6章 哀(あい)は真実の愛(あい)へ
<2年後>
〜杏花side〜
椿くん。
あのあと、私と貴方は病院へ運ばれました。
生まれて初めての救急車の中のことは、あまり覚えていません。
椿くん。私のせいで、あなたは昏睡状態です。
あのとき、頭を強く打ったそうです。
痛かったでしょう。苦しかったでしょう。
今でも、私はあの時の行動を悔いています。
私がちゃんと車を見ていればよかった。
いつも習うでしょ?左右確認して渡るって。
でもね、信号があるから大丈夫だと思っていたのかもしれません。
私は、まっすぐ横断歩道に飛び出しました。
椿くんに突き飛ばされて、びっくりして少し怪我をして。
何が起こったのかわからなくて。
振り返ったら、椿くんに向かって自動車が走ってきていて。
椿くんが轢かれて。
私は一生懸命叫んだけれど、叫んだって意味がなかったんです。
ただ目の前の光景を見ることしかできなかった。
周りの人が集まって来て、色々してくれていました。
車の人も降りてきました。
ただの不慮の事故だったんです。
車の人が曲がろうとしたら、私が飛び出してきた。
そして、すぐには止まれなかった。
それだけだったんです。
私のせいで、椿くんが轢かれることになったんです。
ごめんなさい。
これまで、何度も心のなかで謝ったけれど、謝って済まされることじゃありません。
私のせいで、椿くんは2年も眠ったままです。
このまま起きなかったらどうしようと、様子を見に行くたびに思います。
ごめんなさい。
2年経って、私は大学生になった。
「きょうちゃんやっほ〜!今日も暗い顔だね!テンション上げてこ〜よ〜。」
そう言ってきたのはひめ華ちゃん。高校の時のクラスメイトだ。
昔は椿くんの仲を疑っていたけれど、本人はそんなつもりはなかったらしく。
今は先輩の彼氏がいると言っていた。
「椿のことで落ち込んでるの? 今日も病院行くの? ...きょうちゃんのせいだったとしても、きょうちゃんに暗い顔させるのは椿の本意じゃないでしょ。 きょうちゃんを守るためにだったんでしょ?」
大学に入ったひめ華ちゃんにはよくこうやって励まされてる。
ようやく普通に生活ができるようになったとはいえ、こうやって落ち込むことは日常茶飯事で。
すぐに立ち直れるわけじゃないし、後悔がなくなるわけじゃないから。
「ありがとう。ひめ華ちゃん。」
「どういたしましてー! 私も椿のこと心配だしな〜。今度一緒に見に行ってもいい?」
「うん。もちろん。」
「ありがとう。きょうちゃん。」
そうやってひめ華ちゃんはニカっと笑った。
ひめ華ちゃんは大学に来てタイプがちょっと変わった。
そこ抜けて明るくなった。
そこに、いつも助けられてるんだけど。
昔から、私は助けられてばっかだなぁと思う。
愛花も、ひめ華ちゃんも。いつも励ましてくれる。
優しい人に恵まれたなと思う傍らに、いつも一生懸命だった椿くんの顔が思い浮かぶ。
「はぁ...」
ため息を付くと、ひめ華ちゃんがバシッと背中を叩いた。
「ほらほら。講義始まる前に早くいこ!」
ひめ華ちゃんは私の手をひいて元気よく歩き始めた。
「それにしてもさぁ。」
そう、突然ひめ華ちゃんが切り出したのは12時のチャイムが鳴り終わったときだった。
講義を終えた私たちは今食堂に来ている。
「突然寒くなっちゃったよねぇ。」
ひめ華ちゃんがしみじみいう。
「そうだねぇ。」
そんなことを言うひめ華ちゃんは、冬なのにスカートは短いものでふわふわもこもことしているけれど、肩が出ている上着を着ている。
「あーあ。私もきょうちゃんみたいにズボンとかにしようかなぁ。」
かくいう私は、可愛さの意識は全く無く。
温かさ重視だ。
