先生は私だけのもの♡
「さいた動物病院」から歩いて5分。
6階建てマンションの4階に住んでいる。彼女の名は藤井愛花。
家の中は薄暗く、床には大量のゴミや洗濯物が散らかっている。
そして、壁には大量の写真が貼られている。すべて佐井田の写真だ。
仕事中に隠し撮りした写真、帰り道をついていったときに撮った写真、佐井田が診察している写真、カルテを書いている写真、疲れてフラフラで帰っている写真まで。
その数はざっと200枚ほど。藤井はそれらすべてを丁寧に貼り付けている。
写真の端にはハートマークや「優士♡」と書かれた付箋が貼ってあり、藤井の愛が感じられる。
リビングにあるクローゼットを開けると、男性の服や下着が綺麗にたたまれている。
それらすべては佐井田のものであり、盗んだりゴミをあさったりなどして集めたものだ。
「ハァ...先生の匂い...いい匂い。」
藤井はベッドに転がり込み、ぬいぐるみを抱いた。このぬいぐるみは佐井田が着ていた服などの匂いを染み込ませたもの。
目線の先には写真が貼られていた。この写真は、佐井田がカメラ目線でピースをしている写真。
本人からの許可をもらい撮影した一枚で、藤井の一番のお気に入りとなっている。
「先生大好き。先生も私のこと大好きだよね?」
彼女がこんな性格になってしまった理由には、とある過去の事件からだ。
これは藤井が保育園に通っていた頃。
藤井はおもちゃで遊んでいた。その時、他の子がおもちゃを横取りをしてきたことで喧嘩になった。
「二人とも落ち着いて!」
途中で先生割って入り、「順番を決めて交代しながら遊ぶ」とルールを決めて喧嘩を納めた。
だが藤井はこれにどうしても納得ができなかった。
「普通に遊んでた私と、遊んでるときに盗んできた人がなんで同じように遊べるの?遊べるのは私だけでよくない?」
その日から藤井は物を独り占めするようになった。
「やだ!これは私が遊んでるの!私のものなの!」
その考えが抜けないまま成長していった小学6年生の秋、藤井には新しい感情が芽生える。
好きな男の子が出来たのだ。その男の子は休み時間にずっとサッカーをしていて、それでも困っていたら助けてくれる、藤井にとっては理想ともいえる人だった。
次第にその男の子とは仲良くなり、
「絶対私たちは両思いだ!○○君も絶対私のことが好きなんだ!」
そう思っていた。
ある休みの日、街でたまたま男の子を見つけ、話しかけようと近づいたとき。
隣には知らない女がいた。男の子に気安く話しかけていて、手までつないている。
それを見た瞬間、藤井の中で何かが変わった。
「○○君は私のものじゃないの?誰、あの女。○○君は私しか見てないんじゃないの?どういうこと?○○君と喋る権利は私だけにしかないのに!」
結局、藤井は隣にいた女に嫉妬心を燃やしたまま小学校を卒業した。
保育園の頃の独り占めの心が、徐々に悪い方向へと傾いた。
中学校に上がるタイミングで、男の子とあの女は付き合ってることを耳にした。
それを聞いた藤井は脳内で都合の良い変換がされた。
「○○君は嫌なんだ。仕方がなく付き合ってるだけなんだ。助けなきゃ...○○君とあの女を離れさせないと...!」
根拠はない。ただ藤井の目にはそう見えていた。本当は私と付き合いたい。
それなのにあの女が無理やり横取りした。なら今すぐにでも男の子を助けなきゃ。
入学したての春。藤井は「女が他校のやつと浮気している」という嘘を学校中に広め、カップルを破局させた。
そのうえ、学校に居場所がなくなった女は不登校になり、まさに藤井の思う壺だった。
これで男の子は私のものになる。
そう思っていたが、作戦成功の数日後、男の子は家の事情で長野に引っ越し、藤井がしたことはすべて無意味になった。
さらに時が流れ、藤井は20歳になった。親になれと言われ動物病院の看護師の資格を取ったタイミングで男の子を追うために長野に行くことにした。
動物病院の近くにあったマンションに住み始め、看護師として正式に働き始めた。
そこで出会った医院長、佐井田優士に一目惚れした。
彼の優しい性格、動物を救う責任感、飼い主に丁寧に接する姿。
すべて藤井のタイプに当てはまっていて、もう男の子のことなんてすっかり忘れていた。
それから3年、佐井田を想う気持ちは今も変わらない。
藤井は本気だった。佐井田と結婚し、佐井田と家族を作り、幸せに生活する。その未来しか考えることが出来なかった。
「はぁ...先生。大好き。先生は絶対私と結婚するべきなんだから。」
佐井田を想う気持ちは日に日に強くなり、今では佐井田は藤井の生きる理由である。
もし佐井田が他の女と結婚しようものなら、その女を殺す。
もし佐井田に隠し子がいるならその子を川に沈める。
邪魔な者は徹底的に排除する、それが藤井のやり方だ。
だが最近、その佐井田先生の様子がおかしい。やけに荷物が増え、休憩時はずっとその荷物を見ている。しかもここ数か月で顔がやけに疲れている。これはきっと何か助けを求めているに違いない。
「藤井さん...助けて...」
藤井には佐井田のヘルプが聞こえる気がする。いいや、私に助けを求めている、そうに違いない!
そんなことを考えていた今日、ふとロッカールームに佐井田がいるのを見つけた。
きっと助けを求めている。そう信じてそっとロッカールームを覗き込むと、佐井田が哺乳瓶片手に赤ちゃんの世話をしていた。
その光景に藤井は言葉を失った。佐井田に女がいないはずなのに、なんで子供がいるの?
なんで職場に連れ込んでるの?藤井の頭は困惑と赤ちゃんへの殺意でいっぱいになった。
本当ならあそこで赤ちゃんを刺し殺すつもりだったが、赤ちゃんに感づかれたことで断念。
帰り道、佐井田の後ろをついていき、今度こそ殺そうとしたが直前で赤ちゃんが泣いたことでこちらを怪しまれまた断念。
「殺す殺す絶対殺す...先生は私と結婚するんだ。先生だってそれを望んでるんだ。
邪魔する奴は死ぬべきなんだ。私が殺すんだ...!」
脱ぐるみを抱き、全身で佐井田を感じながら藤井は眠りについた。
その間も頭の中は赤ちゃんを殺すことのみを考えている。
すべては先生との幸せな家庭のため。