量産型公爵令嬢、婚約破棄されて聖女モドキになる
わたくしには婚約者がいて。
いずれ結婚して王妃になって。
そういう決められた道を歩んでいくのだなあ、とばかり思っておりました。
なのに……。
「シャーロット・エルダーベリー公爵令嬢! 僕はこの場にて君との婚約を破棄する!」
第二王子アントニー殿下に婚約破棄されてしまいました。
人生はわからないものです。
……ガッカリすべきなのでしょうが、わたくしは決められた進路でない道を進むんだということに気付いて、少しだけワクワクしました。
「シャーロット! 文句があるか!」
「いえ、特にございません。婚約破棄、お受けいたします」
「大体君は……えっ?」
パーティーに参加の皆さんもビックリしていらっしゃいますね。
パーティーといっても貴族学院主催ですから、参加者は学院の教師と生徒ばかりですけれども。
大きな夜会とかじゃなくてよかったです。
目立ち過ぎますものね。
アントニー殿下に感謝です。
「文句は……ないのか?」
「はい」
「何故?」
アントニー殿下が心底不思議そうです。
何故と言われても。
わたくしはアントニー殿下に口答えしたことなどないですから。
「何事もアントニー殿下の仰せのままにするのがわたくしの望みでございます」
「ならばどうしてジョアンナを虐めた!」
最近アントニー殿下と仲がおよろしいと聞いている、ジョアンナ・ワッツ男爵令嬢でしょうか?
ジョアンナ様は聖女だという話です。
アントニー殿下とはお似合いだと思います。
虐めた、というのはよくわかりませんけれども。
「身分を笠に着てジョアンナをバカにしたり、取り巻きに教科書を破らせたり泥水をかけさせたりしただろう!」
身分を笠に着てと仰いますが、うちエルダーベリー家はいわゆる量産型公爵家です。
四代前の陛下が、王太子以外の全ての王子殿下を臣籍降下させ公爵としたことがありました。
王家直轄領から切り分けられた小さな領地で、家格だけは高い公爵家です。
王家の近辺を親族で固めるという構想があったようなのですが、現在では失敗政策だと考えられています。
それなりの格が必要な公爵家で領地が小さくては経営が難しく、ほとんど潰れてしまったのです。
残っているのは我がエルダーベリー家だけ。
量産型と揶揄されているだけあって、影響力なんてありはしませんのですが。
そもそもわたくしはジョアンナ様とほぼ接点がありません。
バカにしたことなどないつもりです。
誤解があって嫌な思いをされたのでしょうか?
悪いことをしてしまいました。
そして取り巻き、ですか。
わたくしのお友達に卑怯な方はいらっしゃらないと思うのですが、もちろん行動を監視していたわけではありませんし。
ジョアンナ様に迷惑をかけていたのでしょうか?
「僕はジョアンナ・ワッツ男爵令嬢を新たな婚約者とする!」
ああ、ジョアンナ様がとてもいい笑顔です。
よかったですね。
「シャーロット! ジョアンナに謝れ!」
「迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした」
パーティー参加者の皆様が悲鳴を上げていますが、仕方ないのです。
わたくしの責任なのですから。
「いいや、許さん!」
アントニー殿下とジョアンナ様の笑顔が歪みます。
あれほど醜悪なお顔を向けられるほど恨まれているとは。
本当に申し訳ないです。
「シャーロットよ。君は修道院行きだっ!」
「修道院……」
再び参加者の皆様から悲鳴が上がります。
修道院、ですか?
俗世と離れて信仰とともに生きる……。
案外悪くないのでは?
何より人間関係に煩わされずにすみますし。
「修道院行き、承りました」
新しい生活が始まるのだわ!
◇
――――――――――第二王子アントニー視点。
兄上が人前に立てない身体であるから、僕は次代の王たることを期待されている身だ。
しかし婚約者だったシャーロット・エルダーベリー。
あれはどうも気に入らない。
確かに美しいし、貴族学院の成績もいい。
家格も高いがそれだけだ。
熱というかやる気を感じない。
この智勇兼備かつ眉目秀麗な僕が婚約者だというのに、何だあの唯々諾々と従うだけの態度は!
