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1話

 その日は、辺境伯の一人娘であるわたし、アリシアの誕生日だった。年に一度の特別な日とあり、わたしはこの日のために誂えた、深紅のドレスを身にまとっていた。

 よく雪に例えられる、白い肌に赤のドレスはよく映え、我ながら似合っていると思っていた。


 だが、華やかな外面に反し、わたしは憂鬱そうにソファに身を投げだしていた。

 侍女がこの場にいたら、ドレスに皺ができると咎めるところだろう。

 幸いというべきか、誕生日パーティーが終わったばかりの忙しい今、侍女はおろか、使用人の一人もこの部屋の近くにはいないのだが。


「はぁ……」


 わたしは今日何度目かもわからぬ深いため息をつきながら、緩慢な動きで立ち上がった。重い足を運び、目的の扉に辿り着くと、わたしはガラス張りのそれを開け放った。すっかり暗くなった戸外から、冷たい風が吹き込んできた。


 秋の夜は空気が冷たく、わたしは身をすくませた。そういえば、ドレスはオフショルダーだった。だが、カーディガンを取りに部屋に戻るのすら億劫で、寒さを堪えてバルコニーに出た。


 空気が冷たい分、空は澄みわたり、幾千もの星が瞬いていた。誰もが美しさに目を奪われる光景だったが、わたしの口から溢れるのは感嘆の息、ではなくため息だった。


「はぁ……結局、来られなかったのね」


 わたしは艷やかな銀髪の婚約者に想いを馳せる。婚約者――ルイス様のことが、私は大好きだ。でも、ルイス様に最後にお会いしたのは、2ヶ月も前のことだ。それ以来、会えていない。誕生日という特別な日ですら。


「……やっぱり、わたし嫌われているのね」

  

 わたしは途方もなく広い空を見あげ、呟いた。



 もともとこの辺境で名を馳せる名門、ペルヴィス家と、辺境を治めるアーヴァイン家は長い付き合いだった。

 そのため、年の近いペルヴィス家の跡継ぎと、アーヴァイン家の娘は生まれた時から決められた許嫁のような関係だった。それが、正式に婚約関係に至ったのは、辺境と隣接する村での争いで、ルイスが武勲を立てたからだった。褒賞、という言い方は良くないが、そのことがきっかけとなりルイスはアリシアと婚約することになった。

 アリシアは、幼い頃から共に過ごしてきたルイスのことを好いていたし、結婚するのならルイスが良いと思っていた。だが、ルイスは……



「無理やりお父様が婚約させたようなものですし、嫌われていても仕方がないわ」


 自嘲するように、そう呟いたときだった。

 強い風が何の前触れもなく吹き、バランスを崩し体が倒いた。


「きゃあっ」


 パーティーが終わったからと解いた黒髪が風に攫われ、わたしは小さい悲鳴を上げた。だが、どこからか落ち着きはらった女性の声が聞こえ、わたしは瞑っていた目を開けた。


「――こんばんは。いい夜ね」


 そこには、いつの間にか夜闇を背後に大きな三角帽子を被った人影があった。その暗闇に佇む彼女の姿に、思わず息を呑んだ。


「な、誰!?」

「――フフ。あなたに呼ばれたものよ」


 わたしは身構えたまま、意味がわからず首を傾げる。


「わたしが、呼んだ……?」 

「ええ。あなた呼んだから私はここに来たの」

「どういうこと?あなたは誰なの?」

「何と呼んでもいいわよ。まあ、名乗るなら、そうね。魔法使い、かしら」

「魔法使い?」


 ますます意味がわからずそのまま聞き返すと、部屋の方からわたしを呼ぶ声が聞こえた。


「――アリシア様?どこにいらっしゃるのですか?」


 思わず振り返り、答えようとした瞬間、魔法使いを名乗る女性はしっ、と耳元で囁く。静かにしなさい、と。


「時間がないわね。私はもう行かないと」

「えっ?もう行ってしまわれるのですか?」


 思わず拍子抜けしていると、女性は何やら懐を探り、取り出した物をわたしに握り込ませた。感触から察するに、小さな箱、だろうか。


「ええ。用事はこれだけだもの。それじゃあ、あとは上手くやってね」


 そう言うとまた強い風が吹き、咄嗟に目を閉じる。瞼を開けたときに、女性の姿はなかった。


「いったい、何だったの?」


 そう闇に問いかける私の手の中には手のひらにすっぽり収まる大きさの、小箱が握られていた。飾り気のないその箱は容易く開けることができた。


「……?」


 開けることはできたものの、何が入っているのかがよくわからない。わたしはそれを夜空にかざしてみた。


 すると、ぼんやりとシルエットが浮かび上がった。小さな輪に、小さいながらも存在感を放つルビー。


「……指輪、よね」


 わたしは手で探りながら、輪に指を通してみる。小ぶりなルビーがあしらわれた、洗練されたデザインだ。

 

「何なのかしら?」


 女性といい指輪といい疑問で頭がいっぱいだったが、再び名前を呼ばれ、わたしは慌てて部屋に戻った。



 ――そして、その指輪に、何やら不思議な能力(ちから)があるとわかったのは、それから数日後のことだった。

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