022 母と娘
「へ、ヘンリー様?」
私の隣でヘンリー様が笑い声を上げました。
もしかして、このヤバ過ぎる空気から私の事を助けてくださろうとしていらっしゃるの?
やっぱり、さっきのはただのご冗談だったのだわ。
だって今の彼は――。
「君は、お姉さんが好き過ぎて、今まで婚約を邪魔してきたのだよね?」
私はヘンリー様と目が合い凍りつきました。
振り向いた彼の目は、全く笑っていません。
この場にいる誰よりも冷たい目をしていました。
「でも、アーノルト辺境伯様なら信頼できると思い、安心して送り出せたのだね。気持ちはよく分かるよ。君は信頼や安心出来る殿方を求めているとのことだし、身体が弱いそうだから、跡継ぎが既にいる方の方が安心だからな」
「え……」
「しかし、君の姉は君と違い健康で知識も豊かだそうじゃないか。だから、心配しなくていいのだよ。異議なんか……ないよな?」
優しい口調とは裏腹に、彼の瞳は自身の意見に肯定以外を許さないといった視線を私へと向けています。
「……は、はい」
「異議はないそうです。姉妹仲が良いのも、考えものですね? さて、他に異議を申し立てる方は……。いらっしゃらないですよね。神父様。続きをどうぞ」
ヘンリー様の言葉で式は何事も無かったかの様に続行しました。そして、ヘンリー様は私の耳元で囁きます。
「恥の上塗りご苦労様。きっと君には縁談が来るよ。君の大好きな、ご隠居様方からね」
◇◇
式はあっという間に終わりました。
私は教会の庭の隅で、初めて母に叱られました。
「カーティア。どうしてあんなことをしたの!?」
「だ、だって……」
ヘンリー様に言われたことを口に出そうとしましたが、言葉になりませんでした。
自分に言われたことだと、再確認したくなかったからです。
「あの様な言われ方をしたら、年寄りとの縁談しか来ないかもしれないわ。でも……。アーノルト辺境伯様にお願いすれば大丈夫かしら。――それとも、第三王子様はカーティアが気に入ったから、ああやって男避けを謀ったのかしら?」
「それはあり得ませんわっ! ヘンリー様は私をっ……」
「何か言われたの?」
私を心の底から心配し、母は震える私の肩を擦り尋ねました。口にすることが怖かった言葉を、私は母へ吐露しました。
「……病弱な令嬢なんか……どの家も欲しがらないって」
「まぁ。なんて冷酷な方なのっ」
「ヘンリー様は、病気で……周りからゴミのよう扱われたって……」
「あら。劣等感のせいで八つ当たりしてきたのね。カーティアは違うわ。貴女は――」
「私の何が違うのですか?」
私が強い口調で尋ねると、母は驚いて目を丸くしてしまいました。
「ヘンリー様は、療養中もずっと勉強していたそうです。私もそうしていたら、あの方の隣に立てましたか? それとも……」
「カーティア。貴女は何も悪くないわ。貴女はこのままで――」
「嫌です。このままだなんて嫌なんですっ」
母が私の言動に戸惑っていると、一人のご婦人がこちらに近づき声を掛けてきました。
「新婦の母親が、こんなところで何をしているの?」
「お、お姉様っ!?」
何処かで見たことがあると思ったら、母の姉のバルニエ侯爵夫人でした。夫人は私と目が合うと、ため息混じりに首を横に振りました。
「親族から異議を申し立てるなんて……可哀想に。母親そっくりの、分別のつかない子に育ったのね」
「お、お姉様には関係ありませんことよ」
「そう? 私が教育し直してあげましょうか?」
バルニエ侯爵夫人は、私を見てそう言いました。バルニエ侯爵と言えば、王都近くに領地を持ち、現在宰相を務めている方です。アルドと同い年の従妹がいますが、学園でも一目置かれる美少女で、いつもアルドと首席の座を争っていると聞きます。
この方に教えを乞えば、私は変われるかもしれません。
「本当ですか!?」
「結構です。カーティアに構わないでください」
しかし、お母様は夫人の申し出を却下してしまいました。
「そう。娘から学園での噂を聞いて心配していたのよ。親戚だって、あまり知られていないから良いけれど、アルドが可哀想だって」
「そんな心配は不要ですわ。噂をされるのは妬まれているからです。そんな心配をされるよりご息女の婚約者探しでもされたらいかがですか?」
「私の娘は、先日婚約が決まったわ。第三王子のヘンリー様よ。あまりお会いしたことがなくて、どんな方か気になっていたけれど、先程の弁舌を聞いて安心したわ」
「な、何ですって……。どうしていつもお姉様ばかり。カーティアのお相手候補に、第三王子様もいたのにっ」
母は怒りで震える手を握りしめて、夫人を睨み付けました。夫人は母を見て残念そうにため息を吐きます。
「それはあり得ないわ。家格も……。そして、人としても素養も教養も足りていないもの。貴女は昔からそうよね。もう少し自分自身を見つめ直した方がいいわ。私の真似事をしたいのかもしれないけれど、私と貴女は別の人間なの。それから、貴女と貴女の娘も別の人間よ。自分の理想を押し付けようとすることも、自分が出来なかったことを娘にやらせようとすることも、ほどほどにね」
「り、理想を押し付けてなんて…………」
「そうね。言い過ぎたわ。ベルティーナは立派に育ったもの。不思議よね。――それでは、失礼するわ」
夫人が立ち去ると、母は小刻みに震えていました。
「お、お母様?」
「私は……カーティアの為に……」
「私は、お母様を尊敬していますわ。私の為にしてくださったことだって、私は分かっていますわ」
「でも、貴女だって、今の自分では嫌なのでしょう? それは、母である私のせいだって、そう思っているのでしょう? ベルティーナのように、私が手を掛けない方が……」
「そんな事……」
「もういいわ。帰りましょう。……気分が悪いの」
「はい。お母様」
私はフラつくお母様の肩を支え、誰か手を貸してくださる方がいないか周りを見渡しました。
ですが、目が合う度に逸らされ、唯一視線を外さずにいてくれた方はヘンリー様だけでした。
「あの……」
声を掛けようとしましたが、止めました。
ヘンリー様の瞳がとても怖かったからです。
話しかけるなと言われたことを思い出しました。
私は誰に助けを求めることも出来ず、母を支えて、二人でロジエに帰ることにしました。




