暗闇で見つけたなにか
僕は医者ではないので病院がどんな感じか知りません。もしかしたら間違えてるかもしれないですが、ちょっとぐらい見逃してください
長野県松本市の静かな住宅街に佇む「さいた病院」。
時刻は夜9時を過ぎたところで灯りを落とした。
医院長の「佐井田優士」は、白衣を脱ぎ、疲れた体を引きずるようにして裏口から外に出た。
11月下旬の冷たい風が頬を撫で、遠くの山々から漂う木々の香りが鼻を突いた。
空には星が瞬き、なんだかいつもより少し明るい気がした。
佐井田優士31歳。獣医師として動物病院で働き始めて8年。ついに去年、自分の病院を設立した。
佐井田は小学生の頃、家の裏の山から下りてきた一匹の狐を見つけた。
足からは血を流していてかなり弱っていた。
家で猫を飼っていた佐井田はどうしてもその狐がほっとけず、親に隠れて家の庭で治療をした。
一か月ほどで狐は元気になり、そのまま走って山へと戻っていった。
その時佐井田は、命を助けることに使命感を感じ、そこから獣医を志した。
結果、獣医になった佐井田は今までにたくさんの動物を助けてきた。
今日も、骨折した犬の手術を成功させ、飼い主からたくさん感謝された。
飼い主の喜ぶ声と犬の元気いっぱいに吠える犬の声がまだ耳に残っている。
時計の針は9時10分を指していた。
佐井田はいつものように駅に向かう夜道を歩きながらスマートフォンで明日の予定を確認していた。
夜道の街灯がまばらに光って暗い道を照らす。
ふと、前方の草むらに何やら白くて大きい物が見えた。
目を凝らすと少し動いているような気がした。
「なんだ...?」
佐井田はそれのそばに行き、そっと覗き込んだ。
そこにあったのは、布に包まれた小さな赤ちゃんだった。
「うわ...!な...なにこれ!?」
佐井田は驚いてしりもちをついた。そりゃそうだ。こんな草むらに子供が捨てられているのだから。
佐井田はひとまず息を整え、改めて布を覗き込んだ。
でもやはり中には赤ちゃんがいた。静かに寝息を立て、ぐっすりと寝ている。
しかもさっきは気付かなかったが、よーく見ると頭に何かついている。
恐る恐る触ってみると、硬い。動物の角のような、小さく、尖っているものが生えていた。
これ...角?佐井田は目と頭を疑った。今までたくさんの動物を見てきたが、こんな動物見たことない。
「嘘...なにこれ?人?でも角生えてるし...どういうこと?」
佐井田は周囲を見回したが、親らしき人影はどこにもない。
ただ遠くから犬の遠吠えだけが聞こえてくる。
もう一度よーく赤ちゃんを見てみる。
すると、さっきは気付かなかったが、背中に何かがある。
黒光りする、まるでコウモリの羽のような小さい羽が生えていた。
佐井田は確信した。これは人間ではない。かと言って他の動物でもない。
これは完全な憶測にすぎないが、多分これは、ここにいるべきではないバケモノか何かだろう。
そう考えていると、赤ちゃんの首元に何やら手紙のようなものが刺さっているのが見えた。
紙が赤ちゃんに触れないようそっと手紙を持ち上げ、中身を読んでみると、
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| この手紙を読んでいる者へ。 |
| |
| 初めまして。私はこの子の親だ。 |
| 私たちは今事情によりこの子を育てることができない状態にある。 |
| 君には悪いがしばらくの間世話をしておいていただきたい。 |
| 信じられないことかもしれないが、この子は悪魔族の姫だ。 |
| 責任をもって育ててほしい。 |
| この子は私たちの問題が解決したら、ある日突然引き取りに行く。 |
| それまでしばらくはこの子を頼んだ。 |
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手紙はそれだけ。署名も詳細もなかった。
佐井田は思わず手紙を握りつぶしそうになりながら頭を整理した。
この子は悪魔。佐井田の憶測の通り、やはりここにいてはいけない存在だった。
しかもお姫様ということは、この子の親は悪魔の王ということになる。
なんと無責任な。でも、この文体から察するに、決して悪い人ではなさそうだ。
手紙にも書いてあった通り、本当にやむを得ない事情があるのだろう。
「こんな所で見殺しにはできないな...」
佐井田は呟き、深くため息をついた。
目の前にいるのは悪魔とはいえ生物。獣医師として見捨てるわけにはいかない。
その上、前述したとおりこの子の親は悪魔の王。見捨てたら何されるかわからない。
佐井田は鞄の中にそっと赤ちゃんを入れ、少しチャックを開けたまま歩き始めた。
「とりあえず連れて帰ろう。警察に相談は...悪魔だし無理か。」
佐井田の家は病院から歩いて15分ほど。
そこまで大きくないが赤ちゃん一人ぐらいは育てられるだろう。
部屋につくと、佐井田は赤ちゃんをそっとソファの上に置き、ミルクや哺乳瓶を探した。幸い、病院で子猫や子犬用に使っていた哺乳瓶があった。
ただ肝心のミルクがない。超大急ぎでドラッグストアに走った。
家に帰りミルクを作りながら、頭の中でどうするか考えた。
佐井田は独身で一人暮らし。人間の子を育てるなんてしたことない。
助けを求めようとしても、悪魔の子だって知られたらきっと面倒なことになる。
親がいつ来るかは知らないが、それまで育てるなんて無理だと思った。
ミルクが出来て赤ちゃんに飲まそうと近づいたら、赤ちゃんは起きていた。
その瞳はまるで宝石のようにキラキラと黒く光っていた。
人間用のミルクでいいのかと思ったが、哺乳瓶を与えるとごくごくと飲んでいる。
ひとまずは安心。あっという間に飲み干して、ゲップを出しミルクの時間は終了。
翌朝、佐井田は鞄に赤ちゃんを入れて出勤した。
流石に新生児を一人で一日中放置はいけない。
病院に連れて行くとしても、今まで独身だったのに急に赤ちゃんが見つかったら絶対に怪しまれる。
最善の注意を払って病院で世話をする。
病院につくと、いつものように看護師の藤井愛花が笑顔で挨拶をしてきた。
「佐井田先生!おはようございます!あれ?今日はやけに大荷物ですね。
それに顔もいつもより疲れてる。昨日なにしたんですか?」
「いや...ちょっと寝不足で。でも大丈夫だよ。心配しないで。」
佐井田は作り笑顔でできるだけ明るく接した。
「そんなこと言っちゃってー。子供出来たんですか?」
「えっ!?きゅ...急に何言い出してるの!?」
藤井にドンピシャで正解を言われ、思わず大声を出してしまった。
「ただの冗談ですよー。でもその反応。ひょっとして?」
「んなわけないでしょ!仕事して!仕事!」
「はいはい、わかりましたよー」
なんとか事なきを得たが、もうすでに雲行きが怪しくなってきた。
果たしてこのまま何一つ不自由なく育てることはできるのだろうか。