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04

夜、イクテュスを連れて屋敷へ戻ると、聖魚捜索に向かっていた息子たちへも伝えられ、全員が戻ってきたのは二日後の夜だった。


「イクテュス殿。この三人のうちの誰かに加護を与えていただきたい」

三人の息子を従えて伯爵がイクテュスに向かって言った。

「それが次の当主になるのか」

イクテュスは三人を見渡した。

「じゃあ、戦ってもらおうか」

「は?」

「僕は強い者が好きだ。三人で戦って、一番強かった者に加護を与えよう」

笑みを浮かべてイクテュスはそう言った。



「もう……ムカつく!」

部屋へと向かいながらビアンカは叫んだ。

「女の子はそんな言葉を使わないのよ」

「何よ、みんな私が女だからって。魔法だったらお兄様たちより強いのに」

共に歩いていた母親の言葉に、ビアンカは口を尖らせた。


「魔法だけでしょう。剣は扱えないじゃないの」

「習わせてくれなかったからでしょう」

「ビアンカ。あなたは女の子なのよ」

「その言葉は聞き飽きたわ」

立ち止まると、ビアンカは母親に向いた。

「女だから弱いとか、勝手に決めつけて。私だって領地の役に立てるもの」

「でもね、ビアンカ。あなたは他の領地の人と結婚するのよ。だからあなたがすべきなのは領地のことよりも……」

「もういい!」

叫ぶとビアンカは母親の言葉を遮った。

「どうせ私はこの家から出て行くいらない子なんでしょ。もういいわよ!」

「ビアンカ!」

母親の声を背にビアンカは駆け出した。





「ビアンカ様は大丈夫でしょうか」

部屋を訪ねてきたハインツにお茶を差し出しながらカタリーナは口を開いた。


部屋に戻る途中で、ビアンカが声を荒げていたのが聞こえた。

イクテュスの前に全員が集まり、加護を受ける者を決める話し合いをしたとき、ビアンカは蚊帳の外だった。

部屋の片隅で窓から外を見つめていたビアンカの横顔からは悔しさと寂しさが滲み出ていた。


その家に男子がいない場合を除き、娘は他家との繋がりを得る政略結婚の駒として扱われるのは、貴族の家では普通のことだ。

だからビアンカが後継候補に入らないのは仕方のないことだと言えるし、多くの貴族はそれが当然なのだと考えるだろう。

――けれど、時にはビアンカのようにそれを受け入れられない者もいるのだ。

「自暴自棄にならないといいのですが」

「そうだな……だが、我々が口を出していいことではない」

これが、例えばビアンカが家族から虐待されているというのならば別だけれど、彼女は唯一の娘として大切にはされているように見える。

王都の学園には行かせてもらえなくとも、領地内ならば行動もかなり自由なようだ。

それに王位継承権第二位を持つハインツと、その婚約者であるカタリーナが伯爵に意見するようなことがあれば、それは王家から辺境伯への圧と捉えられかねない。

王家は国の頂点に立つ存在であるが、各領地はそれぞれの領主の自治に任せているため、家庭のことに口を挟むのは不都合なのだ。


「そうですね……」

「――ところでこのお茶はカタリーナが作ったのか?」

お茶を一口飲んでハインツは尋ねた。

「はい」

「姉上の家で飲んだ時も思ったが、カタリーナの薬草茶はとても飲みやすくて美味いな」

薬草茶と言えば、普通は効能が優先でその味は苦く、とても好んで飲もうとは思わない。

だがカタリーナの薬草は確かに苦味もあるが、香りが良く、美味しいと思えるのだ。


「ありがとうございます。これは病を治すよりも、日頃から飲むことで身体の健康を維持するためのものなので。飲みやすくしているんです」

「なるほど。それも薬の研究の一部なのか?」

「あ……はい」

カタリーナは頷いた。

「母が、身体が弱くて……。それで少しでも良くなってもらおうと、母でも飲める薬草茶を作ろうと思ったのがきっかけなんです」

幼いカタリーナが薬師から学ぼうと思ったのも、母親に健康になってもらいたいと思ったからだった。

――その願いは叶うことはなかったけれど、カタリーナの作った薬でギルドの冒険者や領民たちが何人も助かっている。

学んだことは無駄にはならなかった、それが嬉しかった。


「ああ、そうだったのか」

隣に座るカタリーナを見つめてハインツは目を細めた。

「カタリーナは優しいな」

「……そうでしょうか」

「他人を思いやれる優しさと、自分の力で解決しようとする行動力も、才能もある。本当に、君は素晴らしい女性だと思う」

「あ……ありがとう、ごさいます」

面と向かって褒められたカタリーナの頬が赤く染まった。

「――私は恵まれているんです。家族は私のやりたいことをやらせてくれますし、それに……殿下も、私の薬作りを認めてくれました」

父親であるアルムスター侯爵は、躾には厳しいが子供たちの意志を尊重してくれる。

友人たちの話やビアンカの場合と比べると、よほど自由にさせてもらっているだろう。

そして婚約者のハインツも、カタリーナの淑女らしくない振る舞いを見ても否定するどころかそれを受け入れてくれた。

本当に、カタリーナは恵まれた環境にいるのだ。


「そうだな。淑女の鏡のようなカタリーナもいいが、馬を乗りこなしたり薬草に夢中になる君の方がずっと魅力的だ」

「……」

率直なハインツの言葉に、カタリーナの頬がさらに赤くなった。

「そうやって恥ずかしがる姿も可愛らしいな」

笑みを浮かべると、ハインツはカタリーナの赤くなった頬へと手を伸ばした。

「私はもっと、カタリーナの色々な姿を見たいし、理解したいと思っている。そして君にも私を理解して欲しいと思っている。――いい夫婦になれるように」

「……はい」

「だから知りたい。君は妃になりたくないと思っていたのか?」


「え……」

突然の問いに一瞬戸惑ったが、昼間のビアンカとの会話のことをカタリーナは思い出した。

「……ええと、それは……」

「私は正直、結婚相手は選べないのだから性格などに問題がなければ誰でもいいと思っていた」

カタリーナを見つめてハインツは言った。

「だが今は、君でなければ嫌だと思っている」

「殿下……」

「君も同じ気持ちだと嬉しいのだが」


不安と期待の入り混じった瞳に見つめられ、カタリーナはしばらく戸惑い――やがて視線を落とした。

「私は……結婚するよりも、領地で薬を作って生きていたいと、少し前までそう思っていました」

「……今は?」

「今は……お相手が殿下で良かったと、そう思っています」

ハインツに好意を抱いているのは分かる。

これが彼がカタリーナに抱くものと同じものなのかは、正直まだよく分からないけれど。

同じであればいいとは思う。

それくらい、ハインツの存在はカタリーナの中で大きくなっていた。


「そうか」

ほっとしたような声でそう呟くと、ハインツはカタリーナを抱き寄せた。

「……あの、殿下……」

「そろそろその『殿下』というのはやめないか」

カタリーナを腕の中に閉じ込めながらハインツは言った。

「名前で呼んでほしい」


「――はい…ハインツ様……」

「ああ、いいな」

顔を綻ばせると、ハインツは強くカタリーナを抱きしめた。

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