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01

「ふうむ、なるほど」

立派な髭を蓄えたノイマン伯爵はヨハンからの説明を聞くと、にやりと口端を上げた。

「実は今、悩みがありましてな」

「悩み?」

「三人いる息子たちの誰を後継にするか迷っていたのですよ。けれど解決方法が見つかりました」

そう言って、伯爵は一同を見渡した。

「聖魚の加護を受けた者を次の伯爵とする。これならば誰も不服はあるまい」

伯爵の言葉にざわめきが起きた。



「お招きありがとうございます」

翌日、カタリーナたちは伯爵夫人からお茶に招かれた。

夫人の隣にはその娘だと紹介された少女ビアンカがいる。

「朝から騒がしくてごめんなさいね」

扇子で口元を隠しながら夫人は上品に微笑んだ。

三人の息子たちは、イクテュスを探しに行くと言って次々と出かけていった。

そのせいで屋敷は朝から騒ついていたのだ。

「本来ならば殿下のお相手を優先しないとならないのに。うちの男たちはせっかちなものですから」

「いや、こちらから押しかけたのだ、気遣いはいらない」

ハインツは笑顔で答えた。

「ありがとうございます、殿下」

そう言うと夫人はその顔から笑みを消した。

「ところで……実は娘が皆さまにお聞きしたいことがあると言うものですから」

「聞きたいこととは」


「はい、あの」

ビアンカは口を開くとカタリーナを見た。

「カタリーナ様は、そちらにいる聖狼リーコス様の加護を受けられていると聞きました」

「ええ」

「それは、私も聖魚の加護を受けることができるということでしょうか」

「そなたもノイマン直系の子だ、問題はない」

人間の姿のリーコスが答えた。

「本当ですか」

ビアンカは瞳を輝かせると母親へ向いた。

「お母様、私も聖魚を探しに行きます!」

「ビアンカ……」

夫人はため息をついた。

「あなたはそういう事をしなくていいの」

「どうして?!」

「女の子でしょう」

「性別なんて関係ないもの!」


「ビアンカ。お客さまの前でしょう」

母親にたしなめられ、ハッとしたようにビアンカは口をつぐんだ。

「すみません……」

「ビアンカ様は加護を得たいのですか」

カタリーナは尋ねた。

「この子は後継者争いに参加させてもらえないのが不満なんです」

夫人が代わりに答えた。

「確かに魔力は四人の中で一番強いですが、やはり女の子ですから……」

「私はこの家の悪い慣習をなくしたいの!」

夫人の言葉を遮るようにビアンカは叫んだ。


「悪い慣習?」

「……私の兄は、三人とも母親が違うんです」

聞き返したカタリーナを見てビアンカは言った。

「私と二番目の兄はお母様の子ですが、長兄と三男はそれぞれ別の、妾の子です」

「ビアンカ」

夫人が低い声で娘の名を呼んだ。

「そういう言い方はやめなさい」

「本当のことじゃない」

「母親は別でも皆旦那様の子どもでしょう」

ため息をつくと、夫人はカタリーナたちを見た。

「ノイマン家は、直系の血を守るために複数の妻を持つのが義務とされているんです」

「義務……ですか」

「カタリーナ様の家もですか?」

目を丸くしたカタリーナにビアンカは尋ねた。

「いえ、そんなことは……。父も母一人きりでしたし、再婚する気もないようです」


「ほら、やっぱりうちがおかしいのよ」

ビアンカはきっと母親を睨みつけた。

「お母様もおかしいわ、妾の子をお兄様と同じように育てるなんて」

「ビアンカ……」

「私は女を子供を産む道具としか思っていないこの家を変えたいの!」

叫ぶようにビアンカは言った。




「血を継ぐというのは色々あるんですね」

お茶を終えるとカタリーナたちは庭園にある温室へと向かった。

ここには王都にもまだない、異国からの珍しい花々があると夫人に教えられ、散策がてら見にきたのだ。

色鮮やかな大きな花弁を持つものや、見上げるほど背の高い花など、確かに植物に詳しいカタリーナも初めて見るものが多かった。


「私は貴族ではないのでその辺りの感覚は分かりませんが。特に聖獣と関わりのある家は大変なんでしょうね」

「……でもうちは、特に決まりや問題があったとは聞いたことがありません」

ヨハンの言葉にカタリーナは首を傾げた。

アルムスター家は聖狼の加護を得て繁栄した一族とは聞いているが、どんなことをしてもその血を継がなければならないとは聞いたことがないし、フリードリヒも言われていないと思う。


「まあ、色々な考えがあるのだろう。……しかし、子が出来なかった時に妾を得るならまだしも最初から複数持つのは……」

ため息をつきながらそう言うと、ハインツはカタリーナを見た。

「私は子が出来なくとも妾など貰わないからな」


「え、あ……はい」

真剣な眼差しにカタリーナはこくりと頷いた。


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