エダルの恋物語。恋しているからこそ、身を引きます。
王立学園に通うエダル・テオナル公爵令息。彼には婚約者がいた。それはもう、学園一美しいと言われているユリディーナ・キルディス公爵令嬢である。
当初、エダルは不満だった。勝手に親に決められた婚約者。
ユリディーナは確かに美しく、自分にはもったいない位の女性である。
学園での成績も上位10位にいつも入っているという優秀さ。
それに比べて、エダルは勉強は苦手で下から数えた方が早いという成績だった。
いずれは、キルディス公爵家に婿に入るが為の婚約だったのだが、あまりにもエダルの出来が悪いので、ユリディーナにいつも愚痴を言われていた。
「貴方がもっと勉学に励んで頂かなくては困ります。いずれは我がキルディス公爵家に婿に入るのですから」
エダルは困ったように、
「私は勉学は苦手で、身体を動かしている方が好きなのです。剣技なら誰にも負けず、教師に褒められております」
「それでは困るのです。貴方様は我が公爵家の婿とはいえ、女性では公爵位は継げないのですもの。ですから、貴方様にキルディス公爵になって貰うしかないのですわ。ある程度、勉学も出来ないと、これから先、どうするのです?」
「だったら私と婚約解消すればよいではありませんか。私はこの通り、勉強は出来ないのです。貴方に相応しい婿を迎えればいい」
エダルにとってユリディーナはうっとうしかった。確かに、将来の事を思えば、キルディス公爵になる道が一番良い道なのだろうけれども、エダルにとって荷が重かった。
しかし、父であるテオナル公爵にしっかりと、
「お前はキルディス公爵になって、我がテオナル公爵家との絆を深めて欲しい。それが、お前の役割だ。出来るな?エダル」
「いえ、父上っ」
「出来ぬと言うのか」
エダルに向かって、鞭をもってきて、ビシバシと叩き始めた。
本格的な鞭ではなく、短い鞭であるから、当たってもちょっと痛い位である。
腕で庇いながらも、それでも、エダルは父に叩かれるのは嫌だった。
母や兄はそんなエダルを冷たい視線で見ている。
母は、
「本当にお前は兄アドルと比べて劣っている。でも、しっかりとキルディス公爵家に婿に入らなければいけませんよ」
兄アドルも不機嫌に、
「それがお前の生きる道だ。しっかりと勉学に励めよ」
励んだって、どうしても勉強が頭に入って来ない。
エダルは悩んで泣くしかなかった。
周りからのプレッシャー。
自分はどうしたらよいのだろう。
そんな中、愚痴が多かったユリディーナが、謝って来た。
「貴方に重圧を押し付けてしまいましたわね。わたくしは貴方の婚約者なのですから、勉学を教えてあげましょうか?」
「いや、出来が悪い私がいけないのだ。少しは励まないと」
「だったら一緒に勉強致しましょう」
ユリディーナと一緒に、エダルは放課後、図書室で勉強に励むことになった。
ユリディーナは愚痴を言っていなければ、色が白くて美しくて。まつ毛が長くて見とれてしまう。
ユリディーナはエダルを見て、にっこりと微笑んで、
「わたくしに見とれているのでしょうか?」
「いやその……頑張っていい成績を収めるから」
「ええ、頑張って勉強致しましょう」
ユリディーナからいい匂いがした。
金の髪が日に透けて見えて、本当に綺麗で。見とれてしまう。
共に勉強に励み、勉強が終わったら時には街へ行ってデートを楽しんだ。
ユリディーナが、
「少しは気晴らしをしないと、気が滅入ってしまいますわ。ですから、わたくしに付き合って頂戴。街で買い物をしたいの」
ユリディーナとカフェに入ったり、買い物に付き合ったり。
カフェでは、美味しい流行のパンケーキを一緒に食べた。
エダルは甘い物が大好きで。
「これは凄い。こんな洒落たお店があるなんて。男一人では入れない店だ。周りは女性客かカップルしかいないし」
甘いパンケーキを頬張るエダル。
ユリディーナはにこにこ笑って、
「エダル様が甘い物が大好きだって聞いていたから、調べましたのよ。わたくしはちょっと苦手なので、少しにしておきますから。この大きいなパンケーキはエダル様がほとんど、食べていいのですわ」
「え?いいのか?遠慮しているんじゃ」
エダルが食べる様子を、にこにこして見ているユリディーナ。
エダルはほとんど、パンケーキを一人で食べてしまって。
美味しいパンケーキ。幸せだった。
買い物もユリディーナは、高価な買い物をするが、全部、キルディス公爵家の名前で買っていた。
「こちらの耳飾り。どうかしら?」
「とても似合っていて素敵だよ」
ユリディーナはなんでも綺麗だから似合うと思ってしまう。
そういう買い物も楽しかった。
エダルは大した額のこづかいを貰っていないので、プレゼントをすることが出来ないのがちょっと悲しかったけれども。
恋なのだろうか?だんだんとユリディーナに惹かれていくエダル。
しかし、とある日、ふと、気が付いてしまった。
第二王子ハリス殿下にはまだ婚約者がいない。
美しいハリス殿下はモテているし、婚約を結びたいと願っている令嬢は多いのである。
いつも沢山の令嬢達に囲まれて、にこやかに対応しているハリス殿下。
