3話
「アリシア様、お美しゅうございます!」
「そうかしら……」
鏡に映るわたしは、若草色の大人びたドレスを着て、不安そうな表情をしていた。
そう、今日はまさしくルイス様がうちを訪ねる日だった。昨日までは踊りたくなるほど嬉しくて、楽しみだったのに、今は信じられないくらいに緊張していた。
それは、慣れない、落ち着いたデザインのドレスにも原因があるのかもしれないが。
今日着ているような、暗めの色合いのドレスは、明るい色が流行の今ではあまり見かけない。でも、このドレスを贈ってくださったのは他でもない、ルイス様だった。誕生日当日、ルイス様の代理人から受け取ったのだった。
「はい、よく似合っておられますわ。ですから、自信をお持ちください。これからルイス様とお会いになるのですから」
「……ええ、そうよね」
それでも緊張に耐えられず俯くと、左手の人差し指に嵌まったルビーの指輪が視界に入った。こんなときでも煌めくルビーは、わたしを励ましているかのようだった。
この指輪について、侍女にはついルイス様からもらったものだと嘘をついてしまった。そのため、ドレスと共に身に着けることを余儀なくされている。ルイス様に問われたら、自分で誕生日に買ったものだと言おうと思っている。
「お嬢様、ペルヴィス家のご子息が到着されました」
執事の落ち着いた声に、私自身の緊張が少しばかり解れるのを感じた。
「ええ、今行くわ」
「ルイス様、今日は来てくださりありがとうございます!」
わたしは、胸にかすかに残るわだかまりを見ないふりにして、明るくルイス様を出迎えた。 数字は――
「いや、誕生日パーティーに伺えなくて申し訳なかった」
-1229。
嫌でも目に付くその数は、好感度でないとしたら、一体何なのだろう?
「そ、そんな、気にしなくて良いのです。きっと、大切な用事があったのでしょう?」
そう言うと、ルイス様はいつもの無表情の中に、困ったような、苦しげな表情を浮かべた。
「ルイス様……?」
「いや、何でもない。ただ……そのドレス、着てくれてるんだな」
「は、はい!似合ってるでしょうか……?」
不安になり、思わず尋ねると、ルイス様は頬をうっすらと赤く染めた。
「あ、ああ。若草色は最近あまり見ないと言われて不安だったのだが……」
「そんなこと、気にしませんわ!ルイス様からいただいたのですから」
不思議だ。ルイス様に会うまで、あれ程感じでいた不安や緊張が解けるように失せていく。
その感覚に、あぁ、やっぱり好きなんだなと思わずにはいられなかった。
「!そうか。それなら、良かった」
「こちらこそ、こんなに素晴らしいドレスを贈っていただけてとても嬉しいです!ありがとうございます」
それから、わたしはルイス様と最近の出来事や趣味の話を語って、2人きりの時間を楽しんだ。
それでも、終始数値の変動するその数字が頭から離れることはなかった。
そして、ルイス様からお出掛けに誘われたのは話が一段落し、おかわりの紅茶を飲み終えた頃だった。
「――そうだ、街に新しく菓子屋が出来たそうなのだが、一緒に行かないか?」
「良いのですか?それならば、ぜひ」
「決まりだな」
あまり感情を表に出さない彼が珍しく、悪戯ぽい笑みを浮かべたため、わたしはつい見惚れてしまった。
◇◆◇
「まさか、2人きりで来るとは思いませんでしたわ」
「だろうな」
今、わたしはルイス様と従者も付けず、街を散策している。侍女には心配をかけるようで申し訳なかったが、置き手紙を残したので彼女ならこちらの考えを理解してくれるだろう。
ちら、と隣を歩くルイス様を見あげる。
先程のように笑みを浮かべるルイス様は、顔立ちも身なりもとても整っているので、街の人々の視線を引きつけている。もともと、この辺りで顔が知れ渡っているというのもあるのだろうが。
「――君は人気者だな」
「ふぇっ!?」
いきなりわたしの話を出され、思わず大袈裟なくらいに声を出してしまった。しかも、人気者と言ってもらえるだなんて。
「……その、ルイス様こそ、皆様の注目を集めていますわ」
「……そうだろうか」
「はい」
わたしが嫉妬してしまうくらいに、とは言いたくても言えるはずがない。だって、わたしのルイス様への想いほど、彼がわたしに抱く感情はもっと薄くて浅いものだろうから。
「あそこの店だ」
ルイス様が不意に、一軒のお店を指差した。先程から道に漂う甘い香りは、あの店から漂ってきていたのだろうか。
よく見てみると、そのお店は他の店よりも客が並んでいるようだった。
「人気なお店のようですね」
「だな。それに、最近開店したばかりだというし」
「それもそうですね」
わたしは行列の最後尾へと向かおうとして、立ち止まる。ルイス様が立ち止まったまま、何やら考えていたからだ。
「?」
「どうしようか」
深刻そうな表情のルイス様に、わたしは何のことかと首を傾げる。
「どうかされましたか?」
「君をここに並ばせるのは気が引けるのだが……」
まさか、そんな細かいことを気にしてもらえるとは思えず、わたしの胸に喜びが広がった。あなたにそんなふうに気を遣ってもらえるだけで幸せです、そう言いたいけれど、やっぱり言えない。
「そんなこと、気にしなくて良いですわ」
「だが……」
それでもまだ思い悩むところがあるらしく、ルイス様は難しい顔をしている。が、少ししてそうだ、と思いついたように呟いた。
「――あの店に、寄っていこう。少し経てば、客も減るだろう」
そう言って彼が指さした先にあったのは、わたしが気になっていた、本屋だった。