あの日。そう、あの日のデートのときは、寒い中でも可愛いスカートと、ふわふわもこもこの可愛い服を着ていたけれど。
今はあったかいズボンと、重ね着した服。
可愛さの欠片もない。
「あったかいよ。こっちのほうが。」
「うん、そうだよねぇ。 別に彼氏がいるわけじゃないし。かといって男の子狙ってるわけでもないし。 私も明日からはズボンにしよーっと。」
そう言ってひめ華ちゃんはニコーっと笑った。
ひめ華ちゃんは、優しい。
「そういえば。きょうちゃんって毎日お見舞い行ってるの?」
ひめ華ちゃんが聞く。
「うん。最近は毎日。」
「最近っていうか、ずっとじゃない? きょうちゃんもそんなことしてたら倒れちゃうよ。」
ひめ華ちゃんが不安そうに言ってくれた。
「大丈夫だって。 私のせいだったし...お見舞いにいかないと不安だし...」
私がそう言うと、ひめ華ちゃんは
「ならしょうがないか。」
と諦めたようにいった。
「朝、今度お見舞い一緒に行く約束したじゃん? あれ、明日でもいい?明日はバイトもないし。」
「もちろん。 私も明日、お見舞い行くし。一緒に行こ。」
ひめ華ちゃんはそんな私の言葉に嬉しそうに笑った。
放課後。
私はまっすぐ椿くんのいる病院に向かった。
「寒ぃ...」
椿くんがいるのは大きな総合病院なので、病院までは少し距離がある。
大学の近くのバス停まで歩いて、そこから総合病院前のバス停までバスに揺られ、病院につく。
長い距離だけど、うちの家から病院までは歩いて30分くらいなので、一応帰り道だ。
私はいつもの距離を歩いて、そこからバスにのった。
カイロを見るとあのときの温もりが蘇る。
椿くんがくれたカイロ。一緒に繋いだ手。
バスの中ではいつもそんなことを思い出す。
高校生の頃はまだ毎日通えなかったけれど、大学になってはほぼ毎日通っている。
病院前について、私はすぐ受付に向かう。
受付のお姉さんは私のことを覚えているようで、最近はすぐ通してくれるようになった。
「205番のお部屋です。」
お姉さんはそう言うと、他の事務仕事を始めた。
私もすぐ部屋に向かう。
「椿くん。来たよ。」
部屋に入る前に扉の前で一言かける。
「あら、杏花ちゃん。来てくれたの?」
扉が開いて、出てきたのは椿くんのお母さん、桜さんだった。
「桜さん。お久しぶりです。」
桜さんと会うのは2周間ぶりくらいだった。
「ほんと、久しぶりね。 最近は午前中に来ることが多くてね。」
桜さんはふふっと笑う。
「椿くん、容態どうですか。」
「変わらないままよ。ずっと眠ってる。 ...この子は、遅起きだったけど、こんなに起きないなんてね。」
桜さんが椿くんを見る。
「桜さん。私のせいで...ほんとに...」
ごめんなさい、と言いかけたところで桜さんが口に人差し指を当てた。
「その言葉はもう何回も聞いてるし、別に杏花ちゃんのせいじゃないでしょう? あの事故は、誰も悪くなかったと私は思ってるの。 もちろん、運転手さんもいけないところがあったし、杏花ちゃんももう少し気をつけていればよかった、椿だって、ちゃんと杏花ちゃんと手を繋いでいればよかった。そしたらちゃんと引き止められたでしょう?」
そこでふっと息をついて、桜さんはこちらを見た。
「でもね。 あのときは誰もどうすることもできなかった。 車が止まることも、杏花ちゃんが飛び出したことも、杏花ちゃんを椿が突き飛ばして轢かれたことも。 杏花ちゃん。もしも、椿が同じ状況だったら、杏花ちゃんは、どうしてた?」
そう言われて、考えることもなく私は
「椿くんと同じことをしていたと思います。」
と答えた。