シャーロットに不満を抱えていた時に知り合ったのがジョアンナだ。
豊満な身体と可愛らしく媚びてくる様が気に入った。
うむ、女はこうでなくてはな。
ワッツ男爵家と低い身分ではあるが、聖女と認定されている令嬢ではあるし。
聖女、それは神に愛されし者とされている。
大きな魔力と人知を超えた加護を授けられた女性のことだ。
同時代に一人しか出現しない。
神は浮気なものではないと考えられているから。
ジョアンナの加護、それは閃きと叡智だ。
僕が王になった暁には、大いに助けてくれるだろう。
シャーロットがまだ婚約者であった時、ジョアンナに相談してみた。
『シャーロットが邪魔なのだ。彼女を退けないといけないのだが』
『婚約破棄すればよろしいのではなくて? シャーロット様は断わらないですよ』
『かもしれぬ。が……』
シャーロットに非がないだけに、僕の方が糾弾されてしまう。
まだ王太子となったわけでもないし、弟達もいる。
無用な失点は避けたい。
『エルダーベリー公爵家にはシャーロット以外に子がいないのだ。僕がシャーロットを娶ることでエルダーベリー公爵家を吸収し、過去の量産型公爵と笑われた施策に終止符を打つという意味合いもあってね』
ジョアンナが蠱惑的な笑みを見せ、何でもないように言った。
『非がなければ作ればよいのです』
『ふむ?』
『また量産型公爵家をなくしたいという事情であるならば、シャーロット様を修道院に押し込めればよいではありませんか』
『修道院に? 何故?』
『つまりシャーロット様に子がなければエルダーベリー公爵家は断絶でしょう?』
『あっ?』
なるほど、そういう手があったか。
エルダーベリー公爵家も既に王家に吸収されることは了承済みだ。
ならばシャーロット一人を悪者にし、公爵以下を不問に付すことで抱き込める?
問題はシャーロットに罪を着せることだけ。
『だから非がなければ作ればよいのか』
『はい。どうせシャーロット様の性格からして、何も考えずにお認めになりますからね』
素晴らしい。
僕が欲するのはこの権謀術数の能力だ。
『あれでシャーロット様は友人が多いですよ。頻繁に接触する者はチェックしなければなりません。あまり遠い修道院では監視が行き届かないかも』
『うむ、かと言って王都内では罰にならん』
シャーロットよ、近場の修道院で死ぬまで燻っているがいい。
◇
――――――――――シャーロット視点。
「ケガ人よ! シャーロットお願い!」
「お任せを!」
王都正門から徒歩三時間くらいの村にある、小さな修道院でお務めすることになりました。
エルダーベリー公爵家は貴族といってもカツカツです。
もちろん執事や侍女なんて雇う余裕がありませんから、わたくしも身の回りのことはほぼ自分でできます。
「もう大丈夫ですよ。ヒール!」
回復魔法の柔らかな光に包まれ、ケガが塞がっていきます。
貴族学院でもわたくしは魔法が得意でしたから。
「す、すまんね。シスター・シャーロット」
「いえいえ、全ては主のお導きのままに」
今は皆に頼りにされて、本当にやり甲斐があります。
淑女であることだけを要求された、アントニー殿下の婚約者時代とは全然違います。
生きている喜びを感じるのです。
先輩の修道女ボニーさんが話しかけてくれます。
「助かるよ。今まで癒し手がいなくてね」
修道院には癒し手と呼ばれる回復魔法の使い手がいて、ケガ人に対応することが多いです。
でも王都のような人口の多いところはともかく、村で癒し手がいるのはあまりないことらしいのです。
「今の方もひどいケガだったじゃないか。回復魔法ってかなり魔力を消費するから疲れるんだろう?」
「そのはずなのですけれども」
でも特に疲れませんね?
