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03

弟と別れてカタリーナはひとり、山へ向かった。

専ら採取ばかりしているのでどこに何が生えているかはほとんど頭の中に入っている。

来るまでの道すがらで考えた、それらの場所と依頼内容を組み合わせて作ったルートに従ってカタリーナは黙々と薬草摘みに励んだ。


単純に薬草を摘むと言ってもコツがある。

乱暴に摘んで傷をつけてもいけないし、片っ端から抜いて絶やしてしまうのもよくない。

種類によって効能のある箇所は異なるからそれらも考慮しつつ、丁寧に、けれど素早く採取していく。

依頼分だけでなく、自分で薬を作るのに使う分もついでに摘んでいく。


薬草摘みは地味だけれど、カタリーナは好きな作業だった。

幼い頃から植物が好きで、それらが見るだけでなく料理や薬の材料になると知ってからはその勉強がしたくて、父に頼んで薬師を先生につけてもらった。

その先生に薬草の摘み方も教えてもらったのだ。


薬を作る時は魔力を使うけれど、薬草を摘む時も魔力を使うとその効能は高まるという。

自分で摘んで、それを薬に加工する。

全て同じ人間の魔力を使えばさらに効能は高くなる。

魔力の注ぎ方によっても効能は変化するので、それらの研究をできればずっと続けたいとカタリーナは望んでいるのだけれど……妃になってしまえば難しいだろう。

「はあ……」

そこまで考えて、思わずため息が漏れた。

「婚約、なしにならないかなあ」

王命によって定められた婚約だから、こちらから拒否も破棄もできないのだけれど。

向こうからなら……できると思うのだ。



集中力が切れてしまったので昼食にすることにした。

今日持ってきたのは、回復効果がある乾燥させた薬草を練りこんだパンにハムやチーズを挟んだものだ。

香りの高い薬草を選んだのでパンもいい香りがして美味しくなる。

家族にも好評で、今日これにしたのもフリードリヒのリクエストだ。

お腹が満たされるだけでなく体力や魔力も回復するので効率が良いらしい。

一緒に持たせた水筒にも薬草を混ぜたお茶を入れたので回復効果も倍増だ。


適当な岩に腰掛けると、カタリーナは空を仰ぎ深呼吸した。

青々とした木々と心地良い風。

自然に囲まれるのは心地良い。

半年間、妃教育に追われて溜まった身体の中の淀みが綺麗になっていくのを感じる。

パンの入った袋を取り出そうとバッグに手をかけ———ふいにカタリーナは背後を振り返った。


「寄るな!」

「ギャウン!」

振り返ると同時に魔力を固めた刃を放った。


さっきから何者かが見ているのは分かっていた。

その気配は人間ではなく、おそらく魔獣だろうと予測していた。

魔獣といってもこちらを攻撃する様子はなかったから放置していたのだが。

背後から素早く近づいて来られたら、攻撃せざるをえない。


「あら……ずいぶんと可愛い魔狼ね」

カタリーナの攻撃を避け切れずもろに受けてしまい、悶絶しているのは艶やかな黒い毛並みの小さな魔狼だった。

まだ子供だろうか。

……魔獣とはいえ子供に手をあげてしまったことに少し罪悪感が生まれる。


苦しそうにもがきながら、赤い瞳が恨めしげにカタリーナを見た。

「背後から近づくからこうなるのよ」

言葉が通じているのか分からないけれど、魔狼に向かってカタリーナは言った。

攻撃の意思はないようだったが万が一のこともあるし、これは正当防衛だ。

「……もしかしてこれがお目当だったの?」

食べようとしていたパンの入った袋を手に取りひらひらと振って見せると、魔狼の視線がその袋へと移った。

どうやら当たったらしい。

魔狼のくせにパンが気になるなんて、変わっている。


「これは私のお昼よ」

そう言って、カタリーナは袋からパンを一つ取り出してかぶりついた。

「……うん、美味しい」

料理長と試行錯誤して決めた薬草の量もちょうど良い。

わざと見せつけるように魔狼を見ながらもぐもぐとパンを食べる。

こちらを食い入るように見つめる赤い瞳が恨めしそうな光を帯びた。


———仕方ないな。

随分と感情豊かな魔狼に近づくと、カタリーナはパンを一個手に取りその口の中へ押し込んだ。

魔狼は一瞬目を見開いたが、飲み込むようにパンを食べて———驚いたように飛び上がった。

「そのパンには回復効果のある薬草が入っているのよ」

おそらく、魔法攻撃を受けて麻痺していた体がパンを食べてすぐ回復したのだろう。

(薬草って魔獣にも効くのか……)

関心しながらパンを食べ終えると、カタリーナはもう一つ取り出して食べ始めた。

こちらは玉子を入れてあり、甘みと苦味のバランスがちょうど良い。


魔狼がこちらをまたじと目で見つめた。

———本当に仕方ない。

カタリーナは小さくため息をついた。

「これで最後だからね」

残りの一つを差し出すと、魔狼はパンをぱくりと口に入れた。

本当に言葉を理解しているのか、味わうようにゆっくりと咀嚼しながら食べている。


「もうないからね。帰りなさい」

パンを食べ終えるとカタリーナは魔狼にそう言って薬草摘みを再開した。


カタリーナが帰るまで、魔狼は離れた場所からじっとこちらを見つめていた。

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