16.馬
馬の嘶き。
音を追い、森へ入る。
野生だろうか。野生であればいい。
馬は好きだ。共に旅をするもいい。可愛らしい奴だ。
しかし天然な馬など見たことがない。異国の地、どうだろう。
果たして、馬はいた。
白馬だ。私は初めて白馬を見た。
雪のように真っ白だ。目を奪われた。
色もそうだが、一本角があるのに驚いた。
馬にも鬼がいるとは知らなんだ。奴にも教えてやろう。
鬼が鬼馬に乗るは壮観に違いない。白き馬体に赤き身体が映えよう。
などと考えているうち、鬼馬がこちらへ近付いてきた。
襲ってくる素振りはない。人馴れしているのだろう。
そして私の顔に頭を擦りつけ、顔を舐めてきた。
なんとも可愛らしいやつだ。こいつは食えん。
「乗れるだろうか」
乗ってもいいか鬼馬に尋ねる。
人語を解するはずもなかろうが、語りかけてしまった。
すると鬼馬は首を下げた。なんと頭のいい奴だ、やはりこいつは食えん。
「おお、おお」
裸馬に乗るは初めてだ。鞍も鐙も手綱もない。
なのにちゃんと行きたい所に動いてくれる。なんという馬だろう。
骨があたって尻が痛いが、構わん。私はこいつを旅をする。
「ああ、今日はいい日だ。こんな馬が手に入るとは」
大変な宝を得た。鬼馬と森から出る。
街へ行ったら、鞍を買わねばならん。しかし金がない、パンすら買えん。
やはり売れる物を探さねばならん。鬼馬と共に寄り道しようと思う。
「おや」
街道へ戻ると、遠方に中年がひとり。賊ではなさそうだ。
魔物や怪物の情報が得られるやもしれん。
それにこの鬼馬についても教えてもらいたい。近づく。
途端。
「おい、おい。どうした、おいっ」
鬼馬がけたたましく嘶くと、男へ突進を始めた。
とんでもない速度だ。そのうえ頭を下げ、角を思いっきり突き出す。
突き殺さんばかりの姿勢だ。これはまずい。
「おい、止まれ。どうしたんだ、おいっ」
何をしても止まらん。速さは増していく。流石に焦る。
先までの大人しさはどうしたのか、とんでもない暴れ馬だ。
男がこちらに気付く。動転して尻餅をついた。ますますいかん。
「ええい、糞」
致し方なし。
鬼馬の首を両腕にて抱え、そのまま折った。
げひい、と叫ぶと、倒れた。共に地面を滑った。
全身を強かに打ち付けた上、随分擦りむいた。
「……」
鬼馬は、死んだ。
得た宝を、一瞬で失った。なんともはや。
人生ままならん。ままならんままならん。
「……食うか」
馬も死ねば肉だ。
それも絶品の肉だ。
ミミズしか食っておらん身、これも宝だ。
早速首を両断し、血を抜く。
「あ、あんた。いやはや、まさか。なんと……」
先の中年が声をかけてきた。
随分興奮している。当たり前だろう。
「すまん、驚かせた。怪我はないか」
「い、いやそんな、いいんだ。しかしあんた、それは。まさか……」
「ああ。鬼馬だ。殺してしまったので、食おうと思う」
「……オニウマ?」
「本来の名を知らんのだ。なんという名の馬だろう」
「…………。いや、分かりませんな。見たことも聞いたこともない」
「そうか。ああ、そうだ詫びだ。馬肉を食っていかないか」
「え?」
馬といえば馬刺しだ。新鮮なら尚のことだ。
血抜きもそこそこに、肉を捌く。
太腿を食べることにした。
薄く肉を切る。やってみるとこれが案外難しい。
それにしてもいい加減、包丁が欲しい。
脇差を用いるはなんだか寝覚めが悪い。
まな板も欲しい、石の上だと安定せん。
そして、大蒜。
ここで使わずしていつ使う。
「しまった、卸し金がない」
刀の鍔でなんとかならんか試す。力ずくで擦る。
意外となんとかなった。多少錆臭いが構わん。
肉に大蒜を添え、塩を振る。
「ああ、こいつは美味い」
口へ運ぶ。紛うことなき馬刺しだ、素晴らしい。
多少血抜きが足りんようだが瑣末事だ。
肉の甘みに塩が利いている。大蒜の香りもいい。
異国でこれが食えるとは思わなかった。
「どうした、食わんのか。遠慮はいらんぞ」
「……ナマみたいだが」
「? 生だが」
「い、いや。俺は遠慮する……」
「そうか」
太腿を一人で平らげた。
もっと食えたが、昨晩のひもじさを思い出し、持てるだけ持っていく。
それに売れるかもしれん。大事にしよう。
捌いてる途中、顔を舐められたことを思い出した。
本当に可愛い奴だった。
ままならん、ままならん。