毎日のことですから身体が慣れたのかもしれません。
「大丈夫みたいです」
「そうかい? 疲れたら休んでいいからね」
「はい、ありがとうございます」
ボニーさんがお茶を淹れてくれました。
皆さん優しいですし、修道院はいいところですねえ。
「シャーロットは貴族のお嬢なんだろう?」
「はい、名ばかりの貴族ですが」
「そうなのかい? 司祭様がえらく低姿勢だったから、随分と位が高いのかと思ったんだ」
位だけは高いですけれども、多分収入は騎士さんの方が多いんじゃないかと思います。
……お父様お母様はわたくしの修道院行きにかなり抗議していましたが、わたくしは楽しくやっておりますからね。
御心配なきよう。
「本当に大した魔法だよ」
「魔法は貴族学院で習うのですよ」
「らしいね。いや、私は王都の修道院にもいたことがあるんだけどさ。シャーロットほどの癒し手は見たことがないよ」
「褒められると嬉しいです」
わたくしは逆に、他の癒し手の術を見たことがないのでわかりませんが。
「ああ。王都には貴族出身の癒し手もいるからね。でもさっきの人みたいなひどいケガを癒そうとすると、血止めするだけで力を使いきってバタンキューだよ。普通は」
「そうなのですか?」
「知らないのかい?」
「恥ずかしながら……」
シスター・ボニーは実地に詳しいですね。
わたくしは癒し手の事情や、他の人の魔力のことはサッパリです。
ただわたくしも修道院に来てから、楽に魔法を使えるようになった気はしています。
「呆れたもんだね。神様が力を貸してくれているのかもしれないよ」
「あっ、そうですね!」
「ようく祈っておくといいよ」
「はい、ありがとうございます」
神様、わたくしは今、とても恵まれています。
大変感謝いたしております。
◇
――――――――――ジョアンナ視点。
「最近妃教育が遅れ気味だそうじゃないか」
アントニー様にそう言われて、やや動揺してしまった。
何故なら自覚していることだから。
「え、ええ。少々疲れが溜まっているのですわ」
「そうだったか。まあ加護持ちのジョアンナが、シャーロットに劣るはずはないものな」
「調子が戻り次第、遅れは取り戻しますので」
「ああ、期待している」
冷や汗が出る。
正直妃教育には目一杯打ち込んでいるのだが、追いつかないのだ。
素で飄々と妃教育をこなしていたシャーロット様はすごいと感じた。
家格だけでアントニー様の婚約者に選ばれていたわけじゃない。
しかし私の閃きと叡智の加護さえあれば、妃教育などお茶の子さいさいのはずなのだ。
では何故私が苦戦しなければならないか。
最近加護が働いている気がしないからだ。
魔力の増幅も止まっているのではないか。
おそらく神が私から他の女に乗り換えたのだろうと思う。
あの浮気者!
今鑑定をすれば、私は聖女と見做されないに違いない。
歯噛みするほど悔しい!
私がアントニー様の婚約者として大きな顔をしていられるのも、聖女の認定があるからだ。
でなければ男爵家の娘が立太子間近のアントニー様の婚約者になれるものか。
心が焦る。
いや、冷静に考えよう。
現に私は婚約者なのだ。
アントニー様にも好かれている自信がある。
お妃教育にさえ食らいついていけば、何の問題もない……。
「そういえば、兄上が帰国するのだ」
アントニー様の急な話題の転換に、やや面食らった。
アントニー様の兄、と言うと……。
「第一王子ランドルフ殿下、でしたっけ?」
「うむ。よく知っていたな」
「お名前だけ、ですが」
ほとんど話題に上ることのない方だ。
「お身体が弱く、外国で療養中と伺っています」
「身体が弱いわけではないな。留学中なのだ」
「えっ?」
留学中?
では王太子候補ナンバーワンなのでは?
