最終話 実りある人生を
式を挙げてから、早いもので一年が過ぎました。
アルドは学年が上がり、カーティアは学園を卒業しました。
一年前、カーティアが礼拝堂で異議を唱えた時は、どうなることかと思いましたが、第三王子のヘンリー様のお陰で何事も無かったかの様に解決しました。
母とカーティアの姿を見たのは、礼拝堂が最後です。挙式が終わると母は体調を崩したそうで、カーティアと二人で先に帰ってしまったからです。
その後、母は何をする気も起きなくなってしまったそうです。カーティアのお相手にヘンリー様を迎えたかったそうですが、別の方との婚約が決まり、意気消沈してしまったと聞きました。
それから、カーティアには多数のおじ様方からの縁談が来たそうですが、父と母に代わってアルドが丁重にお断りしたそうです。両親が病に倒れたことと、カーティア自身もまだ未熟な為、今は婚約を受けるつもりがないと説明したとの事です。
それを機に、カーティアは母の笑顔を取り戻そうと自分磨きを始め、昔、アルドについていた家庭教師達に自ら教えを乞い、今は習い事地獄と母や父の看病に精を出しているそうです。
看病といっても、父はアルド以外の誰とも口を利かず、部屋に隠りきりで過ごしているものの体は健康です。自分の名を残すことは諦め、アルドに引き継いだ領主としての仕事を陰ながら手伝ってくれているようです。
アルドは笑顔でこう言いました。
「父はティア姉様のお相手に、グルエ侯爵の後妻なら良いじゃないかって言うんですよ。やっぱり父の意識改革は無理です。ですが、父の知識はとても勉強になりますし、ロジエ領へかける気持ちは本物なので、僕なりに有効活用していこうと思っています」
「学園もあるのでしょう? 無理はしていないか心配だわ」
「大丈夫です。ティア姉様は、習い事に精を出す合間に、両親の面倒を見てくれているようになったので。それよりも今は……その……学園で」
アルドが恥ずかしそうに口ごもっていると、アルドが来ていると聞きつけてシエラが部屋へ遊びに来ました。
「ベルお義姉様。アルドは学園でモテモテで浮かれているのですわ」
「え?」
「先月行われた昨年度の学年末剣術大会で、先輩方を差し置いて優勝したことを聞きましたでしょう? それで、一学年上のご令嬢からのアプローチが凄くてデレデレしっぱなしですのよ!」
「デレデレなんかしてない! 絶対にしてない!」
「してるわっ!」
シエラとアルドの喧嘩が始まってしまいました。恐らく、上の学年のご令嬢からしかアプローチがないのは、同学年のご令嬢はシエラが牽制しているのではないかと勘ぐってしまいます。
「こらっ! ベルティーナの部屋で喧嘩をするなっ。身体に障ったらどうするのだ!」
二人の言い合いを聞きつけたのか、気がつくと部屋の前にはヨハンが立っていました。
「ヨハン? 明日から遠征で忙しいのではなかったの?」
隣国で悪天候による災害が起きたとの事で、アーノルトからも支援部隊を派遣することになったのですが、会議中の筈のヨハンが何故ここにいるのでしょうか。
「それは父に行ってもらうことにした。もし、屋敷を空けている間に、ベルティーナにもしものことがあったらと思うと……」
「お兄様。いくらお父様が現役復帰されたからといっても、他国へ行くのは心配ですわ。私もアルドもついていますし――」
「駄目だ! 俺がいない間に産まれてしまったら……。――父は、もしもの時はコルセットに頼るとまで言ってくれているのだぞ。シエラは口出しするな」
「まぁ。仕事を放り出して、妻から離れないだなんて。それとも、もう親バカになってしまいましたの?」
「うるさい。臨月の妻を置いて屋敷を空けられるほど、俺は出来た人間ではない!」
アルドがヨハンに見えないように背を向けて笑いを堪えています。
妊娠が分かってから、ヨハンの過保護ぶりは酷いもので、私が少しでも寝込むと仕事が手に着かないようです。逆にお義父様はすこぶる調子が良く、半年ほど前から騎士団の方にも顔を出すようになっています。
「ヨハン。私は大丈夫ですから……。ぁっ」
ヨハンをなだめようとした時、お腹がギュッと締め付けられるような痛みを感じました。その痛みはすぐに収まり、顔を上げると、ヨハンが心配そうに私の顔を覗き込んでいました。
