8.龍
「こんなところで何をしている」
人。
賊ならば、斬る。
が、敵意がない。斬らん。
齢四十程度。黒き髭。大男。
弓を携えている。獣の匂いもする。
狩人か。
「……倭人か、珍しい。ここは危ないぞ」
「危ない?」
「ああ。ドラゴンが出た。危険だ」
「? なんだそれは」
「ドラゴンは……そうだ。倭人の言葉で、竜だ」
「龍? 龍だと?」
「ああ」
たまげた。
龍が、いる?
これは、凄い。凄いことだ。
龍なぞ、襖絵でしか見たことがない。
あの狭い、四角な面の中でさえ、桁外れの威圧感であった。
墨色の眼が、髭が、角が、恐ろしく美しかった。
あの大獲物がここ、異国の地にいる。
「そいつは是非、是非見たい。頼む、案内してくれ」
「駄目だ、殺されてしまう。どこに居るかも分からん」
「しかし、見たい。どうしても、見たいのだ」
「……。とにかく一人では駄目だ、死んでしまう。近くに町がある、案内してやるから来い」
「しかし」
「ドラゴンを見つけたら、必ず教えてやる。だから今は町へ来い」
「……そうか。有り難い」
「こっちだ」
龍は見たかった。しかし危険なことも分かる。
男の厚意に従うが良いだろう。分別というものだ。
そろそろ補給もしたかった。とかく調味料が欲しい。
「龍か。龍が、いるのだな」
鯉は天に登って、龍になるという。
故郷の生家には、鯉がいた。一向、龍にはならなかった。
今も龍にはなっていまい。ゆらゆら泳いでいるだろう。
ふらふら歩いている私も、鯉のようなものだ。
龍になりたいと、思う。そのためには龍を見たいと、思う。
まずは塩だ。塩を買って、龍を拝もう。そう決意した。