「兄上は頭部の火傷痕が醜くてな。王にはなれんのだ」
聞いたことがある。
ユートロッホ王国では臣民の支持を得るために、美男美女でないと王家の一員として認められないと。
「聖女の力なら兄上を治すことが、あるいは可能かもしれないが……」
アントニー様の口角が皮肉に上がる。
「ジョアンナは僕を裏切ることはしないだろう?」
「もちろんですわ」
ランドルフ殿下といい関係を築けるとも限らない。
元々私は回復や治癒の類の魔法はさほど得意ではないし、聖女の力が減退している今じゃどちらにしてもムリだ。
「ふ……ジョアンナ。君は美しく、そして賢い」
アントニー様に抱き寄せられる。
そう、私達は共犯者。
これでいい、これでいいんだ。
◇
――――――――――シャーロット視点。
「君が聖女か?」
村の修道院に、フードで顔を隠した屈強な男性が訪ねてまいりました。
何用でしょうか?
「現代の聖女様はジョアンナ・ワッツ男爵令嬢ですよ。王都にいらっしゃいます」
「いや、そうでなくて、聖女にも勝る治癒能力を持つ修道女がいると聞いて来たのだが」
多分わたくしのことだろうとは思います。
最近魔法の調子がいいのです。
王都から様子を見に来た司教様と宮廷魔道士が驚いていたくらいです。
ただ私は罪を得て修道院入りした身です。
聖女なんてとてもとても。
「わたくしは聖女モドキと呼ばれています。そう呼んでいただいて結構ですので」
「聖女モドキ……」
あっ、モドキでも聖女様に対して不敬だったでしょうか?
ジョアンナ様はアントニー殿下の婚約者ですしね。
「聖女だろうがモドキだろうが、どっちでもいい。これを治せるか?」
男性がフードを外しました。
……ひどい瘢痕が頭を覆っています。
ところどころケロイドになって。
古い火傷だと思います。
よく命がありましたね、といったレベルです。
「昔、弟が湯を沸かした鍋をいたずらしていたことがあったんだ。ひっくり返したところを庇ったんだが、オレは半死半生でね。まあ弟は一滴たりとも湯を浴びずにすんだんだが」
「さようでしたか。あなた様は御立派です」
「いいことばかりじゃないんだ。弟は天運があるために危機に遭わない、などと思い上がるようになってしまった」
「まあひどい!」
どこかで聞いたような話ですね。
わたくしもそのような人物には既視感がありますね。
アントニー殿下は何事にも過剰な自信がおありの方でした。
「とりあえず治してしまいますね」
「えっ?」
「ヒール!」
フードの男性に強い魔力光を当てると、醜い傷痕が治癒していきます。
わあ、とても凛々しい殿方ではないですか。
見惚れてしまいますね。
「鏡です。いかがでしょうか?」
「……信じられない……」
「頭髪を生やす体組織も正常のはずです。髪も元通りになりますからね」
髪の毛がなくても精悍ですけれども。
「きゃっ?」
いきなりがっと肩を掴まれました。
「す、すまない。つい喜びのあまり興奮してしまって……」
「いえいえ、満足していただけたようで、わたくしも嬉しいです」
「どうやったのだ?」
「ただの回復魔法ですよ」
あれ? 納得していただけないようです。
「何度も回復魔法をかけてもらったことはあるんだ。それでも治らなかった」
「ああ、コツがあるんですよ」
「差し支えなかったら教えてもらえまいか?」
「回復魔法は壊れた体組織を修復します。これは古傷であろうとも例外ではないんです」
「……そうなのか?」
「はい。口で言うのは難しいですね。魔力密度をこう、ぐっと高めてやると活性化が向上するのです」
「魔力密度を、高める」
「わたくしも腕のちぎれた大ケガをなさった方が運ばれてきた時に会得したのですけれども」
呆れたようにわたくしを見ていらっしゃいます。
素敵な眼差しですねえ。
「つまり聖女モドキ殿は、四肢が切断されようと繋げることができると」
「やったことはありませんけど、もし四肢を失ってしまっても生やすことはできると思います。指を生やすことはできました」
「生やす……」
「患者さん側の体力も消費しますから、ちぎれた部分があればあった方がいいです」
「なるほど」
フードの方がわたくしをじっと見つめます。
ドキドキしてしまいます。
「魔道理論上、聖女モドキ殿の言っていることが正しいことは理解できる。しかしその魔力密度を高めることが常人ではできないんだがね」
「わたくしも最初はできなかったのです。場数と気合いで可能になりましたが」
「場数と気合い」
あっ、納得して喜んでくださっているようです。
「ともかく世話になった。寄進だ」
「えっ、こんなに?」
金貨を何枚も。
この村に来て金貨を見たのは初めてです。
ただの旅人かと思ったら、お金持ちの方だったんですね。
「邪魔をしたな。いずれ改めて礼に訪れる」
◇
――――――――――第二王子アントニー視点。
ランドルフ兄上が帰国した。
目を疑った。
あの醜い火傷痕はどこに?