「ベルティーナ!?」
「だ、大丈夫です。たまにある痛みです。これが何度も来るようになると、出産の兆しとの事ですが――」
「アルドっ、父上を呼べ。シエラは医者を」
「「はいっ」」
二人がヨハンの指示を受けて部屋を飛び出して行きました。
「で、ですから、たまにある痛みですから」
「駄目だ。ベッドで安静にしよう」
「きゃっ。ヨハンったら」
ベッドに横になると、また痛みを感じました。
私がお腹を押さえて踞ると、ヨハンの動揺した声が聞こえてきます。
「べ、べべべベルティーナ!?」
「だ、大丈夫です。少し我慢したら収まりますから。ですが……本当に来たかもしれません」
「ならば、準備をしなくては……そうだ。出産は長丁場になるから、食べられる時に食べておいた方が良いと聞いた。何が食べたい?」
「え……ぇっと……」
いつの間にそんな知識を得ていたのでしょうか。ヨハンは部屋を見回し、テーブルにあった林檎を物凄い速さで剥き始めました。
あっという間にお皿に並ぶ、可愛いウサギ林檎達に、また現れたお腹の痛みを一瞬だけ忘れそうになりました。何て器用なのでしょう。こんな時ですが、ヨハンの凄いところをまた一つ発見しました。
「食べられるか?」
「はい。いただきます」
お腹の痛みの合間にウサギ林檎をいただきました。
ヨハンにじっと監視されながら食べていると、アルドとお義父様が部屋に現れました。
「ベルティーナ!? 産まれたのか!?」
「まだですよ。兆しがあっただけですから」
「おっ。そうか。焦ってしまった……」
「初めてなので時間がかかると聞いております。お呼び立てして申し訳ありません。お義父様は明日の準備を――」
「そ、そんなっ。しかし、そうだな。ここはヨハンに任せよう。私は一度も我が子の誕生に立ち会えなかった。せめてヨハンには……。ベルティーナ。先人達も母になるために誰もが通ってきた道だ。君にもできる。遠くから応援しているぞ」
「は、はい!」
お義父様はその後も少し葛藤しながらもヨハンにこの場を託すことを選ばれ、颯爽とお戻りになられました。
そしてまたお腹の痛みを感じ手を当てると、ヨハンも一緒にお腹に手を当ててくれました。
「大丈夫か? そろそろ、この子に会えるのだな……」
「そうね。楽しみだわ」
「ああ」
◇◇
その日の未明、元気な女の子が産まれました。
母になる為に誰もが通る道とは言えど、それはとても過酷なものでした。
私の母は、これを三度も経験したのだと思うと、尊敬に値します。
この子が産まれた少し後、第二王子様へ嫁いだヨハンの妹のフィエラには、男の子が誕生しました。従姉弟同士で同級になると、お義父様もヨハンも皆が喜び、どちらもとても可愛がってくれています。
それから、アルドがブルーベリーの苗木を持ってきてくれました。この苗は、私の両親から、産まれた赤ちゃんへのプレゼントだそうです。
バルコニーからよく見える裏庭に苗を植えることにしました。娘はヨハンが抱っこしてくれて、三人で植えました。
「あれからご両親には会っていないが、落ち着いたら孫を見せに、会いに行ってみるか?」
「はい。ヨハンとこの子が一緒なら、また違う私で、両親と向き合える気がします」
「そうだな」
この子がもう少し大きくなったら、ブルーベリーの苗のお礼を伝えに、ロジエ領を訪ねてみようと思います。
「たくさん実をつけるように、育て方を調べてみましょう」
「隠居していた父が復帰するくらいだからな。ベルティーナが本気を出せば、毎年たくさんの実をつけられそうだな」
「ええ」
この苗も、この子もまだ小さいですが、成長がとても楽しみです。
ブルーベリーの苗には、『実りある人生を』という意味が込められているそうです。アルドが両親からこの苗を渡された時に教えてもらったのです。
娘も、そして私たちも、この苗に込められた想いと共に、実りある人生を、歩んでいきたいと思っています。
おわり
最後までお読みくださりありがとうございました。
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