019 失礼な令息と運命の王子様
お姉様との挨拶を軽く済まして会場へ戻ると、母は口を尖らせ不機嫌でした。
「お母様。お姉様が幸せそうでなによりでしたわね」
「はぁ。それの何がいいいのか私には分からないわ。それより、アーノルト辺境伯様ったら主人が欠席だからご不満なのか、私に小言を言ってきたのよ。本当に失礼しちゃうわ」
それは意外です。あんな父ならいない方がいいって、アーノルト側も考えていると思っていました。
「そうなんですの?」
「ええ。人の幸せを願う人には、きっと幸せが訪れる。ですって。死を前にして己の罪を帳消しにしたくて、神に祈りでも捧げ始めちゃったのかしらね」
「へぇ。それなら、お姉様の結婚を祝福する私には、幸せが来るっていう意味かしら?」
「成る程。そうじゃないとカーティアへ良い方は紹介できないって話ね。契約違反じゃない。主人が来ていないから馬鹿にされたのね。全部あの人のせいだわ。――あっ。ミラルダだわ。ちょっと話してくるわね」
お母様は父への不満を吐き出すと、学生時代の友人のところへ挨拶へいってしまいました。
恐らくあのご友人は、お母様がお姉様を授かった時に自身は男児を出産したと馬鹿にしてきた方です。
きっとアーノルトへお姉様を嫁がせたことで、母は鼻高々でしょう。
それなのに何故、お姉様の結婚を祝福できないのかはよく分かりませんが、まぁ、そんな事よりも、今は第三王子様を探すことに専念します。
教会の庭で飲み物をいただいている貴族がたくさんいますが、第三王子様は見当たりません。
周りを見回していると、給仕の方が飲み物を勧めてくださいました。
「お飲み物はいかがですか?」
「あら。ありがとう」
至れり尽くせりでいい式です。それに、一口サイズのデザートやサンドイッチも置いてあります。
第三王子様はまだいらしていない様子なので、私も一つ頂こうかとテーブルに近づくと、三人組の令息方と目が合いました。
「あ。カーティアだ」
「お。今日のドレスはまともだな」
「流石に姉の結婚式までアレはないだろっ」
よく見ると今まで縁談でお会いした方々です。
お姉様と同年代の彼らは、私を見て馬鹿にしたように笑います。とても嫌みな方々で呆れてしまいます。
私が目線をわざとらしく外すと、彼らは別の話題へ切り替えました。
「でもさ、結局ヨハンかよ。って感じだよな」
「そうだな。一体どんな手を使って、あの狸親父を出し抜いたのか。後で質問責めだな」
「だな。結構急に決まったから、苦労したんだろうな」
狸親父とは、とても下品な言葉をお遣いになる令息です。婚約しなくて良かったです。
「しかし、どうやってベルティーナをあの屋敷から引きずり出したのか。誰が申し込んでも、あの病弱で不良品な妹が出て来るだけだったしな」
「だな。まるで自分に来た縁談かのように傍若無人に振る舞う不良品が――」
「あのっ! 聞こえておりますけれど? 貴殿方が私を受け入れられる程の器が備わっていないが為に破談した縁談ですのに、私のせいにしないでくださいませんこと?」
失礼過ぎる物言いに苛立ちが勝り、気づいた時には彼らを叱責していました。
彼らは一瞬面食らった顔をした後、顔を見合わせて鼻で笑い合いました。
「はぁ? 何様だよ。こいつ」
「弟から聞いた話だけどさ。お前、学園でも誰彼構わず色目を使っているそうじゃないか。なのにお前に応えて触れてやろうとすると、自分はそんな安い女じゃないとか言って、相手には手出しさせないんだとか?」
「何だよそれ? ちやほやされたいんだか知らないが、何処の国のお姫様気取っているんだよ。ただの田舎伯爵家の娘の癖に」
「な、何ですって!?」
確かに、この令息の弟は同じ学年にいますが、次男だし見た目も微妙なので話しかけたこともありません。
ただの嫉妬でこんな風に侮辱されるなんて、許せません。
「カーティア。どうかしたの?」
「お、お母様。……何でもありませんわ」
母が隣に来ると、令息方はこちらに背を向けてしまいました。言いがかりが止んで良かったですけれど、もう少し言い返してやりたかったです。
「そろそろ式が始まるわ。第三王子様もいらしたところよ」
「まぁ。何処かしら?」
母の視線の先には、見たこともない美麗な金髪碧眼の背の高い令息がいます。その隣にはヨハン様の妹のフィエラ様と、その夫の第二王子様がいました。
間違いありません。
あの方が第三王子のヘンリー様です。
さっきの器の小さな低レベルな令息とは纏う空気すら違います。
彼なら絶対に私を受け入れてくれるでしょう。
彼は私の運命の王子様です。
私は、彼を一目見て確信しました。




