競技会九日目(午前の部)
太陽は目覚めるといつも通りに試合の準備を行い選手たちが来るのを待っていた。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよう」
太陽の担当する競技は午前のレースだけなので、不備が無いように注意深く、整備と調整を行う。選手たちは室内でストレッチや準備体操をしたり、太陽に付き添ってもらって外の競技場などでランニングしたりしている。襲撃騒ぎがあったので、太陽はトレーナー兼ボディーガード役で付き添っている。
競技場の周りで流していると、琴乃がおずおずと近づいてきた。
「昨日のは、大丈夫だったんですか?」
「うん。もう大丈夫になったよ」
「でも、怪我とか」
「そっちも大丈夫だよ。俺の身体は丈夫だしね」
「そんなに心配なら確認してみれば?」
朝日はそう言って太陽のTシャツを捲り上げ、ガチガチに鍛え上げられた腹筋を琴乃に見せる。
「キャァァッ!」
琴乃から悲鳴が上がる。太陽は多少驚きつつ、拳骨をお見舞いしようと思ったがこの後の競技に差し障るといけないと何とか思いとどまり、睨むだけで済ませる。服装を正し、琴乃の方へ向き直る。
「お見苦しい物を見せて悪かったね」
「あ、いえ、良かったです! カッコ良かったです!」
「そう言われると反応に困るのだけどね」
太陽は返答に困りつつもアップをするように促し、準備を続けさせる。
それが済むと、コールを行った後に控室へ戻り、MAEの最終調整に入る。この競技では身体へ魔法をかけることが多くなるので、操作をミスればどこかが取れる可能性もあるので、自分を起点に球状に魔法領域を設定することが多いが。身体データを反映させてやることで負担を削りつつ、最大のパフォーマンスを行えるように調整することもできる。
「出来たよ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
調整が終わったMAEを二人に渡すと早速、装着して使い心地を確かめる。具合としては使い心地は悪くなく命令操作も十分。後は使い方次第の良い出来だった。
「丁度良い感じだよ」
「問題有りません、ありがとうございます」
「仕事だしね。頑張る所は頑張るよ」
そんなこんなで準備しているとようやくレースの時間がやって来た。最終コールを終わらせるとスタート地点へ向かう。太陽は二人を見送り、諸々の準備を整えて待機地点で待っている。他の選手のサポーターは同性が多いので彼へ注がれる視線は痛かった。
✿ ✿ ✿
太陽に見送られた二人はそれぞれのスタート地点に立つ。
体を解して、目の前に集中する。
『オン・ユア・マーク』
機械音と共に選手たちが体勢を作る。
『セット』
会場は静まり、スタートの合図を待つ。
――パッァアアァン!!!
炸裂音と共にレースが始まった。
最初に飛び出したの伊月高の二人、比べると朝日がリードしている。筋力を高めたり肉体を頑丈にするのには黒帯を体内に格納することでそれが肉体の存在を高め、他よりも高位の次元にいる事で他からの影響を受けにくく、他に影響を与えやすい体になる。その為、傍から見ると肉体を強化しているように見えるのだ。
それはさておいて、朝日の方が早いのは単純に経験値の差である。朝日の方が長く黒帯と触れ合ってきたことで、質も量も琴乃とは比べ物にならない位に高い水準にある。
「ふっ」
「はいっ!」
強化度合いが違うのでジャンプ力も当然違う。朝日は余裕を持って跳んで輪を潜っていくが、琴乃の方はMAEを操作し魔法でくぐる。その為、琴乃の方が時間がかかってしまう。潜った後もなるべくスムーズに走りに移行しているが、朝日と比べるともたついている様に見えてしまう。
それでも琴乃は頑張って朝日に喰らいついていった。小さい頃から人を超えた能力を持つ兄たちと接してきた朝日についていくのは想像できない程の苦行であったが、何とか最終ラップ、最後の直線まで持ちこたえた。
(最後なら、一か八かの勝負にしよう。頑張ったんだから、見てもらいたい。私もできるって事をちゃんと見せたい!)
琴乃はMAEに物質化させていない黒帯を流し込んで魔法を発動させる。
✿ ✿ ✿
太陽はハイスピードで動き回る少女達を目で追いつついざとなればすぐにでも動けるように待機していた。朝日の心配はしていない。まがいなりにも彼女は自分の妹であり、黒帯なんかの基礎は達人クラスだと認めている。充分に失敗してきてその対応策も学んできている。
問題なのは琴乃の方だ。彼女はまだ太陽から師事を受けて一ヶ月もない。何が安全か危険かの判断は大分怪しい。教えたこと以上の事をやろうとしてとんでもない事になってしまうのではないのかとハラハラしていた。
先に伝えて置けよという話だが、琴乃はこの道に置いてかなりの才能を持っており、太陽の予想以上に能力を伸ばしていた。というより、琴乃が黒帯を使えるのを一昨日始めて気付いた。伝えようと思ったのだが、真ん中に自分が試合出ていたので結局伝えられずじまいで終わっていた。なので、太陽は師匠としての自分の責任の重さを感じて震えているのだった。
そして責任を取る場面は突然にやってくる。
「あっ」
太陽は声を漏らすと同時に救急箱を手に取りゴール脇に待機する。
琴乃が黒帯をMAEに入れてしまったのだ。黒帯は現実世界に顕現すれば物質化する。その為、普通の魔法と同じ様に魔法を発動すれば場合によってはとんでもない事になる。
今回、琴乃が使用したのは運動エネルギーを自分にかけて大砲の様に吹っ飛ぶ魔法。その結果、黒帯が黒煙の様に四方へ爆散し、琴乃の身体を後押しする。普通なら予想以上で突発的な衝撃に吹き飛ばされて骨が折れて最悪死ぬところであったが、何と彼女は直ぐに状況を理解し、吹きだした黒帯を完全に掌握すると同時に自分の背面めがけて一ヵ所から放射させることにより推進力へ変えて朝日より前へと吹っ飛んで行った。
朝日も流石に距離が空いていて間に合う訳ないと高を括っていたのか先に立たれてびっくりしたがすぐに力を入れて走る速度を上げて残りの直線を駆け抜けようとする。琴乃の方は先程の黒帯噴射でダメージを受けたが、それを我慢して今度は普通の霊子を使用した魔法に切り替えて残りを飛びぬけようと考え、実行した。
琴乃は朝日の脚力との勝負に出た。
その結果は僅差で朝日の方が勝った。
「はっはぁあ~、はぁ、はぁ」
「ふぅ、ビックリしました」
疲れていても後続の選手の為に琴乃はがたつく体に鞭を打って端に避け倒れそうな所を太陽に抱き留められた。
「お疲れ様」
「あ、ありがとうございました」
琴乃は太陽に抱き留められたことを確認して全身から力を抜く。
「無理させ過ぎちゃったな」
「きちんと、休ませませんと」
「あいよ」
太陽は琴乃を抱えて控え室へ運ぶ。朝日もそれについていった。