どうやっても治せないはずではなかったのか?
「兄上、お帰りなさいませ」
「おう、アントニーか。逞しくなったではないか」
「兄上こそ……その、お顔のことですが」
「ああ、うむ」
「兄上の留学先ルザレン王国では、かように魔道医療が進んでいるのですか?」
「む、隣国の技術については気になるか。アントニーも成長したな」
そんなんではない。
隣国で経験を積み、秀麗な顔で戻られては、兄上が王太子になってしまうではないか!
「火傷痕の治療はルザレンとは関係ないのだ。モドキ殿に治してもらってな」
「モドキ殿? どこの誰です?」
「まだアントニーには報告が入っていなかったか。今調べさせているのだ。少々障りがあるゆえ、詳しいことは調査結果が出てからにしてくれ」
どうやら希代の癒し手がいるということのようだ。
障りということは犯罪者か、あるいは逃亡のおそれがあるとか?
迂闊につついては僕の失点になってしまうかもしれない。
「了解しました」
「それよりアントニー。お前の婚約者のことだが」
来た。
シャーロットを婚約破棄したことについては何か言われると思っていたのだ。
「シャーロットはどうもやる気のない女でして……」
「いや、今の婚約者のことだ」
「ジョアンナですか?」
正直驚いた。
兄上がユートロッホを出た四年前には、ジョアンナはまだ聖女ではなかった。
聖女であることを抜きにすれば平凡な男爵令嬢に過ぎないジョアンナのことを、兄上が知っているとは思えぬのだが。
「兄上はジョアンナを知っておられましたか?」
「面識はないな。しかし故国については常に報告を上げさせていたから」
「何と。さすがは兄上」
意識が高い。
やはり兄上が完全な状態で戻られたなら、僕は二番手になってしまうのか。
ジリジリした思いが頭に満ちる。
しかし僕の婚約者ジョアンナは世界唯一の聖女だ。
僕の地位は揺るがな……。
「アントニーの事情もあるだろう。婚約者を乗り換えたことに関してはとやかく言わぬ。しかしお前の現婚約者ジョアンナに関しては疑義がある」
「疑義、ですか?」
ジョアンナは宮廷魔道士長と聖乙教会が認定した聖女だ。
疑義と言われても……。
確かにジョアンナは俗っぽいところはある。
しかしシャーロットを陥れた共犯者でもあるから、もう切れないのだ。
「女で身を持ち崩してはならんぞ」
重みがある言葉だ。
兄上も僕とは違った意味で女には苦労していただろうから。
◇
――――――――――第一王子ランドルフ視点。
聖女モドキシャーロット嬢の調査結果が上がってきた。
結論としては聖女の有資格者だということだ。
有資格者という微妙な言い方になるのは、聖女は同時代に一人という原則があるから。
あくまでも現在認定されている聖女はジョアンナ・ワッツ男爵令嬢だ。
『シャーロット嬢の魔力量、そして魔力を圧縮して密度を高めるという加護。聖女の資格を満たしているのは間違いないです』
『神の寵を受ける女性が一時代に一人という原則自体は確かなのか?』
『今まではそうであった、という経験論に過ぎませぬな』
『経験論が正しければ、ジョアンナ嬢は神の寵を失ったことになる?』
『はい。しかし聖女が寵を失ったという前例もありません。あるいは聖女が二人現れたということなのかも知れません』
