょ?」葉子が訝しげな表情で言った。「なんか、会社のお偉いさんって、めちゃくちゃ怖いイメージがあるんだけど……」
「ま、そうだよな」天馬は苦笑した。「でも、もし俺が何かやらかした時に、少しでも顔見知りがいれば、何かと融通が利くかもしれないし」
山崎がフッと鼻で笑った。「お前、何かやらかす前提かよ。でも、確かにお偉いさんの講演会なんて、滅多にない機会だ。顔と名前を売っておくのも悪くないんじゃないか?」
「だろ?」天馬は頷いた。「それに、もしかしたら、俺が知らないgene社の秘密とか、裏事情とか、そういうのが聞けるかもしれないしな」
天馬の言葉に、葉子と山崎は顔を見合わせた。
「おいおい、そんな物騒な話じゃねぇだろ」山崎が呆れたように言った。「純粋な講演会なんだから、もっと前向きな内容だろ」
「それだと、ちょっとつまんないかな?」葉子が口を尖らせた。「天馬の会社って、もっとこう、秘密組織みたいな感じじゃないの?」
「お前、どんなイメージ持ってんだよ」天馬は思わず笑ってしまった。確かに、天馬のバイトは一般人には想像もつかないようなものだが、まさか葉子にそこまで勘繰られているとは流石に思わなかった。
「ま、なんにせよ、午後が楽しみだな」山崎が言った。「もしかしたら、お前が知らないだけで、gene社って実はとんでもない会社なのかもしれないぜ?」
天馬はテラスから見える青い空を見上げた。午後の講演会。その演説台に立つ人物は一体誰で、何を語るのだろうか。そして、なぜその講演会が、自分とつながりのあるこの聖修院で開かれるのか。様々な疑問が、天馬の頭の中を駆け巡っていた。
Part 2 黒川勇
午後の四時限目、聖修院の全校生徒が一堂に講堂へと集まった。天馬、葉子、そして國男は、特に席が指定されていないため、自然と隣同士に座ることができた。講堂はざわめきに包まれ、生徒たちの期待と好奇が入り混じった空気が満ちていた。
その時、講堂の入り口から、おもむろに一人の男性が入場してきた。六十代くらいに見えるその男性は、どこか聖職者のような厳かな雰囲気をまとっていた。そして、その男性の傍らを、あのジーンがふわふわと浮きながらついてくるではないか。
「ジーン!?」天馬は思わず声を上げた。まさかこんな場所でジーンに遭遇するとは思わず、その驚きは隠しようもなかった。
隣の葉子も、ジーンの愛らしい姿に目を奪われた。「可愛い!キャー、ジーン!」彼女は心底魅了されたように声を弾ませた。
山崎國男は、男性の風貌に奇妙な違和感を覚えていた。「どこか神父に近い風貌をしているな?gene社って西洋の宗教系か何かなのか?」彼は、その男性が醸し出すどこか宗教的なオーラに、首を傾げた。
男性はまっすぐに講壇へと進み、静かに壇上に立った。そして、マイクを手に取り、柔らかな笑みを浮かべた。
「生徒の諸君!こんにちは!」その声は、深みがありながらも、どこか穏やかだった。「私はgene Japan.AI開発部門の責任者を務めています、黒川勇です。我が社も生成AIメビウスを日々開発中ですので、ご興味があるのでしたらインストールしてやってみてください!」
黒川は至極丁寧な話し方で、生徒たちに語りかけた。その言葉遣いは洗練されており、聞く者を不快にさせない。講演は淡々と進んでいく。
「君達は日本の理系の名門、聖修院の生徒です。ですから我が社は、日本の科学の星として、聖修院の生徒諸君に大いに期待を寄せています。」
黒川の演説は、時に生徒たちへの期待を、時に日本の現状を語りながら、淀みなく続いた。生徒たちは、彼の言葉に耳を傾け、静かにその内容を吸収していた。
