018 式当日
アルドは、あの日の翌日アーノルトへいつも通り訓練の為に訪ねてきました。そして私へ笑顔で言いました。
「ベル姉様。只今、ロジエ家は混沌に満ちております!」
「それは、笑顔で言うことかしら?」
「はい。これを機に自分を省みることが出来たら、各々良い方向へ変われるかもしれませんし」
父は自室に隠りっきりで、アルドとしか話さないそうです。そんな父を完全に無いものとして、母とカーティアは式で素敵な方を捕まえられるように粛々と準備を進めているそうです。
カーティアは父の怒りに晒され、ドレスも上品なものに新調したとのことで、少しだけよい方向へ向かっているのかもしれない、とアルドは漏らしていました。
「そうね。アルドは大丈夫? 何か困ったことはないかしら?」
「僕は大丈夫ですけど。……ちょっと緊張しています」
「緊張?」
「だって、式の当日に……」
「ああ。――よろしくね。アルド」
「……はい」
アルドは緊張しながらも小さく返事をしてくれました。
◇◇
そして、ようやく式の当日を迎えました。
式は、アーノルトの大きな教会で行われます。
今頃教会の庭では、待機中の参列者に飲み物や軽食が振る舞われているそうです。
私は仕度を終え、ウェディングドレスを着て控え室でアルドと二人で待機中の予定でしたが――。
「ベルティーナ。とても良く似合っているぞぉぉぉぉ」
義理の父になる予定のマルセル様が感動して窓辺で泣いていらっしゃいます。アルドとシエラはマルセル様の号泣っぷりに苦笑いです。
「お父様。お姉様の時とは違いますのよ。ベルお義姉様は出ていったりしないのですから」
「分かってはいるが、白いドレスを見るとぉぉ……」
マルセル様が涙を拭っていると、母とカーティアが部屋に来ました。母はマルセル様に挨拶し、二言三言、言葉を交わすと、早々に会場へお戻りになりました。
カーティアは、アルドが言っていた通り上品で控え目な淡い桃色のドレスを纏い、落ち着いた雰囲気で現れたかと思いましたが、口を開くといつも通りの妹でした。
「まぁ。素敵なドレス。さすがアーノルト家ね。私も素敵でしょ? 今日は絶対に、第三王子様を捕まえて見せるわ」
「カーティア……」
「あ、お父様が仰っていたことは気にしないでね。私はお姉様が幸せになる事は嫌じゃないわ。むしろ嬉しいの。でも、私を差し置いてってところは、ちょっとは引っかかるけど、私に良い方を紹介する為に、アーノルト家へ嫁ぐのでしょう?」
カーティアの背後で、怒ったシエラをアルドが取り押さえています。
「カーティアに幸せになって欲しい。私もそう思っているわ。でも、アーノルトへ嫁ぐのは、ヨハンを、そしてアーノルトの人を愛しているからよ」
「はぁ。それはやめた方がいいって言ったのに。上手く利用されないように気を付けてね」
「カーティアが心配するようなことにはならないわ」
「そう。じゃあ。次に会うのは私の結婚式かしら。楽しみにしておいてね」
「ええ」
カーティアは満面の笑みを浮かべ控え室を退室し、それと同時にシエラが叫びました。
「何よ。あの人!? あれを素で言っているの!?」
「そうだよ。シエラ。……でも、ティア姉様。父に言われたことで大分傷付いていたんだ。それと、ベル姉様の婚姻の事はあれでも祝福しているつもりだから」
「そうね。カーティアは根は良い子なのよ。母のように……誰かの不幸を願ったりはしないわ」
「え? それは……」
「いえ。何でもないわ」
アルドが疑問を口にしましたが、笑って誤魔化しました。アルドは、母が私に言った言葉を何も知りません。
祝福してくれるとは思っていませんでしたが、私と目を合わせることもしなかった母へ、私は無意識の内に皮肉めいたことを漏らしてしまいました。
小さく溜め息を吐いた私に、マルセル様は笑顔で仰いました。
「ベルティーナ。人は誰しも色々な感情を抱くものだ。それでも人の幸せを願う人には、きっと幸せが訪れる。その反対もだ。君の母親にも、先程同じ事を伝えたよ」
「ありがとうございます。お義父様」
母は、マルセル様の言葉に何を感じたでしょうか。
私にそれを知る機会は与えられないとは思いますが、その言葉が、これからの母の糧になることを、遠くから祈ろうと思いました。




