04
「カタリーナか」
「おはようございます、殿下」
朝、学園に着いて弟のエスコートで馬車を降りるとちょうどハインツも着いた所だった。
ハインツ・マイスナー。
この国の第二王子でカタリーナの婚約者。
———婚約者といっても正直、あまり親しくはない。
三年前に婚約して以来、お妃教育の中でハインツと共に行うのはダンスくらいだし、それ以外は時々お茶の時間を共に過ごす程度だ。
ダークブロンドの髪に魅入られてしまいそうな、色気を持った青い瞳。
近寄りがたさを感じさせるほどの美しい容姿を持つが、その性格はとても穏やかで優しく皆から慕われている。
……が、正直カタリーナには物足りないのだ。
ギルドでいかつい冒険者たちと触れる機会が多いせいか、見た目は綺麗なのに腕っ節はやたら強い父や弟がいるせいか……ハインツのような、線の細い男性は魅力的に感じないのだ。
ハインツとカタリーナの婚約は、完全に政治的事情だ。
ハインツの兄である王太子は同盟国である隣国の王女と婚約している。
ならば第二王子は国内の有力貴族と婚姻させようとして、選ばれたのが同い年の娘がおり家柄も高く、かつ政治的に中立的な立場のアルムスター家だった。
侯爵という高い身分を得ている家の娘として、これが義務だということは分かっている。
けれど……貴族社会以外の世界を知ってしまった身としては、王子の妃という立場はとても窮屈で退屈なものだ。
高い塀に囲まれた、王宮という名の牢に閉じ込められ、煌びやかなドレスという鎖に繋がれる毎日。
カタリーナの好きな自然とは隔離された、狭い世界。
———そんな息苦しい生活に耐えられるのだろうか。
カタリーナの心情を知っているアルムスター侯爵は、嫌ならば婚約を止めてもいいとは言ってくれるが……王命である以上、仕方のないことだと思っている。
それでも……本当は。
できることならば。
「カタリーナ?」
ぼんやりしていると思われたのだろう、ハインツがカタリーナの顔を覗き込んできた。
「どうした? ……お妃教育で疲れたか?」
確かに数日前までのお妃教育は、とても大変なものだったけれど。
「大丈夫ですわ、殿下」
にっこりと笑みを浮かべると、カタリーナは差し出されたハインツの手を取った。
ハインツは婚約者のカタリーナに対して優しい。
優しいけれど……ただそれだけだ。
「殿下とカタリーナ様ですわ」
「なんて麗しい……」
「本当にお似合いのお二人ですわ」
称賛の声も、カタリーナには遠くで響く雑音にしか聞こえなかった。




