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正直な気持ちと子供の成長

赤ちゃんを拾い、世話を始めてから3ヵ月ほどが経過した。

いつの間にか角は髪の毛から少し顔を出すほどに伸び、背中の羽も手のひらサイズに成長していた。



3ヵ月前、草むらでこの子を拾い、その場の思い付きで育てることにしたが、

その時はこの子に愛情なんか湧かなかった。というか、あえて自分から湧かそうとしなかった。


そのうち、この子とはお別れする。いつか本当の親が来て、その親の元で生活する。それならわざわざ今愛情を持っても仕方がない。別れるとき、余計に悲しむだけだけなのだから。


というか、オムツを替えたり、ミルクを飲ませたりすることに、愛情どころか逆にめんどくささを感じていた。


「あう~。ぬ~」


早く子育てから解放されたい。そう思いながら毎日この子の顔を見ている気がする。


「よしよし。いい子だね。」



2月下旬。外はまだ寒く、風邪を引きやすい時期になった。

佐井田は今日休暇を取っている。といっても特に何かするわけでもなく、家で静かに赤ちゃんの世話をしながらゆっくり寝る。それしか頭になかった。


「ん~...朝?」


日頃の疲れのせいか、今日はたくさん寝ていた。手元の時計は午前10時を指していた。あの子にミルクを飲ませなきゃ...重い体を引きずりリビングまで歩いた。

家にいるときは基本ソファの上で寝かしている、今日もどうせソファの上だろう。そう思ってソファを覗くが、そこに姿はなかった。


「あれ?いない...どこ?」


頭がまだ完全に起きっていないせいか、あまり大事に考えず、とりあえずリビングを探した。だがどこを探してもその姿はない。


「...え?消えた?嘘...」


佐井田の頭が動き始めた。それと同時にパニックになってきた。


寝る直前、ちゃんと窓は全部閉めたし、ドアも閉めた。赤ちゃんが一人でリビングから出ることなんて無理なはずだ。

というか、今まで自分の力で動こうとしなかった子供が、突然ソファから抜け出すなんて考えられない。


ここで佐井田は、唐突にあの手紙の内容を思い出した。


『この子は私たちの問題が解決したら、ある日突然引き取りに行く。』


「問題が解決したら...ある日突然引き取りに...」


そうだ。親に引き取られたんだ。だからどこにもいないんだ。きっと夜中に親が来て連れていったんだ。そう考えた途端、佐井田の体の力がスッと抜けた。

なんだ。もう終わったのか。もうあの子の世話をしなくていいのか。


「なんだ...終わったのか。」


佐井田の心の中はぐちゃぐちゃしていた。

育児から解放された喜び、もう会えないという寂しさ、そして、こんなにあっさりと終わる結果に、何も出来ずただ呆然と立ち尽くしていた。


「終わって嬉しいはずなのに...なんだろうこの気持ち...」


頭が追い付かない。ひとまず冷静になろう。と、もう一度ベッドに戻ろうとしたその時、


ドンッ!!!


洗面所の方から何か音がした。


「わっ...!何!?」


急いで洗面所を確認すると、床には佐井田が使っている歯ブラシが落ちていた。

佐井田はそんな物より、目の前の落とした犯人に目が行った。無垢な笑顔でこちらを見ながら、背中の羽を必死に動かして飛んでいる赤ちゃん。


「.....っ!飛んでる...空飛んでる...!」


「えへへ~、ぴゃぁ!」


佐井田は目を大きく開け、ただその光景を見ていた。

昨日までソファから動こうとせず、ただただ横になった状態でミルクを飲んで寝てただけのあの子が今、自分の目の前で飛んでいる。


「うー!ぶー!あ!」


突然疲れたのか、赤ちゃんは羽の動きを止め、高度が下がっていった。


「危ない!」


佐井田は赤ちゃんを受け止めようと、決死の覚悟で赤ちゃんめがけてダイブした。

幸い、全身で抱きしめて赤ちゃんは無事だった。


「あはは!はは!」


まだ赤ちゃんは笑っているが、佐井田の心臓はバクバクしていた。


「もう...危ないじゃないか...心配させて...」


息を荒くして、でも安心した声で佐井田は呟いた。彼の目には少量の涙が光っていた。



リビングに戻り、ソファに赤ちゃんを乗せてから、一応危ないので注意をした。


「いいかい君?まだ慣れないのに空を飛んだら危ないんだよ?今回はたまたま僕がキャッチしたから良かったけど、普通だったら死んでるからね。わかった?」


「あー!」


赤ちゃんは返事をするように声を上げた。


この一件で、佐井田はこの子を真剣に守ってやると心に誓った。



「そういや、名前つけてなかったね。」


ふと、佐井田は思った。そういえば名前を考えていなかった。

しかし、あくまで拾ってきただけのこの子に、赤の他人が名前を付けていいのだろうか。


「ん~...まぁいっか。今は僕が親みたいなものだし。」


答えは意外とあっさりとしていた。


「でも名前でしょ?しかも人間の。ペットみたいに軽い気持ちでは付けれないよね...」


名前はこの子の一生に関わる大事なものだ。とても真剣に考えなくてはいけない。といっても佐井田は人間の子供の名前なんて考えたことない。とても悩む。

何もいい名前が思いつかないまま10分ほど経過したところで、佐井田の口から名前がボソッと出てきた。


「...優衣。」


佐井田の頭に思い浮かんだ一つの名前。

自分の名前、優士から一文字とり、衣は思い付きでつけた。

さっきまで軽い気持ちで付けられないとか言ってたのに、その割には適当な理由だった。

だがそれがとてもしっくりきた。


「よし!君の名前は優衣!わかったね。優衣だよ!」


名前を付けられた赤ちゃん。優衣は嬉しそうにこちらを見つめ、微笑んでいる。どうやら気に入ったみたいだ。


名前を付けた優士と名前を付けられた優衣。

二人の距離はこの一日だけでぐんと縮まった。

このまま幸せな時間が続ければいいのに。

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