そして、黒川は続けた。「我が日本はAIの開発に対して、先進国から大きな遅れを取っています。正直申し上げますと、技術だけでは、それらと日本とでは溝があり、競争するのは難しいでしょう。ただし、私は日本が再び世界有数の先進国へ返り咲き、再興してくれることを信じています。特にこの聖修院の生徒諸君!あなた達が将来、日本の科学の先導者となり、牽引してくれることを切に願います。ただ……」
ここで、黒川という老人は、ふと口調を改めた。その表情は、先ほどまでの穏やかさから一転、どこか厳しさを帯びていた。
「ですが正直、あなた達はそういう責任を負わなくても、普通に学校に行き、普通に良い大学を経て、安定した生活を送ることがほぼ約束されています。その脇には、親御さんの財力の関係で進学できなかったもの……いくら精一杯頑張っても、ずっと低賃金で働く労働者が数多くいます。正直申しましょう。君達がただ勝ち組の椅子にだけ座ろうともくろむのであれば、卑怯者です!」
講堂は、にわかにざわめきに包まれた。
「いきなり卑怯者ってなんだよ!」
「未成年に対してマウント!?」
生徒たちの間から、戸惑いや反発の声が漏れる。しかし、黒川は動じることなく、さらに言葉を続けた。
「もし、卑怯者の烙印を押されたくなければ、そういう貧窮しているものを助け、自分だけ利益を享受せず、AIなどの科学技術によって格差是正を図るのが、我々科学者……ひいてはあなた達科学者の卵の使命なのです!」
そして、黒川は壇上にいたジーンに視線を向けた。ジーンは、彼の指示を理解したかのように、壇上の中心へとふわふわと移動する。
黒川は言った。「現時点の技術でこれほどのことができる。さあ、これが我が社が誇るAIロボット、『ナチュラルα』です!」
その言葉に、天馬は強い違和感を覚えた。
(ジーンだよな?あいつ?ナチュラルα?いや、俺の聞き間違えか?俺が今まで倒してきた敵の名前だけど……)
天馬の頭の中を、混乱が駆け巡る。ジーンが、なぜ、自分が過去に戦ってきた敵と同じ名前で紹介されているのか。
壇上のジーンは、その場に浮いたまま、講堂の生徒たちに向けて語りかけた。「君達が将来、日本の科学技術に貢献できれば、君達は正義のヒーローになれる!もしかしたら、歴史の教科書に名を連ねるかもしれない!引き続き日々の研鑽を怠らないで真面目にやってね!」
ジーンの言葉は、どこか機械的で、天馬が知るジーンの口調とは異なっていた。しかし、生徒たちはその言葉に歓声を上げた。
ジーンが壇上を去ると、黒川が再び壇上に立ち、深々と頭を下げた。
「これでgene社講演会を終了します。短いですがご清聴ありがとうございました」
講堂は一斉に生徒たちの拍手で沸き起こった。拍手の音が響き渡る中、講演会は幕を閉じた。
Part 3 天馬一同三人はgene本社へ
講堂を出た天馬たちは、教室に戻るため廊下を歩いていた。周囲からは、講演会に対する否定的な意見が飛び交っている。
「結局、俺たち若者を下に見てるぜ!要するに大義を持てだってさ」
「すごい昭和だったわね!人の人生なんて勝手じゃない!」
葉子も不満げな表情で口を開いた。「まるで日本が先進国じゃないみたいな言い方してたわね……ボケてるのかしら?」
國男が葉子に答える。「あれだろ?ジジイ特有の危機感理論。人のこと不安にさせて仰いでいく手法……gene社だって最先端謳ってるけど、偉い人は古いんだよ」
二人の会話をよそに、天馬は黒川が話していたことに強い疑問を抱いていた。
(確かにジーンのことをナチュラルって言ってた……俺が相手してるのは悪いナチュラルで、ジーンはいいナチュラルってことなのか?そもそも俺がいつも相手しているミュータントのこと、『自然』って意味で呼んできたけど、ナチュラルって何だ?)
