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02

その日、聖魚イクテュスは見つからなかった。


「明日は海を目指しながら北へ向かおうと思います」

夕食の席で長兄のマリウスが言った。

他の二人もそれぞれ西と東へ向かうという。


「海といえば、港の視察をしたいのだが」

ハインツが口を開いた。

ノイマン領は南以外の三方を海で囲まれた、北部の交易と防衛の要だ。

その海に最初に異変が起きたのは半年ほど前、最北部の小さな漁港だった。


晴れていて風もないのに海だけが荒れ、船が出せない。

そんな日が少しずつ増え、また範囲も広がってきているという。

他国からの交易船は、海が荒れている時は周辺の領地の港を使うことになる。

そのため、港が使えない日が多くなればその分ノイマン領に入る金も減り、また漁獲量も減ってしまう。

ノイマン領の衰退は国の繁栄にも影響を与えるため、現状をこの目で見ておきたかった。


「それならモンテール港がいいでしょう。転移魔法陣を設置していますからすぐ行かれます。ノイマン領最大の港で、領内の情報が集まりますし」

「ああ」

「港へは夜のうちに伝令を出します。案内ですが……」

「私が行きます!」

ビアンカが手を挙げた。

「モンテール港は私が一番詳しいわ」


「ビアンカ……あなた、失礼なく殿下たちを案内できるの?」

夫人が眉をひそめた。

「できるわよ」

「大丈夫かしら」

「ではビアンカ嬢に案内してもらおう。詳しい者の話が聞きたいからな」

「はい!」

ハインツの言葉に、ビアンカは笑顔で答えた。




「さすが最大の港だけあって賑やかですね」

翌日、カタリーナたちはモンテールを訪れた。

管理事務所に顔を出し、昼食を取ると港へ向かう。


よく晴れた空の下、波は穏やかで海上には船が航行するのが見える。

桟橋には他国との交易用であろう、大きな船が二艘泊まっていた。

他にも何艘もの船が泊まり行き交う人も多く、賑やかだ。


「これでも少ないくらいです。……最近は港が使えない日も多くて、利用する船が減ってきています」

ビアンカは顔を曇らせた。

「他国の船も初めから別の領地にある港を目指すようになって……」

「そうか。早く聖魚を見つけないとならないな」

「それにしても、ビアンカ様は本当に詳しいですね」

感心したようにヨハンが言った。


管理事務所では責任者だけでなく、受付の者とも旧知のようだったし、オススメだと案内された食堂もとても美味しく、女将たちとも親しく話をしていた。

港へ向かう道すがらも名物の店や建築物の説明など、ビアンカは様々なことを知っていた。


「幼いころからここへはよく来ていたんです。……四番目に生まれた、しかも女子なんていてもいなくてもいい存在ですから」

その瞳に悔しげな色を滲ませてビアンカは答えた。

「私だって領主の子として役に立てるんだって。ここに通って港や領民たちの中に入って……でも結局、女だからという理由だけで認めてくれないんですよね」

「ビアンカ様……」

「――家で認めてくれないなら、王都の学園に行きたかったんですけれど、それも許してくれなくて。このままどこかに嫁がされて子供を産むだけの人生が待っているんだと思うと……。男に生まれたかった」

海を見つめるビアンカの眼差しは暗く、けれどその奥には激しい熱が秘められているようにも見えた。


「カタリーナ様は男に生まれたいと思ったことはないですか?」

くるりと振り返るとビアンカは尋ねた。

「――それはないですけれど……」

「自分の意志に関係なく将来を決められることへ不満を抱いたことは?」

「それは……まあ」

「あるのか」

(しまった)

驚いたような婚約者の声にカタリーナは内心焦った。


「ええと……あの。私は薬の研究を続けたいと思っていましたので……」

薬草の摘み方、煮出し方、魔力の注ぎ方。

それらを工夫しながらより効果の高い薬を生み出すのが好きだったし、王都でお妃として生きるよりも田舎の領地で薬師として生きていたいと思っていた。

――リーコスの加護を受けたことでカタリーナ自身の力は変化してしまったけれど、薬作りや研究は続けていきたいと今でも思っている。


「ああ……」

小さく頷くと、ハインツは少し思案してから口を開いた。

「妃になるからと薬作りを諦める必要もないだろう。薬草採取に行くのは難しいが、宮に薬草園を作ればいい」

「あ……ありがとう、ございます」

思いがけない言葉にカタリーナは瞠目した。


第二王子のハインツは、やがては公爵位を得て臣下に下るが、兄の王太子が王位を継ぎ、子供が生まれ新たな王太子となるまでは王位継承権を持つ王子として王宮に留まることになっている。

だからカタリーナも結婚すれば王族の一員となり、薬作りなどもうできなくなると思っていた。


「カタリーナが薬草や薬作りが好きなのはよく分かったからな。好きなものを無理にやめる必要はない」

「……はい」

ほっとしたような笑顔でカタリーナは頷いた。



「――カタリーナ様は恵まれていますね」

ビアンカがぽつりと呟いた。

「ビアンカ様も、理解ある方と結婚できる可能性はありますよ」

「……どうでしょうね」

ヨハンの言葉にビアンカはため息とともに返した。


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