いずれにしても奇妙な事態だ。
『ジョアンナ嬢はアントニーの婚約者だ。ここはシャーロット嬢を新たな聖女として認定するに留めては……』
父陛下も宮廷魔道士長も聖乙教会大司教も、ジョアンナ嬢を再聖女鑑定することに関して及び腰だ。
気持ちはわかる。
前例のないことであったにせよ、誤った聖女認定であったと世間に受け取られ、権威が低下するのを恐れているのだろう。
また父陛下は長年王太子に擬していたアントニーに甘い。
ジョアンナ嬢の聖女認定が取り消された際の、婚約者アントニーへのダメージを慮っているのだろう。
王が見て見ぬふりをするなど、実によろしくない傾向だ。
一方でシャーロット嬢も権力欲がなく、聖女という地位ないし称号に魅力を感じていないようだ。
むしろ俗世の面倒事に煩わされるのは嫌だから、モドキでいいと考えているふしすらある。
何てことだ。
正当な評価が行われないことがいいとでも考えているのだろうか?
『陛下、バカなことを申されますな。ジョアンナ嬢が正しく聖女であればよし。さもなくば偽者を取り立てた王家も恥であるし、偽りを見逃した宮廷魔道士も聖乙教会も見る目がないと言われるのですぞ』
『そ、そうだな』
『何より臣民に得がありませぬ。不正を許すのは為政者の態度ではありませぬ』
そして今日、アントニーとジョアンナ嬢の審問会が開かれる。
密室で物事を定めたと言われるのも業腹なので、希望する爵位持ち貴族家当主ないし元当主の傍聴を許すことにした。
ふむ、アントニーとジョアンナ嬢が入場してきた。
議長である大司教の発言で審問が始まる。
「ユートロッホ王国第二王子アントニー殿下、並びにその婚約者で聖女のジョアンナ・ワッツ男爵令嬢で間違いありませんな?」
「「間違いありません」」
「ジョアンナ嬢で聖女であることに対して疑義が生じておる。本日はそれを正す審問であるとお心得ください」
ジョアンナ嬢は俯いているが、アントニーはわかってないみたいだ。
アントニーが挙手する。
「大司教猊下、発言を求めます」
「許可します」
「そもそもジョアンナが聖女であることに疑義が生じているのは何故なのです? 宮廷魔道士長と大司教猊下が認めたからこそ聖女であるのだと思っておりましたが」
「新たな聖女の有資格者が現れたからですぞ。その者の聖女性については幾度もの検査の結果、問題がないことが判明しております。となると神は同時に二人の聖女を遣わさぬという原則が崩れたのか。さもなくばジョアンナ嬢が聖女たる資格を失ったのか、どちらかが考えられます」
傍聴席から納得の声が漏れる。
明快な理由を傍聴者に伝えられて良かった。
宮廷魔道士や聖乙教会の権威低下には繋がらぬな。
まずは重畳。
「新たな聖女とは誰なのですか?」
「障りがあるゆえ、今は申せませぬ。聖女認定を経た上で公表されるでありましょう」
「障り? あっ、ひょっとして兄上を癒した者ですか?」
アントニーの愚か者め。
議長たる大司教を無視してオレに直接聞くやつがあるか。
傍聴者達が眉を顰めているだろうが。
挙手して議長に黙礼し、アントニーに答える。
「そうだ」
「障りとは何ですか? 問題のある者なら、それこそ聖女に相応しくないのでは?」
その新聖女がお前の婚約破棄した令嬢だ、ということが障りなのだ!
