23.麺麭
朝。パン屋へ入る。
得も言われぬ香りがする。なんだか愉快だ。
それにしても多種多様なものだ、こいつは悩む。
全部食いたいがまずはひとつ。
「ええと、こいつをくれ。まるごとくれ」
「はい、どうぞ」
四角な塊をひとつ買う。
上部は山の形をしている。まだ温かい。
本来は薄く切るんだろうが、構わん。かぶりついた。
「なんだこれは」
なんだこれは。
温かくて、ふわふわしている。中は真っ白だ。
賊の根城で食ったのとは訳が違う。イワン宅で食ったのより柔らかい。
出来立てだからなのか、腕がいいからなのか、分からん。
「美味い、美味いなあパン。すごくおいしい」
ここの人間はこれを毎日食べているのか。
だとしたら随分な幸福だ、羨ましい、いい国だ。
しかし街ゆく人の顔を覗いても、然程幸せそうでもない。
パンでも浮世の苦しみは消せぬと見える。
「そうだ、聞き込みでもするか」
パンを食べつつ、鬼を見なかったか聞いてまわる。
奴はとかく目立つ。角に赤肌にでかい声。金棒も担いでるはずだ。
街に寄ろうものなら、必ず人目をひく。
「――いや、しらないな」
「――赤い肌? 変な人ねえ」
「――あはは。パンまるごと食べてるう。倭人かわいい、あはははは」
収穫はなかった。
パンも食い終わった。昼も過ぎてしまった。
結構な人数に聞いて回ったが、誰も見ておらん。
もしやここには来てないのだろうか。
「ううむ」
海を渡った時点で聞き込みすべきだった。迂闊。
なんとかなるだろうと思ったが、なんともならんもんだ。
普通であれば、この街には来ていようものだが。
待て、奴は普通ではないな。迂闊。
カリガネが取りそうな行動を考えねばならん。
まず大陸に着いたら、奴は……。
「……ん?」
そういえば。
私はこの地へ来た時、なんとなしに西を目指した。そして、この街に着いた。
普通、迷った時は西だ。大抵はそうだ。倭人ならば、西へ行く。
西。…………。
「しまったっ」
そうだ、奴は鬼だ。じゃあ艮だ。
あいつ、験を担いで北東へ向かったのではあるまいか。
思えばいつもそうだった。道を選ぶ時、奴はいつも鬼門を目指した。
すると真逆を探してしまったことになる。見つかるものとて見つからん。
「……。まあいい、気長に行こう」
奴とは無二の友だ。縁も深い。
ならばいずれは巡り会おう。縁とはそういうものだ。
が、待たせ過ぎるも悪い。滞在も程々に、早めに出立しよう。
「そうだな。地図でも買ってみるか」
見当はつけんといかん。地図を探しに、またよろず屋へ。
その前に、またパンを買った。同じものを、食った。
美味い、美味い。




