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「それでは失礼いたします。後で侯爵家から使いを出すよう伝えます」

「はい……ありがとうございます」

戸口に立つと、ディアナは三人と一頭に向かって頭を下げた。


「ディアナ様。残りのパンですが良かったらどうぞ。あと薬も入れておきましたので」

カタリーナは包みを差し出した。

「薬、ですか」

「ええ、大抵の病気や怪我に効く薬です。聖獣の加護を得ている薬なので他の人には秘密にしてください」

「……ありがとうございます」

そんな貴重なものをもらって良いのだろうか。

そう思いながらも、ディアナは包みを受け取った。


「姉上。何か困ったことがあれば侯爵を通じて伝えて下さい」

「……はい」

最後にもう一度頭を下げると、ディアナは一行が立ち去るのを見届けて家へと入った。


バタン、と扉を閉めると部屋の静けさを肌に感じる。

こうしていつも通りの、薄暗くて冷たい部屋にいると、突然現れた自分の弟という王子、自分が国王の隠し子だということ。

そして家の側に倒れていた青年が聖獣だったこと。

それらは全て白昼夢だったように感じる。

(でも……夢じゃないんだ)

ディアナは腕の中の包みへと視線を落とし、それをテーブルの上へ置くと寝室のドアを開いた。



「みんな帰った……帰りました」

(……どうしよう)

平民には見えないとはいえ、人間だと思っていたから色々言えていたけれど。

目の前の青年が、聖獣というこの国にとってとても大切な存在なのだと知ってしまうと……どう話していいのか分からなくなる。


「――今まで通りでいい」

そんなディアナの心を察したのか、ドラコーンは静かにそう言った。

「……はい」

「ディアナ」

金色の瞳がディアナを見つめる。

「君は王都へ行くのか」


「いいえ」

ディアナは首を横に振った。

「私は……これまで通りここで生きていくわ」

「王都には君の家族がいるのだろう」

「――家族は死んだ母だけよ」

「人間は血の繋がりを大事にすると聞いたが」

「……そうね、でも……自分が王の血を引くと言われても、だから王族になりたいとは思わないわ」

父親だという国王も、兄弟の王子も。

血の繋がりはあるのだろうが、ディアナにとっては他人だ。

何より王都には、国王の正妻である王妃がいる。

怯えていた母の様子から想像すると、きっと行かない方がいい。


「そうか」

どこか安堵の色が含まれた声でドラコーンは呟いた。



「――王都には行かないけれど、領主様から使いがくるそうよ」

「使い?」

「あなたと私を保護するんですって」

保護など必要ないと思うし伝えたけれど、聖獣と王女を森の中に放置しておく訳にはいかないらしい。

『受け入れてもらえますか』と申し訳なさそうにカタリーナに言われた。

……王子はいかにも守られて育てられた、世間知らずな感じがあってディアナが王都に行くのが当然と思っているようだ。

けれど、あの婚約者の少女は冒険者の経験があるだけあって平民として生きてきたディアナの立場や状況への理解があるのがありがたかった。

「この家にい続けるのか、別の所に移るのか……それは領主様と話し合って決めるようにって」



「――私は、風に乗りこの地を自由に飛んでいた」

しばらく思案してドラコーンは口を開いた。

「保護など、縛られるのは好きではない」

「……でも今は歩くこともできないのでしょう」

「放っておかれても死にはしない」

「そうかもしれないけど……」


「――だが、君が一緒ならば移っても良い」

つと視線をそらせてドラコーンは言った。


「……そう」

顔に血が集まるような感覚を覚える。

「分かったわ……使者が来たらそう伝えるから」

「ああ」

「じ、じゃあ。後片付けしてくるから」

顔が赤くなったのを隠そうとディアナは寝室から出ようとした。


「ディアナ」

声をかけられ立ち止まる。

「私は君以外の世話を受ける気はないからな」

「……分かったわ」

ますます顔が赤くなるのを感じながら、ディアナは部屋を後にした。


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