シャーロット嬢が聖女でジョアンナ嬢が廃聖女となってみろ。
アントニーは全く見る目のない者として、王太子の目が完全に消えるだろうが。
……オレもユートロッホから人目を避けるようにルザレンに渡った。
醜いオレにユートロッホ王の目はないと思っていたから。
ルザレンで学び成長が実感できても、シャーロット嬢に顔を治してもらってもだ。
アントニーが次代の王でいいと考えていたのだ。
しかし帰国後の言動を考えると、アントニーに進歩が見られない。
シャーロット嬢との婚約を破棄するようでは、目が節穴だと思わざるを得ない。
アントニーが王でいいのか?
国民に対して不誠実ではないか?
……傍聴席がザワザワしているな。
問題のある者は聖女に相応しくないというアントニーの発言が、それなりに支持を得ているようだ。
こうなれば仕方ない。
議長である大司教に目で合図する。
「新たな聖女は、シャーロット・エルダーベリー公爵令嬢であります」
「な……」
絶句するアントニー。
さもあらん。
ジョアンナ嬢も驚きで目を見開いている。
「ば、バカな。シャーロットが聖女だとは……」
「これよりジョアンナ嬢の聖女鑑定を行う!」
「その必要はありませんわ」
降参したか。
話が早い。
ジョアンナ嬢は聖女でなくなり、アントニーは道連れで転げ落ちる。
オレが王太子になる。
「発言を求めます」
「許可します」
「魔力についても加護についても、神の力を感じなくなっているのは事実です。私は最早聖女ではありません」
「じ、ジョアンナ……」
「でも神の浮気のとばっちりで貶められるのは我慢がなりません。私は罪人ではないのですわ!」
神への不遜。
ただしジョアンナ嬢の頬に伝う涙は美しい。
女優だな。
傍聴席からも一定の理解を得られているようだ。
自身の矜持を保つとともに、ジョアンナ嬢を選んだアントニーの名誉もある程度担保する、か。
……罪人ではないと言ったな?
お前達が我が恩人にして妃たるべきシャーロット嬢を陥れたことは知っている。
シャーロット嬢が全く気にしていないどころか、むしろ感謝しているようだから、今日は見逃す。
しかしオレは忘れぬ。
次は許さん。
「以上で審問会を閉会する」
ん? 父陛下が何か……。
「ああ、よい機会だ。皆の者に言っておくことがある。王太子についてだが……」
◇
――――――――――シャーロット視点。
先日ひどい火傷痕を治した方は、何と第一王子ランドルフ殿下だったそうです。
幼い頃何度かお会いしたことがあるのですが、火傷されて以後はお顔を拝見する機会もなく、全くわかりませんでした。
言い訳するわけではないですけれども、再会した時のランドルフ殿下はどこの隠者か旅人かっていう格好でしたからね?
