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風来、女ひとり  作者: 頭いたお
二。
16/24

16.馬

 馬の嘶き。

 音を追い、森へ入る。

 野生だろうか。野生であればいい。

 馬は好きだ。共に旅をするもいい。可愛らしい奴だ。

 しかし天然な馬など見たことがない。異国の地、どうだろう。





 果たして、馬はいた。

 白馬だ。私は初めて白馬を見た。

 雪のように真っ白だ。目を奪われた。



 色もそうだが、一本角があるのに驚いた。

 馬にも鬼がいるとは知らなんだ。奴にも教えてやろう。

 鬼が鬼馬に乗るは壮観に違いない。白き馬体に赤き身体が映えよう。



 などと考えているうち、鬼馬がこちらへ近付いてきた。

 襲ってくる素振りはない。人馴れしているのだろう。

 そして私の顔に頭を擦りつけ、顔を舐めてきた。

 なんとも可愛らしいやつだ。こいつは食えん。



「乗れるだろうか」



 乗ってもいいか鬼馬に尋ねる。

 人語を解するはずもなかろうが、語りかけてしまった。

 すると鬼馬は首を下げた。なんと頭のいい奴だ、やはりこいつは食えん。




「おお、おお」




 裸馬に乗るは初めてだ。鞍も鐙も手綱もない。

 なのにちゃんと行きたい所に動いてくれる。なんという馬だろう。

 骨があたって尻が痛いが、構わん。私はこいつを旅をする。



「ああ、今日はいい日だ。こんな馬が手に入るとは」



 大変な宝を得た。鬼馬と森から出る。

 街へ行ったら、鞍を買わねばならん。しかし金がない、パンすら買えん。

 やはり売れる物を探さねばならん。鬼馬と共に寄り道しようと思う。



「おや」



 街道へ戻ると、遠方に中年がひとり。賊ではなさそうだ。

 魔物や怪物の情報が得られるやもしれん。

 それにこの鬼馬についても教えてもらいたい。近づく。




 途端。





「おい、おい。どうした、おいっ」



 鬼馬がけたたましく嘶くと、男へ突進を始めた。

 とんでもない速度だ。そのうえ頭を下げ、角を思いっきり突き出す。

 突き殺さんばかりの姿勢だ。これはまずい。



「おい、止まれ。どうしたんだ、おいっ」



 何をしても止まらん。速さは増していく。流石に焦る。

 先までの大人しさはどうしたのか、とんでもない暴れ馬だ。

 男がこちらに気付く。動転して尻餅をついた。ますますいかん。




「ええい、糞」




 致し方なし。

 鬼馬の首を両腕にて抱え、そのまま折った。

 げひい、と叫ぶと、倒れた。共に地面を滑った。

 全身を強かに打ち付けた上、随分擦りむいた。



「……」



 鬼馬は、死んだ。

 得た宝を、一瞬で失った。なんともはや。

 人生ままならん。ままならんままならん。




「……食うか」




 馬も死ねば肉だ。

 それも絶品の肉だ。

 ミミズしか食っておらん身、これも宝だ。

 早速首を両断し、血を抜く。




「あ、あんた。いやはや、まさか。なんと……」




 先の中年が声をかけてきた。

 随分興奮している。当たり前だろう。



「すまん、驚かせた。怪我はないか」


「い、いやそんな、いいんだ。しかしあんた、それは。まさか……」


「ああ。鬼馬だ。殺してしまったので、食おうと思う」


「……オニウマ?」


「本来の名を知らんのだ。なんという名の馬だろう」


「…………。いや、分かりませんな。見たことも聞いたこともない」


「そうか。ああ、そうだ詫びだ。馬肉を食っていかないか」


「え?」




 馬といえば馬刺しだ。新鮮なら尚のことだ。

 血抜きもそこそこに、肉を捌く。

 太腿を食べることにした。



 薄く肉を切る。やってみるとこれが案外難しい。

 それにしてもいい加減、包丁が欲しい。

 脇差を用いるはなんだか寝覚めが悪い。

 まな板も欲しい、石の上だと安定せん。



 そして、大蒜。

 ここで使わずしていつ使う。



「しまった、卸し金がない」



 刀の鍔でなんとかならんか試す。力ずくで擦る。

 意外となんとかなった。多少錆臭いが構わん。

 肉に大蒜を添え、塩を振る。



「ああ、こいつは美味い」



 口へ運ぶ。紛うことなき馬刺しだ、素晴らしい。

 多少血抜きが足りんようだが瑣末事だ。

 肉の甘みに塩が利いている。大蒜の香りもいい。

 異国でこれが食えるとは思わなかった。




「どうした、食わんのか。遠慮はいらんぞ」


「……ナマみたいだが」


「? 生だが」


「い、いや。俺は遠慮する……」


「そうか」



 太腿を一人で平らげた。

 もっと食えたが、昨晩のひもじさを思い出し、持てるだけ持っていく。

 それに売れるかもしれん。大事にしよう。



 捌いてる途中、顔を舐められたことを思い出した。

 本当に可愛い奴だった。

 ままならん、ままならん。

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