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08

イクテュスが言った通り、モンテール港へはすぐ着いた。

散らばった荷物をまとめると二人は船から降りた。

「これは……」

「酷いな」

船を振り返ると帆はズタズタに破れてほとんど残っておらず、船体も塗装は剥げ落ち傷だらけで、沈没しなかったのが不思議なくらいだった。

「ビアンカ!」

船の惨状に呆然としていると聞き覚えのある声が聞こえた。


「……お母様」

「ああ、良かった!」

伯爵夫人が駆け寄ってくると、娘の姿を見渡した。

「まあ……こんなにボロボロで。怪我は?!」

「大丈夫……」

床に投げ出されたり、机やベッドにぶつかって引っかかったりで、ビアンカの服は汚れ、破けている部分もあった。

怪我もしたのだが、イクテュスの力なのだろう、光に包まれた時に消え去っていた。

「どうして船になんて……どこへ行こうとしていたの」

「ええと……」

「その男は誰だ」

ふいに低い声が聞こえた。

見ると、父親が険しい顔でビアンカの側に立つダンを睨みつけていた。


「――ハルム商会の航海士ダンと申します」

ノイマン伯爵に向かってダンは頭を下げた。

「この度隣国の管理事務所で働くことになったのですが、お嬢様が家出をすると仰ったので一緒に行こうと誘いました」

「一緒にだと?」

「まあ、ビアンカ。あなたそういう相手がいたの」

更に表情が険しくなった伯爵とは対照的に、夫人はその目を輝かせた。

「え、いえまだそういう関係じゃ……」

「まだ?」

「……ダンは大切な友人なの!」

食い下がろうとする母親にビアンカはキツめの口調で言った。


「友人と二人きりで他国へ行こうとしていたのか」

伯爵がビアンカを見た。

「行ってどうするつもりだった」

「仕事を見つけて働くの」

「仕事? お前が?」

「港の管理事務所でよく手伝いをしていたもの。異国の言葉も読めて書類も作れるし、お金の管理も出来るわ」

「ビアンカお嬢様の仕事ぶりは皆が認めています」

ビアンカとダンの言葉に伯爵夫婦は目を見開いた。

娘がよくモンテール港へ行っていることは知っていたが、何をしているかまでは把握していなかったのだ。


「ちゃんと働けるもの。私のことは気にしなくてもいいわ」

「ビアンカ……」

夫人はため息をついた。

「皆心配したのよ」

「伯爵の娘が家出なんて外聞が悪いから? ノイマンの名前は使わないから家に迷惑はかけないわ」

「そういうことではないの」


「ビアンカ」

伯爵は娘の前に立った。

「お前のことを蔑ろにしていたつもりはない」

「お父様にとって大事なのは男子でしょう」

「違う」

「私がやりたいことを全て否定して、後継を決めるのも蚊帳の外で。女だから? 女子だから何をさせても無駄だし後継にもさせないんでしょう」

「ビアンカ……旦那様はそういうつもりではないのよ」

「家にいても何もさせてくれない、家を出ても文句を言う。ヒラヒラしたドレスを着て人形みたいに座ってろというの?」


「ビアンカ」

ダンがビアンカの肩に手を乗せた。

「イクテュス様の言う通り、君は家族としっかり話し合った方がいい。領主様、悲しそうな顔をしているよ」

言われて眉間に皺を寄せている父親の顔を見たが、ビアンカには悲しそうには見えなかった。


「ちゃんと話し合って、それでも気が変わらなかったら隣国に来いよ。俺は待ってるから」

「ダン……」

「二人でも狭くない部屋借りておくから」


「ビアンカ、なんの話だ」

「ええ、ありがとうダン」

声を上げた父親を無視してビアンカはダンに笑顔を向けた。




「なんとか丸く収まりそうですかね」

ビアンカたちの様子を離れた場所から見守っていたヨハンが言った。

「ええ。家を出るにしても、家族が納得してからの方がきっといいですから」

「――しかし、貴族令嬢が平民になど、なれるものなのか?」

カタリーナの言葉にハインツは首を傾げた。


「ビアンカ様は港の人たちにも馴染んでいますし、大丈夫だと思います」

カタリーナは答えた。

「使用人がいないので、身の回りのことや掃除、料理など自分でやらないとならないことは多いですが、そのうち慣れるものですし」

「カタリーナは詳しいんだな」

「父の教えです。冒険者になりきるために自分のことは自分でするようにと」

「……つまりカタリーナも平民として生きていけると?」


「そうですね……なろうと思えば」

薬師として生きていきたいと思ったときに、それは考えていた。

一人暮らしに不安はあるけれど、冒険者としての収入があれば大丈夫だろうと。

「そうか……カタリーナは逞しいな」

「それが我が家の教育方針ですから」


「姉上も一人で暮らしているんだったな」

ハインツは小さくため息をついた。

「私には……できる気がしない」

「王子ですから、それが当然です」

「私は本当に……自分の外の世界を知らなかったのだと、聖獣と関わるようになってからつくづく思うよ。……情けないな」

「そんなことは」

「そう思うのならば、これから知っていけばいいのでは?」

ヨハンが言った。

「まだ殿下もお若いのですから、これからいくらでも知ることができますよ」

「……そうだな」

ハインツは頷いた。


第四章 おわり

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