07
「あなた……見る度に大きくなるわよね」
無心にパンを食べる魔狼を眺めながらカタリーナは呟いた。
半年間来られなかった穴を埋めるべく、学園の休みの度にギルドに来ていた。
長期休暇以外は五日ごとに一日の休みがあるから、魔狼とも六日ごとに会っているのだが、会う度に大きくなっているのだ。
魔獣というのは成長が早いものなのだろうか。
パンを食べ終わると、魔狼は満足そうに座っていたカタリーナの足元に身体をすりよせ、丸まって目を閉じた。
———最近この子は魔狼ではなくて魔犬ではないかとカタリーナは疑っている。
……犬の魔獣がいるかは知らないけれど。
温かなぬくもりを足に感じながら、カタリーナは昨日の学園でのことを思い出した。
「このようなこと、カタリーナ様のお耳には入れたくないのですが……」
いつもカタリーナを噂から守ってくれる友人が申し訳なさそうに口を開いた。
「殿下に纏わりついている令嬢がよからぬことを吹聴しておりまして……」
「よからぬこと?」
「自分が殿下に気に入られているのを嫉妬したカタリーナ様が、自分を虐めていると」
「……まあ」
これは面倒なことになった。
カタリーナは表情を変えることなく内心でため息をついた。
相手を陥れるためにあることないことを吹聴し、噂を広める。
それは貴族社会では珍しいことではない。
だがカタリーナは世間的には第二王子の婚約者で品行方正、憧れる存在と讃えられている。
それなのに虐めだなど、そんな噂を流されるとは……。
たとえ噂であっても、それが一人歩きし、学園の外に広まってしまうこともある。
そうなったら王家や、家にも迷惑をかけてしまうだろう。
「その時は私、領地に篭って謹慎しますわ!」
帰って家族にそう宣言したら、白い目で見られてしまった。
「……何故嬉しそうに言うんだ」
「領地に篭れば毎日薬ばかり作れるからむしろ姉上にとってはご褒美だよね」
はあ、とフリードリヒは大袈裟にため息をついた。
「殿下と向き合うよう言った矢先にこのようなことになるとは……」
息を吐くと、父親はカタリーナを見た。
「殿下はこのことについて何か言っていないのか?」
「……最近お顔も合わせていなかったので分かりませんわ」
「顔も合わせていない?」
父親は眉をひそめた。
「殿下の逢瀬の邪魔になるかと思って……お妃教育も一区切りついたので王宮に行くこともないですし」
カタリーナの言葉に、父親のため息が深くなる。
先日父親に言われたことを反省して、ハインツと交流を持とうと思ったのだ。
だが彼に接する前にそんな噂を流されてしまった。
これはやはり———婚約解消になるのではないだろうか。
「ともかく。領地になど逃げずに一度きちんと殿下と話し合いなさい」
そんなカタリーナの心情を察したのか、釘を刺すように父親は言った。
山の中は空気が美味しい。
カタリーナは空を見上げると大きく息を吸い込んだ。
足元では魔狼が昼寝を続けている。
最近魔獣が増えてきているという話をフリードリヒからも聞いたが、相変わらずカタリーナは魔狼以外を見ていない。
ここは穏やかな空気が流れていた。
「話し合いねえ……」
空を見上げながらカタリーナは呟いた。
何を話すというのだろう。
ハインツと親しいという令嬢とは実際どれほどの関係なのか、それを問いただせというのだろうか。
父親の言うことは正しいとは思うけれど———二人が既に思い合っているのならば、今更自分が関係改善をと言い出したところで迷惑なだけではないのだろうか。
殿下のことを大切にと思うのならば、自分は身を引くべきなのではないだろうか。
もしも本当に殿下との婚約が解消されるのならば領地に帰ろう。
そうしてできれば……カタリーナではなく『リナ』として、ここで生きていきたい。
領地のどこかに家をもらって毎日薬草を摘んで、薬を作って。
———それはなんて魅力的なんだろう。
叶う可能性の少ない未来に思いを馳せながらカタリーナは空を眺めた。