従者もいませんでしたし、王族なんて思わなかったですよ。
先輩修道女のボニーさんが言います。
「あんた公爵令嬢なんじゃないか」
「と言うと聞こえがいいですけれども、実際は貧乏貴族ですよ」
「おまけに第二王子アントニー殿下の元婚約者で、婚約破棄されたから修道院に来た?」
「はい、その通りです」
「で、聖女様かい」
「らしいですねえ」
わたくしは、ジョアンナ様と入れ替わりで聖女になったのだそうです。
そんなことがあるとは知りませんでした。
現在ストレスなく魔法を使えるのも聖女になったおかげだそうで。
「お偉い人なんじゃないか。シャーロット様と呼ばなきゃいけないね」
「やめてくださいよ。ボニーさんは修道女の生活を一から教えて下った大先輩なんですから」
「むず痒いね」
アハハウフフと笑い合います。
ああ、今の生活は楽しいです。
「で、どうするんだい?」
「どう、と言われましても」
王太子となったランドルフ殿下が、何度も私に婚約を申し込みなさるのです。
素敵な方ではあるのですが……。
「わたくしは傷物ですから、ランドルフ殿下に迷惑がかかってしまいますよ」
「そんなことわかっててアタックしてくるんじゃないか」
「私は俗世を捨てて修道女になることを決めたのですし」
「あれ? ムリヤリ修道院に放り込まれたわけではないの?」
「少なくとも、わたくしの意識としては率先して修道院に来たつもりでした」
新しい、自分で決めた道だと思っていました。
「王太子殿下、いい男じゃないかい? あんないい男に惚れられるなんて、女冥利に尽きるじゃないか」
「惚れられるなんて。お妃教育が進んでいる者がわたくししかいないだけですよ」
「シャーロットは案外バカだね。好きでもないのに、王太子殿下ともあろうものが毎回自分で足を運ぶわけがないじゃないか」
「そう、でしょうか?」
「そうさ。王都から来るのにどれだけ時間がかかると思ってるんだい」
わたくしを思っていただけるのは嬉しいです。
アントニー殿下の婚約者だった時には考えられなかったことです。
「シャーロットの御両親も賛成してるって話じゃないか」
「まさか反対したりはしませんよ」
エルダーベリー家は量産型公爵家ですし。
でもアントニー殿下の婚約者になれた時は、とても喜んでくださったなあ。
貧乏な家ではあったけれど、わたくしの教育だけには配慮してくれましたし。
一人っ子だったこともあるんでしょうけれどもね。
家が潰れることも辞さず、最後まで私の修道院行きには反対していました。
……わたくしがランドルフ殿下の婚約者になれば、お父様お母様は喜んでくださるに違いないです。
でも……。
「わたくしは神様に仕えると決めたのですし」
誰も聞いていなくとも、神様だけはわかっておられるでしょうし。
でもボニーさんが意外なことを言います。
「聖乙教会の経典は読んでいるかい?」
「もちろんですとも」
「産めよ増やせよの教えがあるだろう? 神様も愛し子のあんたがたくさん子供を産んだ方が嬉しいはずだよ」
「なるほど?」
思いもよらぬ観点でした。
「……結局何が神様の御心に沿うかはわからないです」
「まあね。だから過去の経験というものは重視せざるを得ない」
「過去の経験、ですか?」
「過去の結婚した聖女に不幸せになった者はいないよ。神様の御心に沿っていたから、という解釈はできないかい?」
実にもっともです。
ですけれども……。
「今日のボニーさんはやけに理論武装していますね。どういうことですか?」
「バレちまったかい。シャーロットを口説き落としてくれって王子様に頼まれちまったのさ。私もいい男の頼みには弱くてね」
「まあ!」
「酌んでやんなよ。手を変え品を変え、私みたいな卑賤の者に頭を下げてまであんたを手に入れようとしているのさ。相当御執心だよ」
「……」
ランドルフ殿下がわたくしに御執心、ですか。
素敵な方だとは思います。
決められた道を歩むだけのわたくしが、初めて積極的になれたのが修道院の生活でした。
聖女とは神様の贔屓なのでしょう。
ならばわたくしは神様の御心に沿いたいです。
ボニーさんの言うように、結婚してたくさん子供を産むことが神様の御心に沿うというのは根拠があります。
そしてわたくしもランドルフ殿下に……。
ランドルフ殿下を選ぶことはわたくしの……。
「どうしたんだい、シャーロット。顔が赤いよ」
「も、もう。ボニーさんったら」
「おや、誰か来たようだね。きっと王子様だよ。今日こそいい返事をしてやんな」
――――――――――ランドルフとシャーロットの婚約成立後。
「アントニーはオレの補佐官だな」
「まあ、兄弟仲良くなんて羨ましいですわ」
「ジョアンナ嬢は、月に一〇日は癒し手のボランティアに参加させる。そうすれば廃聖女の汚名を着せられることもないだろう」
「ランドルフ様は随分深く考えておられるのですね」
(あいつらは絶対に許さん。死ぬまで使い走りだ)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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