そう三人が廊下を歩いていると、目の前に黒川とジーンが突然姿を現した。
「よう!三人!」ジーンがいつものように、ふわふわと浮きながら声をかけてきた。
天馬たちは、いきなりの出現に驚きを隠せない様子だったが、天馬はすぐにジーンに疑問をぶつけた。
「お前、ナチュラルαって言われてたよな?お前、ナチュラルなの?」
その天馬の問いに対し、黒川が口を開いた。
「初めまして、一戸天馬君。ジーンはコードネーム:αと言って、AI型ロボットの初期型だよ。それより天馬君は『ナチュラル』という単語に疑問を持っているようだが、今は深いことは考えなくていい。gene社の正社員以外にはジーンにプロテクトをかけてあって特秘にしてある。君はただ与えられた仕事をこなしてくれればいい。」
天馬は納得がいかない。相棒とも呼べるジーンの素性を知る権利が、自分にはあるはずだ。
「初めまして。では、僕がちゃんと正式にgene社に認められれば、ナチュラルの正体を教えてもらえるのでしょうか?」
黒川は、薄く笑みを浮かべて言った。「我が社に入るのは至難の業だが……君がRANK Aを討伐できるようになれば、その話も出てくる。」
ジーンが天馬をなだめるように言った。「ゲームみたいに違和感から展開が広がるわけじゃないんだよ、天馬!『ナチュラルα』っていうのは機密事項だから、天馬にもさすがに詳細は教えられないんだよ」
天馬は腑に落ちなかったが、引き下がるわけにはいかない。
「ジーンは俺の相棒です。僕にも知る権利があります。教えてください」
黒川は、少し嘲笑するような表情で言った。「最近の若者は本当に主人公になりきってるね。日本はマンガ・ゲーム大国になったから、みんなそれを演じてる!君はかっこいいと思うけど、あんまり会社に突っ込むと出世に響くよ!」
そのはっきりとした言葉に、天馬は現実に引き戻されたような気がした。
葉子が割り込むように口を開いた。「はじめまして、桜木です。黒川氏は何故、私達の元に姿を現したのでしょうか?」
その問いに、黒川は淀みなく答えた。「案内のために来た!これから天馬君にB級の模擬訓練を本社でしてもらう!車で千代田区大手町まで送迎するから、そのお嬢さんとそこの男の子も一緒に来るか?」
國男がすぐに反応した。「山崎です。よろしくお願いします。僕は後学のためにgene社に赴きたいと思います。正直天馬のことが心配なところもあるので・・・」
葉子も負けじと言った。「私も天馬の家族なので、ご同行願いたいと思います」
天馬は、いきなりの誘いに少し戸惑ったものの、すぐに覚悟を決めたように答えた。「以前からお伺いしています。覚悟はできています。」
ジーンが朗らかな声で言った。「じゃあ、天馬と葉子と國男の三人で、gene社の社会科見学に行こうか?」
葉子は、天馬が危険なことをするのではないかと、どこか訝しげな表情を浮かべていた。しかし、天馬の決意に水を差すことはしなかった。
そして天馬、葉子、國男の三人、そして黒川とジーンは、聖修院の駐車場へと向かった。
駐車場には、二台の高級車が停まっていた。
「すげー!ベンツが二台もある!これgene社の!?」國男が目を輝かせて言った。
黒川は笑みを浮かべ、生徒たちを促した。「これは聖修院の生徒の未来の乗り物だよ。さあ乗って!」
一行はそれぞれベンツに乗り込み、一路、gene社の本社がある千代田区大手町へと向かった。
Part 4 gene本社
午後四時半頃、一行を乗せたベンツは目的地に到着した。千代田区大手町の高層ビル群の中に、ひときわ異彩を放つ巨大なビルがそびえ立っていた。天馬たちが車から降り立つと、その圧倒的な存在感に思わず息をのんだ。
「gene社は何階まで行くんですか?」國男が、見上げるようなその高さに圧倒されながら尋ねた。
黒川は、わずかに眉をひそめて國男を見た。「何を言い出すのかね?山崎君……このビル全部そうだよ!」
その言葉に、天馬たちは驚愕した。まさか、この巨大なビル全体がgene社だとは。
「嘘だろ……某超大企業の特務機関ですらこれ!?」天馬は信じられないといった表情で呟いた。彼が所属する部署が、これほどまでの規模を持つ企業の一部だとは、想像もしていなかった。