「そうでしょ? きっと、2人がお互いを大好きだったからそうなっただけなの。 椿は、杏花ちゃんのことが大好きで、杏花ちゃんも椿のことが大好きで。 ただ、それだけだったの。杏花ちゃんが轢かれる未来もあったってこと。 それにね。もう2年も前の話だし、話した通り、誰かのせいって考えるのはやめたから。だから、今謝らないで。杏花ちゃんが傷つくのは、椿は本意じゃないでしょう? 椿はきっと、杏花ちゃんに笑ってほしくてあのとき杏花ちゃんを庇ったのよ。」
桜さんは柔らかく笑った。
椿くんが本意じゃないって、ひめ華ちゃんも言ってた...。
ふと思い出したのは、ひめ華ちゃんの朝の言葉だった。
「それでも、こんなに起きてくれなかったら、杏花ちゃんのこと悲しめちゃうわよね。」
桜さんが笑う。
「私、早く椿くんが起きてくれるように、これからも毎日話しかけますから。」
私が桜さんの目を見て言うと、桜さんは困った子、という顔をして
「無理はしないでね。」
と言った。
しばらくして、桜さんは帰っていった。
「椿くん。あのね。 明日はひめ華ちゃんが来てくれるってよ。 私、ひめ華ちゃんと仲良くなったの。 ひめ華ちゃんも心配してたよ。だから、早く目を覚ましてね。 ...もうすぐ、クリスマスだよ、椿くん。 私、また椿くんと過ごしたいよ。 イルミネーションを見れなくても、ただ、椿くんに大好きって伝えたいよ。 私、椿くんが目を覚ますまで毎日通うから。」
「じゃあ、またね。」
今日もどこも動かなく、管だらけの椿くんに喋りかけて、帰る。
目覚めなかったらどうしようって、椿くんを見るたびに思う。
目覚めなかったら、私は立ち直れないだろう。
「椿くん。今日はひめ華ちゃんが来てくれたよ。」
次の日、私はひめ華ちゃんを連れて椿くんの病室を訪れた。
「椿、ほんとに寝てるんだ。」
ひめ華ちゃんが椿くんの顔を覗き込んでそういった。
ひめ華ちゃんはじっくりと椿くんを見たあと、スタスタと花瓶のところに行って、買ってきたお花を飾った。
「椿の花はなかったけど、これでちょっと華やぐでしょ?」
と、ひめ華ちゃんが笑った。
「ありがとう、ひめ華ちゃん。 椿くん、ひめ華ちゃんがお花飾ってくれたよ。」
「椿、早く目覚まさないと杏花ちゃん待ちくたびれちゃうよ?」
ひめ華ちゃんが優しく語りかける。
顔が少し寂しそうで、でも明るい声で話しかけ続けてる。私も負けじと椿くんに最近のいろいろな出来事を話しかけた。
「椿くん、起きないねぇ。」
話す話題もつきてきて、ひめ華ちゃんにそう零す。
「そうだねぇ。もう遅くなっちゃうし、帰ろうか?」
ひめ華ちゃんがそう言ったときだった。
椿くんのまぶたがぴくっと動いた。
「ね、ねぇ、今、椿くん...」
私がいうと、ひめ華ちゃんがナースコールを押していた。
「あ、わわ、やっちゃった?」
ふたりともテンパって慌てていたら、看護師さんがきてくれた。
「あの、まぶたが動いたんです。」
そう言ったら看護師さんは少しほっとしたようにして、笑顔になると
「もうすぐ、起きるかもしれません。」
と言った。
「ほんとですか!?」
思わず大きな声でいうと看護師さんは口元で人差し指をたて、
「動くのは、目覚める兆しです。」
と言った。
またなにかあったら、と言って看護師さんが去っていく。
「よ、よかったぁ。」
私は安堵で力が抜け、その場でぺしゃんと座ってしまった。
「よかったね、きょうちゃん。」
ひめ華ちゃんは私の頭を撫でながら、目尻に涙が浮かんでいた。
私もいつの間にか泣いていたのか、涙が頬をつたっていた。
「とりあえず、桜さんに連絡しないと、、、」
拙いながらも桜さんに電話をし、先程のことを伝えた。
桜さんもびっくりしたようで、今から行くと言っていた。
「桜さん、今からくるみたい。」
私がひめ華ちゃんに言うと、ひめ華ちゃんは
「じゃあ待ってよっか。」
と言った。
2人でソファで待っていたはずだけど、いつの間にか寝ていたようで、桜さんが起こしてくれた。
