5話
ルイス視点です。
とある騎士団の演武場にて、騎士たちの模擬試合が行われていた。騎士団の団員たちは皆、鎧を身につけ、それぞれの武器を手にしていた。ある者は槍、またある者は剣を。武器は普段から使い慣れている物を使用し、同じ武器で戦う者同士で試合をする。試合はトーナメント形式で、優れた成績を残した者は表彰される。この試合は、騎士団だけではなく領土一帯でも注目されているので、そんな舞台で名を上げるのは大いに意味のあることだ。
だが、騎士団長たるルイスは興味なさそうに、得物の剣を玩んでいた。一番注目されている選手であるにも拘らず。
……確かに、彼は既に名門ペルヴィス家の息子として有名ではあるが。
「だんちょー!ここにいたんすね。……、……てか、余裕そうっすね」
「……そんなつもりはないが。お前は何しに来た?」
背後から声を掛けられるが、ルイスは気に留めた様子もなく、振り返りもせずに答えた。人との交流も薄く、〝孤高の団長〟などと呼ばれているルイスに声をかける人物など、限られている。
「――俺は、絶対決勝戦まで勝ち残るんで、決勝戦ではお願いしますね、って伝えに来ただけっすよ。……にしても、そんな余裕にしていいんすか?婚約者サマがいらっしゃってるって聞きましたけど」
ルイスと同様に、剣を腰に差している彼は、ルイスの部下だ。年齢がそんなに変わらないためか、ルイスに対しても気安く接していた。
ルイスは、部下のその言葉に一度動きを止め、やっと後ろを振り返る。
「……なぜお前が知っている」
もとから低い声には威圧が込められ、碧い瞳は鈍く光り、鋭い刃を思わせた。まるで、彼が手にしている剣のように。
「怖っ。団長、それだからアリシア様に嫌われるんですよ」
「俺がいつ、嫌われていると言ったか?」
猛獣のような目つきのルイスにも怯まず、部下は肩を竦ませる。
「あれ?言ってませんでしたっけ?」
「言ってないが?」
「そーなんすか。誰かから噂で聞いたような気がしたんすけど……」
今にも掴みかかりそうなルイスの剣幕に、部下は呆れたような、笑みを口元に浮かべる。
「何がおかしい?」
「いやー、別に。……あ、アリシア様が、手振ってますよ」
視線を逸らした先で客席に座るアリシアを見つけ、ルイスからの追求から逃れるために咄嗟に話題を振る。
「……」
だが、ルイスはアリシアの応援を見ても、眉一つ動かさず、手を振り返さない。
……否、手を振り返すべきか、躊躇っているのだ。
ルイスが考えているうちに、アリシアは困ったように微笑み会釈すると、何やら帽子を深く被った侍女と思われる女性との会話に戻ってしまった。
少し、いや、考えすぎかもしれないが、落ち込んでいるようなルイスに、部下はやれやれ、といったふうにため息をつく。
「――団長。俺はこれでも団長を先輩としても、騎士としても慕ってるんです。……でも、男としては、今の俺よりも遥かに下です。爵位とか関係なく一人の男としてどうかと思います」
辛辣な部下の物言いに、ルイスは呆気にとられたような顔をする。
「お前、そんなふうに思っていたんだな」
「はい、そうですが?というか、団長はこのままでいいとも思ってるんすか?アリシア様とすれ違ったままで」
「すれ違うってお前……もともと俺の一方通行だろ」
躊躇いなく即答された答えに、部下は思わず絶句する。
「は……?いや、あー、そういうことすか。道理で……」
額に手を当て、唸る部下にルイスは怪訝な表情をする。
「何を言ってるんだ?」
「――アリシア様が、団長を嫌いなはずないですよ」
いつになく神妙な部下の顔つきに、ルイスはやや戸惑う。
「突然何を言っているんだ?さっき嫌われるだの何だの言っていたくせに」
「あー、それは何だかんだで婚約者に試合に見に来てもらえている団長への妬みですよ」
今度は早口で捲し立てられ、ルイスは呆気にとられる。
「妬み?」
「はー……そうですよ。俺は婚約者から見放されてますからね。放任主義といえばそれまでなんでしょうけど」
ルイスは会話にイマイチついていけず、首を僅かに傾ける。
「――とにかく。ルイス様は一度本当の気持ちをアリシア様に伝えた方が良いですよ」
「……本当の気持ち?」
どんな戦術や戦略を考える時よりも難しそうな表情のルイスに、部下は面倒臭そうにしながらも、丁寧に説明した。
「そうですね。……愛してる、それだけ言えば堅物なあなたの言うことですから重みが出ると想いますけどね?」
「愛してる……?だが、そんなことを言ってアリシアの負担になったら」
急に表情が暗くなったルイスに、部下は面倒臭そうな態度を隠しもせずに驚きをあらわにする。
「はぁ!?まさか団長がそこまでクズだったとは……」
大袈裟にああ、嘆かわしいと両手で顔を覆う部下にルイスはムッとした。
「……どういうことだ」
「そのままですよ。そんないつまでもうじうじ悩んでたらアリシア様が可哀そうですよ。アリシア様とて団長の気持ちが気にならないはずがないでしょう?」
「そうなのか……?」
その顔は、とても戦場で冷徹に人を斬ることのできる人物とは思えず、部下の目は面白いものを見るようなものに変わっていた。
「ええ、そうっすよ。団長、自分の気持ちを伝えたことなんてないんでしょう?」
「……」
言い返せず押し黙るルイスに、何故か訳知り顔の部下は続けた。
「やっぱり。この機会に、アリシア様に想いを伝えてください。そうしないと、俺みたいになりますから」
部下は好きなだけそう言うと、立ち上がり、そして、真剣な眼差しでルイスを直視した。
「やべっ。俺の出番じゃん。――それじゃ、決勝戦ではお手合わせ願いますね」
部下は挑発的な笑みを浮かべると、本部のテントへと走り去っていった。
「……、……自分の気持ち、か」
一人残されたルイスの呟きがやけに大きく響いた。