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4話

「えっ」

「嫌だろうか……君が気になっていたと思ったのだが」


 実は、わたしは大の読書好きだった。読むジャンルは様々で、歴史小説から推理小説、果ては恋愛小説まで。そのことを、ルイス様に話したことはなかった。確かに、少し本屋を見ていたかもしれないけれど。


「い、いえ、とても嬉しいのです!まさか、わたしのことをそこまで気遣ってくださるだなんて」


 驚きと、喜びとで頭が混乱してしまう。 


「婚約者として当然だろう?」

「そうでしょうか……?」


 婚約者といっても、ここまで相手のことを思ってくれる人は少ないのでは、と思ってしまう。

 でも、せっかくだ。わたしはルイス様の厚意に甘えることにした。


「……それではルイス様、本屋に寄っても良いですか?」


 目を合わせようとすると、必然的に身長の高いルイス様を見上げることになる。ルイス様の美しい瞳を見つめ返しながら問いかけると、何故かルイス様は頬を薄く染めた。

 

「あ、ああ。勿論だ」

「?」


 どうかしたのだろうか、と思いつつもルイス様はすっかりいつもの無表情に戻っていたので、変に尋ねるのはやめておいた。



「君は、恋愛小説が好きなのか?」


 ルイス様は、書架に並べられた本を見ているわたしの横に並び立ち、一緒に本を見ている。


「そうですね……その、ルイス様は恋愛小説に興味がおありなのですか?」


 まさか、わたしが見ている本を隣から観察されるとは思っていなかったので、わたしは動揺していた。


「別に、そういうわけではないのだが……君が好きなものを知りたいんだ」


 一緒に見るのは嫌か、と尋ねるルイス様に、わたしは少しの羞恥を抱きながらも、


「それなら、いいですわ」


 と答えてしまった。それからわたしはルイス様と小説の話をしながら、新しく小説を買ってもらった。幾らかお金は持っていたので断ったのだが、押し切られてしまった。



「そろそろ、空いているだろうか」

「結構な時間このお店にいましたしね」


 時計を見ると、来た時には2時を指していた長針が、4時に差し掛かろうとしていた。

 流石にのんびり見すぎただろうか、と後悔したが、菓子屋に行ってみると丁度客が少ない時間帯になっていたので、良かったのかも知れない。ルイス様も、楽しかったと言ってくださったことだし。


「まぁ!とても可愛いです!」


 わたしは、運ばれてきたお菓子に目を輝かせる。滑らかなチョコレートでコーティングされたチョコスポンジには、ベリーのジャムが挟まれ、ルビーのように煌めく。また、ケーキには沢山の苺が乗せられ、見ているだけでとても幸せだ。そして、淹れたてのミルクティーの甘い香りが鼻をくすぐる。

 

 対して、ルイス様が頼んだのは栗がふんだんに使われたモンブランだ。スポンジにきめ細やかなクリームが幾重にも重なり、その頂上には大ぶりの栗が乗っている。わたしのチョコレートケーキに比べてシンプルではあるものの、とても美味しそうだ。そして、甘いものがそこまで好きではない彼は紅茶をストレートで頼んでいた。


「いただこうか」

「はいっ」


 わたしは、フォークでひと掬いし、口に運ぶ。チョコレートの甘さと、ベリーの酸味が合わさり、とても美味しい。ついでに、1つ苺を頬張った。


「とても美味しいです!」


 いつしか客はわたしたちだけになっていた。店内にわたしのそんな声が響き、恥ずかしくて頬が赤くなった。そんなわたしに、ルイス様が僅かに微笑んだように見えたのは気の所為だろうか。


「……そうか。それなら良かった」


 安心したようなルイス様を見ると、わたしも嬉しくなる。


 ふと、思いついてわたしは大きくケーキを掬うと、ルイス様の口元にずい、と差し出す。苺も乗せ、わたしの思う一番美味しいところ、である。


「アリシア?」

「わたしのも、食べてみてください!」


 ルイス様は、何やら躊躇われたけれど、身を少し乗り出して、食べてくれた。


「……甘いな」

「あっ、甘すぎたでしょうか?」

「いや、そんなことはない」


 と、そこでわたしはなにやらニヤニヤしながらこちらの様子をうかがっている店員さんの視線に気がついた。


 わ、わたし、変なことしてないわよね!?

 そんな微笑ましそうな顔していらっしゃるけれど、どうして……


 も、もしかして、か、かかかか間接キス!?わたしったら無自覚のうちになんてことを!そんなつもりはなかったのに……!ル、ルイス様はどう思われたのかしら……?はしたない女だと思われたかしら?

 いやあぁぁぁぁ!



 などと、一人で百面相していると、ルイス様は私にモンブランを差し出した。それも、先程と同じあ〜ん、と言われるシチュエーションで。


「食べるか?」

「え、えっと……」


 食べたい、という気持ちは勿論ある。だが、店員が、店員の目が気になるのだ。困っていると、ルイス様が口を開こうとする。彼のことだ。謝って、引き下がるに決まっている。


 だが、それで良いのか。


「っ!!」


 わたしは思い切って目の前のフォークを口に含んだ。ルイス様は、何故か驚いた顔をしていた。


「どうだ?」

「お、美味しいです……」


 わたしは襲いかかる羞恥を押し込め、なんとかそう答えた。ルイス様は、心做しか耳がうっすらと赤に染まっていた。


 その後、恥ずかしさと気まずさから、わたしたちはほとんど言葉を交わさずに菓子を食べ終えた。


◇◆◇


「今日は連れてきてくださり本当にありがとうございました」


 家の前で、わたしはルイス様とお別れをしていた。


「いや、こちらこそ楽しかった。またな」


 そうして、今日一日大切にしてもらったお陰で、ルイス様と別れる頃にはすっかり数字について嫌な想像をすることはなくなっていた。


 黙って出ていったことを忘れていたわたしは、侍女やお母様に少し咎められることになるのだが、それはまた別のお話。

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