「2人が変わりに寝ちゃったのかと思ったわ。 ひめ華ちゃん、久しぶり。」
と言って桜さんが笑った。
その後、私たちは桜さんの車で送ってもらった。
その後も毎日お見舞いに行った。
今度は、目覚めるのではないかと期待を込めて。
だんだん、まぶただけではなく、指先が動くようになって、起きるのが近いと医者が言っていた。
そして、今日はクリスマス。
バイトが無かったひめ華ちゃんを連れて、私は病院に来た。
「椿くん、もうクリスマスだよ。 そろそろ起きてくれてもいいんじゃない?」
私が声を掛ける。
「そうだよ椿〜。きょうちゃんも私も、去年はクリボッチだったんだから〜。」
ひめ華ちゃんが怒ったようにそう言った。
「去年は、まだ友達じゃなかったもんね〜。」
あれ、でもひめ華ちゃんは友達多そうだけどな?と思い直す。
「椿くん。」
私が声をかけたその時だった。
椿くんのまぶたがゆっくり開いた。
焦点のあってなさそうだった瞳が、だんだんしっかりとしたものになっていく。
「きょ、か?」
かすれた声で、椿くんがそう言った。
「椿くん?」
潤んだ目で視界が揺れる。
「杏花、大丈夫だった!?」
椿くんがそういう。
椿くんにとっては、ついさっきのことだったことを思い出す。
「大丈夫、大丈夫だよ、椿くん。私はここにいる。ちゃんと生きてるよ。 椿くん。ごめんね。」
私は2年間伝えられてなかった言葉を言った。
「良かった、、。」
椿くんはほっとした顔になる。
いつの間にか、ひめ華ちゃんは遠いところで電話をしていて。
「椿くん。 ごめんね。」
私が何を言っていいのかわからずそういうと、椿くんは困った顔をして
「そんな事言わないで。 俺が守りたかっただけだから。」
と言った。
「うん。そうだよね。 椿くん、私、椿くんのこと大好きだよ。 あえなくてずっと寂しかったよ。」
ぽつり、本音を漏らすと、椿くんは
「ごめんね。 俺、どのくらい寝てた?」
と聞いた。
「2年だよ。」
私がそう言うと、流石に椿くんも驚いたようで
「え?じゃあ俺もう18歳? 杏花、大学生なの?」
と聞いてきた。
「うん。そうだよ。」
私がそういうと
「まじかぁ、俺、留年かな?」
と椿くんが言った。
本当に不安そうな顔で、私も寂しかったけれど、これからの椿くんはもっと大変なんだろうと思った。
だって、今がわからない中で、生きていかなければいけないのだから。
そんなことを話している間に、医者と大量の看護師さんが訪れ、私は椿くんと離れてしまった。
桜さんも到着して、2人で抱き合って泣きあった。
だって、このまま起きなかったかもしれないのだから。
どれだけ心配させるのよ。って。
1ヶ月後、椿くんは退院となった。
といってもリハビリは続いてるし、まだ病院に通うのだけど、ようやく、椿くんが自分の家に戻ってこれた。
退院に駆けつけ、また泣いてしまった。
「椿くん!」
私が思わず抱きつくと
「杏花。 泣き虫だなぁ。」
よしよしと撫でながら、椿くんがそういった。
なんで泣いてるのかわかってるの?と思いつつ、私は
「大好き。」
と耳元で囁いた。
椿くんは驚いたような、照れたような顔をしつつ
「俺も大好き。」
と言って私の手をぎゅっと握った。
これは、臆病だった私達が、哀を知り、真実の愛を見つけるまでの物語。
これでメインストーリーは完結です!
ものすごく甘々に書いてみたんですが、いかがでしたでしょうか?
今後、閑話も投稿予定ですのでお楽しみに!
この小説の詳しい話は、「小説裏話」に投稿予定ですのでそっちも見てもらえればなと思います!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。




