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012 貴方のことが

 その後、父からも母や妹の意向に沿う旨を示され、私は絶望しました。


「姉なら妹の幸せを願うべきだ。病気で苦労してきたカーティアに、お前は傲慢な態度をとるのだな。失望したぞ。お前のような冷酷な娘は、カーティアに婚約者が出来るまで嫁に出せん。心得ておけ!」


 父までそんな事を仰るなんて思ってもいませんでした。泣き崩れた私に妹は言いました。


「大丈夫よ。私は庇護欲をそそられる薄幸の美少女だから。すぐに私だけの王子様を見つけて見せるわ」

「あら? そう簡単に決めてはダメよ。自分に合うか見極めないと。――それからベルティーナ。泣くならドレスを脱いでちょうだい。シワになるでしょ」

「…………」

「返事は?」

「はい。お母様」


 そして、部屋に閉じ込められ途方にくれていると、ヨハンが屋敷に来たとアルドから知らせが入ったのです。



「憔悴したヨハンを見たら、申し訳なくて。謝ることしか出来なくて、言葉が出なかったの」

「俺が責めたからだ。俺は拒絶されるのが怖くて、君の気持ちを聞く勇気がなかった。何も分かってやれず、申し訳なかった」


 そう悔やんでヨハンは私の手を握りしめてくれました。その手は、怒りと哀しみで震えていました。


「私は、ヨハンに責められたなんて、思っていないわ。それに……きっと、私は貴方が何を言おうと、本当の事を言わなかったと思うわ」

「えっ?」

「だって、私の気持ちを言ったとしても、両親は私よりもカーティアを優先させる。私はヨハンと婚約することは出来ないから」

「妹を先にというならば。いくらでも待った」

「貴方は、アーノルト家の跡継ぎなのよ。そんなこと出来ないわ」


 ヨハンはアーノルト家の跡継ぎです。

 何年も結婚を先延ばしにするなど有り得ません。


「そんな事まで考えていたのか……」

「だって。ヨハンには幸せになって貰いたかったんだもの。あの日……いいえ。今も私は、ヨハンを誰よりも素敵な人だって思っているから。婚約を申し込んでくれて嬉しかった。貴方とならずっと幸せに暮らせるって思っていたわ。でも、両親は認めてくれなくて、貴方を傷付けてしまった。それなのに……こうしてまた、私を迎えに来てくれてありがとう」

「ベルティーナ。遅くなってすまなかった。これからは、ずっと一緒だから」


 ヨハンはそう言って私を抱きしめてくれました。

 心の全てを彼に預けてしまいたくなるくらい幸せで、私は一瞬だけ、自分の置かれた立場を忘れかけてしまいました。


 私は、マルセル様の妻になるのです。

 ゆっくりとヨハンから身体を離し、私は彼の空色の瞳を見つめ返しました。


「ヨハン。ごめんなさい。私、ずっと一緒にはいられないかもしれないわ」

「へ?」

「やっぱり、私は貴方のことが好きだから」

「……っ!? それなら、何の問題も――……くそっ」


 ヨハンは悪態を吐くと、真っ赤な顔のまま急に立ち上がり、ガゼボから出て素早い動作で小石を拾い上げました。

 ヨハンが放った小石は音を立てて空を切り、シルバープリペットの生け垣目掛けて飛んでいきました。

 そして、人の声が聞こえます。


「きゃっ」「ぅぉぅ!?」

「全く。――散歩ですか? アーノルト辺境伯様? それから、シエラ」


 ヨハンが怒気のこもった声を発すると、車イスを押すシエラとマルセル様が現れました。


「おほほほほ。ちょっとお父様と散歩をしてましたのよ。それより、お兄様。石なんて投げたら危ないではありませんか」

「あれくらいアーノルト辺境伯様なら受け止められ……」


 ヨハンはマルセル様へ目を向けると口を開けたまま言葉を失いました。マルセル様の側頭部から、血が出ていたからです。


「ま、マルセル様っ。手当を」

「ベルお義姉様。これくらい自然治癒しますわ」

「ああ。放置でいい」

「そ、そんな」


 冷静にマルセル様を見下ろすヨハンとシエラを、マルセル様は朗らかに笑い飛ばしました。


「酷いなぁ。息子も娘も冷たい。心配してくれるのはベルティーナだけだ」

「マルセル様。お部屋へ戻りましょう? 私が押します」

「おお。ありがとう。ベルティーナ」

「いえ。――ヨハン。案内ありがとうございました。先に戻りますね」

「いや。俺も行く。車イスは俺が……」


 ヨハンが声を上げると、マルセル様は側頭部を軽く押さえながら、冷たい視線を返しました。


「ヨハン。騎士団の者がお前を呼んでいたぞ」

「そんなの後でも――分かりました。失礼します」

「では、車イスは私が……」

「シエラ。学園の課題が明日までだと聞いたぞ。やらなくてよいのか?」

「そ、それは……。――分かりましたわ。失礼します」


 マルセル様はヨハンやシエラの事を熟知しているようです。二人は不服そうながらも、それぞれの場所へ向かいました。


「ベルティーナ、部屋までお願い出来るか?」

「はい。勿論です。マルセル様」


 私は車イスを押して本館を目指しました。


 その道中、マルセル様は庭の薔薇は亡き奥様が大切にし、今はシエラが育てていることや、ヨハンは騎士団の団長と連携して団を良くまとめていること、それから、アーノルトの名産品のお話をしてくださいました。


 マルセル様の言葉の端々に、ご家族や領地への愛を感じ、とても心が温かくなりました。



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― 新着の感想 ―
[一言] マルセル様…面白過ぎる!(笑)
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