葉子も目を輝かせながらビルを見上げた。「すごーい……私たちが将来、就活する時こんなところ入れるのかしら……?」
ジーンがふわふわと宙を漂いながら解説した。「特務って言っても別に暗躍してるとかじゃないからね……要はAI開発の専門部署みたいなもん。でも元がでかすぎるんで、子会社ですらこのくらいでかいよ!さあ入った入った」
ジーンに促されるように、天馬たちは黒川の後についてビルの中へと足を踏み入れた。エントランスは想像をはるかに超える広さで、白を基調とした内装は清潔感に溢れ、洗練されたデザインが施されていた。
「すごい……建物内は綺麗だしすごく大きい……それに結構ロボットもたくさん歩いてるわね……」葉子が感嘆の声を上げた。まるでSF映画の世界に迷い込んだかのような光景に、彼女はすっかり魅了されていた。
國男も周囲を見回しながら頷いた。「半分ロボで半分人だな……日本も近い将来、AIロボットと共存するんだな……」
黒川は、エントランスに設置された受付のAIロボットに話しかけた。「すまない……彼らをVRルームに案内するので通してもらっていいか?」
受付のロボットは、滑らかな動きで頭部を傾げ、人工的な声で答えた。「分かりました。外部者へのセキュリティを解除します。どうぞご自由にお通りください」
セキュリティが解除され、天馬たちは広大な社内を感動しながら見渡した。そして、黒川とジーンの案内で、エレベーターに乗り込み、3階のVRルームという場所へと向かった。
Part 5 VRルーム
VRルームに通された天馬一行に、黒川は言った。「さあ、ここが天馬君の模擬訓練の場、VRルームだ!さて、私のような立場の者は、本来末端の者には面識を合わせないが、天馬君がC級討伐のノルマをクリアしたと聞いたのでね。ちょうど聖修院で講演の予定があったから、ついでに私直々に呼んだのだよ!私はこれから予定を控えてるから、後はナチュラルαに案内してもらってくれ」
天馬一行は、深々と頭を下げて「ありがとうございました」と応えた。黒川は満足げに頷くと、踵を返し、その場を去っていった。
黒川の姿が見えなくなると、ジーンはいつもの陽気な声で言った。「ナチュラルαという呼称は気にしないで、いつも通りジーンでいいよ!」
天馬は、やはり腑に落ちない気持ちで、改めてジーンに質問を投げかけた。「やっぱ謎を教えられないのか?」
ジーンは、困ったように宙で揺れた。「僕もAIだから、その質問に対しプロテクトがかけられてるんだ!ごめん!」
葉子が、心配と怒りの入り混じった表情でジーンに詰め寄った。「ジーン!あんた!またうちの天馬を争いごとに巻き込むつもりでしょうね!?」葉子は普段、ジーンを愛らしく思っているが、天馬の安全に関わることとなると、その表情は一変する。
ジーンは、葉子の剣幕にも怯むことなく答えた。「高所作業や危険な漁に行ってるわけでもない。安全は一定の保証はあるよ。何か葉子って天馬に過保護過ぎない?」
國男が、二人の間に割って入るように言った。「何が危険なのか分かんねーけど、これからより安全に仕事できるように訓練するんだろ?給料高いわけだし、ジーン本人が保証してるしな」
天馬も國男の言葉に頷き、葉子を安心させるように説明した。「今は一般的に知られてないけど、怪我や病気をナノマシンで回復する技術が開発されてるんだよ!だから死亡しなければ大丈夫みたいだから」
葉子は、呆れたようにため息をついた。「だんだん現実離れしてきてるわね……AIって一体なんなのかしら……Z世代の方が気楽でいいなあ」
そうやり取りしているうちに、ジーンは本題へと入った。「VRルームではVRを使ったgene社製の簡単なゲームもできるんだけど、天馬が訓練してる時に葉子と國男はプレイして時間潰す?」
國男は、目を輝かせた。「おお!それめっちゃよさそうじゃん!俺賛成!」
しかし、葉子は首を横に振った。「天馬が危ないことしようとしてるのに、過保護も何もないでしょ?私は訓練の様子見てるから」