でも、ハリス殿下は、ユリディーナが通りかかると、ちらりとそちらを見て気にしているようなのだ。
ユリディーナもちらりとハリス殿下を見ていて。
そう言えば、あの二人は幼い頃、よく遊んだと聞いたことがある。
エダルは一計を思いついた。
勉強に励んでいるが、どうせ、他の貴族と比べれば自分は落ちこぼれだ。家に迷惑をかけるのは辛いが、仕方がない。
心が痛い。ユリディーナとの日々が思い出されて。
それでも、ユリディーナの事を思えば、自分が身を引いた方がいいのだ。
エダルは色々な女性と会って、イチャイチャするようになった。
学園の中ではなく、夜遊び歩くようになったのだ。
酒場に出入りし、色々な女性に声をかけ、時にはベッドを共にするようになった。
堂々と不貞を繰り返したのである。
ユリディーナとの放課後の勉強も、行かなくなって、ユリディーナを避けるようになったエダル。
ユリディーナは悲し気にこちらを見ているその姿に、胸が痛むが、心を鬼にした。
とある日、家から使いが来て、戻るように言われた。
テオナル公爵家に戻ってみれば、父が厳しい顔をして睨みつけていて、母も兄もエダルを虫けらを見るような視線で見下していた。
父は一言。
「エダル。キルディス公爵家から婚約破棄された。お前の不貞が原因だ。慰謝料を払わねばならん。お前がしっかりと払って稼げ」
エダルは頭を下げて、
「承知致しました。私をこの家から廃籍して下さいませんか」
「言われなくてもお前なんぞ、廃籍してやる」
「お世話になりました」
エダルは行くべき所を決めていた。
家を出ると、馬車が止っていて、中からユリディーナが出てきた。
ユリディーナはエダルに向かって、
「貴方には幻滅致しました。不貞を繰り返して。そんなにわたくしの事が嫌いだったの?」
エダルは首を振って、
「嫌いではなかったけれども、私ではキルディス公爵家の婿は務まらない。だから、婚約破棄をしてもらうようにふるまった。君の事はとても美しいし、私にはもったいない人だと思っていたよ。今回の事は私が一方的に悪い。どうか、幸せになって欲しい」
「ごめんなさい。勉強を教えた事、色々と貴方を追い詰めていたのね。わたくしは……貴方となら信頼関係を築けると、いえ、築こうと頑張っていたのですわ」
「婿に相応しい方がいると思います。その方とどうか……」
「知っていたのね。わたくしが、想いを寄せている方がいる事を。わたくしこそ、不貞をしていたのだわ。心の不貞をっ。エダル様。わたくしは……」
エダルはにっこり笑って、
「それを言ってはいけません。心の不貞より、私は実際に不貞をしていたのですから」
ユリディーナが涙を流す。
エダルは思った。
口うるさく言って来たユリディーナ。でも、勉強も教えてくれて。気晴らしに街へ連れ出してくれて。とてもとても楽しかった。
こうして涙を流すユリディーナを見て、悲しくなった。
彼女と街で、一緒に散歩をしたことがあった。
以前、高台で素敵な王都の夜の景色を見たことがあった。
ユリディーナに見せたかったのだ。
ユリディーナは夕闇の中、こちらを見つめて、
「エダル様が守って下さるから、護衛騎士の出番はないですわね」
後ろに護衛騎士達は二人、付いてきている。
エダルは胸を張って。
「剣の腕だけでなく、腕力も自信がありますから。ユリディーナを守ってあげますよ」
「まぁ、嬉しい。ほら、街の明かりがキラキラと。とても綺麗ね」
「本当だ」
高台に出て、街を見下ろせば、キラキラと王都の街が見られて、
ユリディーナはこちらを振り向いて、
「今日の事は忘れないわ。こんな素敵な景色を見られて。本当に綺麗な景色。有難うございます。エダル様」
「いやその……照れるな」
思い出が蘇る。
それでも、エダルは背を向けて、
「慰謝料はしっかりと働いて払います。さようなら。ユリディーナ」
「さようなら。エダル様」
エダルの胸は痛んだ。
だが、自分と別れるのが一番いい。
エダルにとってユリディーナは恋だったのか?
もし、ユリディーナの心がハリス第二王子殿下に無ければ、キルディス公爵家に相応しい成績を収めていれば、普通にユリディーナを好きになって。結婚して、可愛い子に囲まれて。
エダルは首を振って、行こうと思っていた所へ向かうのであった。
3年が過ぎた。
ユリディーナがハリス第二王子殿下と結婚式を挙げて、王国民皆が、祝福している中、エダルは遠くから二人の様子を眺めていた。
仲間達が声をかけてくる。
「お前の元婚約者だろう?辛いか?」
エダルは首を振って、
「いや、辛くはないが。だってあんなに幸せそうに微笑んでいるじゃないか。だから、別れてよかったと思っている。第二王子殿下は優秀な方だ。キルディス公爵家は更に栄えるだろう」
「そうだな」
「今夜は飲むか?おごるぞ」
「飲もう。飲もう」
仲間達に励まされて、エダルはとても有難く思った。
この仲間達との絆は、後年更に深まり、
情熱の南風アラフ。北の夜の帝王ゴルディル。東の魔手マルク。三日三晩の西のエダル。
と呼ばれ、辺境騎士団四天王として、名を馳せる事となる。
エダルは一生、結婚しなかった。
辺境騎士団騎士団長の教えに感動し、仲間達と共に騎士団の為に命を捧げたと、記録に残っている。