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06

「まずいな」

ふいにイクテュスが声を上げた。


伯爵邸ではイクテュスの加護を受ける者を決めるための話し合いが続いていた。

剣と魔法で戦うことは決まったが、次期伯爵としても相応しい者を選ぶにはそれだけで決めても良いのかという声が上がったのだ。

その話し合いに助言が欲しいと請われてカタリーナたちも参加していたのだが、片隅のソファで寝転がっていたイクテュスが不意に起き上がったのだ。


「どうした」

リーコスが声をかけた。

「娘が海にいる」

「娘? ノイマンの娘か」

「そのせいで海が荒れている」


「ビアンカが海に?!」

「どういうことです」

伯爵夫妻が駆け寄ってきた。

「僕は力を失ったせいで海に弾かれた。それは僕の血を引くノイマンの人間も同じだ」

伯爵を見上げてイクテュスは言った。

「娘を海から弾こうとして海が荒れている」


「弾くとは……」

「陸から離れた所から娘の気配を感じる。おそらく船に乗っているんだろう。人間が船から荒れた海に投げ出されれば、まあ死ぬだろうな」

「そんな……」

夫人の顔が青ざめた。

「どうして……そんな……船にだなんて」


「助ける方法はないのですか」

「今の僕は海に入れない」

「リーコス殿は……」

「我の領分は陸だ。海では力が出せぬ」

ヨハンの言葉にリーコスは首を振った。


「――イクテュス殿が誰かに加護を与えて力を取り戻せば、海に行けるしビアンカ嬢を助けられるのだろう」

ハインツの言葉に、皆が伯爵を見た。

「旦那様! 早く決めてください……!」

「父上、ビアンカを助けるためにも兄である僕に加護を受ける許可を」

次男のデニスが言った。

「いや、そもそも長男である私が加護を受けるべきだ」

「剣技ならば僕が一番です!」

長男のマリウスと三男のアーダムが声を上げる。

「……だがまだ当主を選ぶには決め手が」

「早くしないと娘が死ぬぞ」

迷う伯爵を横目にイクテュスは言った。


「旦那様……!」

「――」

長く息を吐くと伯爵は顔を上げた。





「ビアンカ!」

大きくふらついたビアンカの体をダンは慌てて抱きとめた。

「無理をするな、もういいから」

「……でも……そうしたら怪我を……」

「ビアンカの魔力が尽きる方が危険だろう」

ビアンカを抱きしめながらダンは言った。


この数日、波は穏やかだった。

だが船が沖に出た途端、海が荒れたのだ。

空は晴天で風もない。

ただ波だけが、まるで嵐に遭遇したかのように激しく荒れ狂っていた。

最近不自然に海が荒れることが多いけれど、ここまで異常なのは初めてだとダンやベテランの船員が言うほどだった。

ビアンカは、今日は航海士ではなく客として一緒に乗っていたダンと共に客室で揺れに耐えていたのだが、固定されているはずのベッドの留め具が外れたのか、動き始めたためビアンカは自分たちの周りに魔法で結界を張っていた。

だが、何故かいつもより弱い力しか出せないのだ。

普段ならばビアンカにとって結界を張るくらい簡単なのだが、今日は維持するのも大変で、まして船が激しく揺れるのに耐えなければならず、あっという間に魔力も体力も奪われていった。


「この船はそう簡単に沈むような船じゃないから。とにかくじっとして波が収まるのを待とう」

そう言いながらダンが毛布を引き寄せ、それを自分たちの身体に巻きつけようとした、その時。

一際激しく船が揺れた。


声が出せないほどの揺れと衝撃。

二人の身体は床に叩きつけられた。


「――う……」

全身に痛みを感じてビアンカは身じろいだ。

「ビアンカ……大丈夫か」

床を這いながらダンはビアンカの側へとやってきた。

「何とか……」

起きあがろうとすると、再び船が大きく揺れ、また床に投げ出される。


(このまま……船が沈んだらどうしよう)

身体中の痛みに意識が遠のきながらビアンカは思った。

ビアンカがダンと共に隣国へ向かっていることは、家族は誰も知らない。

(お母様……心配しているかな)

父親や兄たちはどうか分からないが、きっと母親は心配しているだろう。

(もう……二度と会えないのかな)

謝ることもできず、このまま自分は……。


「……ごめんなさい……」

小さく呟いた、その瞬間。

強い光が部屋中を包み込んだ。


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