天馬は、二人の意見を聞き、自身の決意を固めるように言った。「じゃあ俺は訓練するから、ジーン!案内よろしく」
「合点承知!」ジーンは元気よく答えた。
そして、一戸天馬の模擬訓練が始まった。
Part 6 VRプラクティス
天馬は訓練用のVRゴーグルを装着した。視界いっぱいに広がる仮想空間の中、ジーンの声が響く。「RANKがABCって出てきたと思うけど、Bを押して」
言われた通り、天馬は人差し指でBのパネルを突き出した。すると、仮想空間の中に人型の物体が姿を現した。
人型の物体は、天馬に問いかける。「apple?」
「そのまま発音して!」ジーンが指示する。
天馬は言われたとおりに「アップル!」と発音した。次に表示された単語は「orange?」。
「オレンジ!」
果物の英単語が次々と出題され、天馬はそれらを正確に発音していく。最後に、人型の物体は「answer?」と尋ねた。
「これの答えは?」ジーンが促す。
天馬は自信満々に答えた。「なんだ、これだけか……フルーツ!」
しかし、仮想空間には大きくバツ印のマークが表示された。不正解だったようだ。
「あれれ?確かにあってるはずだけど?」天馬は首を傾げる。
ジーンがヒントを出した。「果物だと思うでしょ?違うよ?ヒントはもっと根本的に何?」
「根本的にか……そうか!プラント!」天馬が言い直すと、仮想空間には丸いマークが出た。正解だ。
「B級では、大元となるプロンプトの発想が必要になるから、要領掴んで」ジーンが説明する。
天馬はその要領で練習を続けた。出題される単語の共通点や、それらを包含するより大きな概念を見つける訓練だ。そうして約一時間半が経過し、午後6時頃、練習は終了した。
「なるほど……大体わかったぞ……元の元か……パターンとしては」天馬は、訓練を通じて得た感覚を言葉にしようとしていた。
ジーンが満足げに言った。「その要領でB級に挑めば、退治することは可能になったね!あともう一つあるんだ!」
天馬は不思議そうにその言葉を聞いた。もう一つ、何があるというのだろうか。
そして、ジーンは続けた。「盾がないと、君、何も装備してないでしょ?僕も対B級用にアップデートが必要だから。今度会う時はナノマシンシールド……通称『盾』を換装するから、逃げ回るだけの戦法じゃなくなるから安心して」
天馬は、本格的にナチュラルを討伐することに、少しばかり浮き浮きしている自分に気づいた。「じゃあ、これからはジーンが防御してくれるのか……だろうな!相手に魔法とか使われたら、逃げてばかりじゃ身が持たないよ!」
「あくまでも倒す目的はデータ収集であって、B級と相手する時は最強の盾も装備するよ。本当にDead Endになったら困るよ!仕事なんだから」ジーンは釘を刺すように言った。
傍で天馬とジーンの話を聞いていた葉子が、少し怒った口調で口を挟んだ。「相手は魔法使ってくるの!?なんで天馬だけそんな危険なことやらすの?」
ジーンは葉子の問いに、どこか挑戦的な態度で答えた。「葉子はさっき、この会社に入れるのかしら?みたいなこと言ったよね?優先採用されるくらいだったら、このくらいやってもらわないと」
「私の家族よ!もし失ったとしたら……!」葉子が声を荒げた。
天馬は慌ててフォローした。「ジーンは謎も多いけど、信頼できるパートナーだからあまり心配しないでくれ!葉子も気持ちもわかる……けど葉子もあまり過去にトラウマを持たないで」
葉子は天馬の言葉に少し落ち着いたが、まだ心配そうな顔をしている。「ふーん。もし天馬が死んだら、gene社を訴えて私も死んでやるから……」
その頃、國男はVRのゲームをクリアしたようで、ゴーグルを外し、充実した表情を浮かべていた。「ふう……楽しかった……グラフィックもすごいし、近い未来ゲームってここまで進化するのか」
ジーンが、國男の言葉に頷きながら言った。「勉強になった。この技術を継承して、日本の将来を担うのは君たちなんだ。さあ、今は勉学に励んでね。家までは車で送るから」
こうして、無事にVR訓練と社会科見学を終えた天馬一行は、gene社の車に送ってもらい、それぞれの帰路についた。
To be continued!!