021 エスコート
私は今、アルドと二人で礼拝堂へ向かっています。
控え室から礼拝堂までのエスコートは、父の代わりにアルドにお願いしました。
今日までとても緊張していましたアルドですが、いざ私の手を握ると、意外と落ち着いた様子で私をエスコートしてくれています。
「ベル姉様。僕、あんなに泣いている辺境伯様を初めて見ました」
「私もです。お義父様はお優しい方だから」
「そうですけれど、現役の頃は結構怖かったのですよ。随分、丸くなられたように感じます」
アルドは何処か遠くを見つめながらそう言いました。
「そう。……父や母も、変われるかしら」
「それは僕に任せてください。父はアーノルト家の皆さんのお陰で静かになりましたし。母やティア姉様はこれから徐々に僕が変えていって見せますよ」
「アルドは凄いわ。でも、全部ひとりで背負わないでね。私もすぐ近くにいるんだから」
「はい! 勿論です」
アルドと話していると礼拝堂へ着きました。
大きな扉がゆっくりと開かれ、長い赤い絨毯が祭壇まで続いています。
アルドの腕にぐっと力がこもり、緊張が伝わってきます。
アルドは背筋をピンと伸ばすと、私を気遣いながら足を進めました。
たくさんの参列者に見守られながら、祭壇で待つヨハンの元へと進みます。懐かしい学友達の前を過ぎ、そして母の姿が見えました。
母は嬉しそうに笑みを浮かべていますが、その視線の先はカーティアでした。
カーティアは、どうしてか新郎側にいて、見慣れないご令息の隣で俯き、顔は見えません。ですがそれよりも、今にも泣きそうなお義父様の存在が気になってしまいました。
そして、アルドの手からヨハンへと私の手は引き渡されると、アルドは涙ぐみながら母の隣の席へと戻りました。アルドのこんな顔は初めてです。
父とこの場まで歩いていたら、こんなアルドを見ることは出来なかったでしょう。それに、こんなに清々しい気持ちで、ヨハンの手を握れなかったことでしょう。
ここまで考えて、ヨハンは父が来ないように仕向けたのかもしれません。
ヨハンは優しく私の手を引くと、耳元で囁きました。
「ベルティーナ。皆、君をどうやって手に入れたのか知りたいらしい」
「へ?」
ヨハンは参列席を一瞥すると悪戯な笑みを浮かべ、神父へと向き直りました。
その横顔は凛々しく自信に満ち、つい見惚れてしまいます。
彼のこの姿を、いつか違う席から見るのではないかと、二年前に思いました。
ですがこうして一番近くで彼を見つめることが出来て、私はとても幸せです。
◇◇
「このふたりの結婚に異議のある者は今すぐ申し出よ、さもなくば永遠に沈黙せよ」
神父が参列者にそう尋ねました。
礼拝堂は静けさを保ったまま、神父が次の言葉を発しようとした瞬間――。
「い、異議があります! 私は、こっ、こんな結婚、認めません!」
礼拝堂に聞きなれた少女の声が響きました。
声の主は、二列目の席に立つ、私の妹のカーティアです。
場は静まり返ったまま、参列者はカーティアへと好奇の目を向け、ヨハンはそちらへ呆れた眼差しを向けると、私の手を握りしめてくれました。
「異議がおありですか?」
神父の素朴な問いかけに、カーティアは興奮した様子で言い返しました。
「は、はい! だって、お姉様は辺境伯様の後妻だって聞いていたから婚約をしましたのよ! ヨハン様だなんて聞いていません。これは詐欺ですわ!」
カーティアの言葉に一番に反応を示したのはアルドでした。
「詐欺ではありません。正式な契約書は両家に存在します。姉と離れたくない妹の妄言ですので、どうぞ続きをっ」
「アルド! 妄言ですって!? それでは私が頭のおかしい女みたいじゃないっ。訂正なさい!」
ヨハンの手に力がこもり、「人の結婚式で、この屑女が……」と声が漏れ聞こえ、ヨハンが声を上げようと大きく息を吸い込んだ時、カーティアの隣にいる男性が笑い声を上げました。
「はははっ。ロジエ家の方々は、面白いのですね」




