10
バサリと大きな羽音が響いた。
「久しぶりの天は遠いの」
光の中から現れたプティノはそう言って一同の前に舞い降りた。
「ドラコーンはどこにおる」
「別の部屋だ」
立ち上がったリーコスに続いて一同は寝室へと向かった。
「久しいの」
ベッドに横たわっていたドラコーンはプティノの姿を認めると、ゆっくりと上体を起こした。
そのドラコーンの腹の上あたりに、プティノは何かをポトリと落とした。
「主から貰った。とりあえず声を取り戻せる」
それは金色に輝く小さな玉だった。
「飲め」
「……」
指先で金の玉をつまんだドラコーンは、しばらくそれを見つめるとおもむろに口に運んだ。
白い喉が動いた。
「どうだ」
「――ああ……」
ドラコーンは深く息を吐いた。
「息が楽になった」
それはとても美しい声だった。
「お主は声が力の源だからの」
「身体は動くのか」
「――足に力が入らない」
リーコスの問いに、ドラコーンは首を横に振った。
「そうか。それでプティノ、主は何と?」
「やはり原因はウィバリーの血が絶え、ドラコーンとこの地の縁も絶えたせいだ」
プティノは答えた。
「ドラコーンの力が失われたせいで我らの力のバランスが乱れ、他の三体の力も失ったのだと」
「戻すには」
「まず北の海へ行き、イクテュスを見つけ奴にもノイマンの血を継ぐ者に加護を与えさせる」
「ノイマン……辺境伯ですね」
話を聞いていたヨハンが口を開いた。
「しかし、聖魚は海にいるのですよね。見つけられるでしょうか」
「ノイマンの直系に探させれば良い。血を継ぐ者が近づけば自然と会えるものだ、我やリーコスがそうであったように」
「自然と会える……」
カタリーナが山でリーコスと出会ったのは、血の繋がりがあったからだったのか。
そう思い、リーコスを見るとカタリーナと視線を合わせて小さく頷いた。
「それから我ら三体がドラコーンに力を分け与える。その後は新しい番を得て子を成し、またこの地との縁を作ればよいのだが、そちらは問題なさそうだな」
「ああ」
ちらとディアナへ視線を送ると、プティノはバサリと羽を広げた。
「我は帰る。久しぶりに飛んで疲れた」
「ありがとうございました」
深く頭を下げたヨハンに続いてカタリーナたちも頭を下げた。
「よい、これは我らの問題よ。主も予測できなかった」
「……神でも予測できないことが?」
「この世に万能のものなどない」
プティノの身体が赤い光に包まれる。
光が消えるとその姿も消えていた。
「――では、一度王都に戻りノイマン領へ向かいましょう」
「ああ」
ヨハンに頷くと、ハインツはディアナに向いた。
「姉上も王都へ来て頂けますか」
「……私は……」
ディアナは首を横に振った。
「ここから離れたくありません」
「けれど、このような家にいさせる訳にはいきません」
「……殿下にはみすぼらしく見えても、私にとっては母との思い出がある大切な場所です」
(それに……)
ディアナはちらとドラコーンに視線を送った。
――もしも自分が王都へ行ったら、誰が彼の面倒を見るのだろう。
何も食べなくとも平気らしいが、歩くことのできない彼を独り残すわけにはいかないのに。
「だが……」
「殿下」
カタリーナが口を開いた。
「ディアナ様には、ここでドラコーンの看病をしていただくのが良いと思います」
「ドラコーン殿の?」
「私も同意だ」
リーコスが言った。
「これを独りにしておけばまた声を失うかもしれぬ」
「しかし……このような場所では」
「殿下、少しいいですか」
渋るハインツを、カタリーナは隣の部屋へと連れ出した。
「殿下。ディアナ様はおそらくドラコーンの番になります」
「……何?」
カタリーナの言葉にハインツは目を見開いた。
「まだ弱いですが、二人の間に縁のようなものが生まれているのを感じるんです」
カタリーナがリーコスへと視線を送ると、聖狼はこくりと頷いた。
「あれは人の好き嫌いが激しくて、昔我々が番を選んだ時も最後に決まったのがあれだった。そのドラコーンの新たな番となれる者が既にいるのだ、あの娘を逃してはならない」
「姉上が……」
「それにいきなり陛下の隠し子であるディアナ様を王都に連れて行けば……また王妃様のお怒りが増すかと」
カタリーナの言葉にハインツの表情が強張った。
「それは……」
「ディアナ様には罪がないとはいえ、王妃様と会わせるのは……今は避けた方がいいと思います」
フリューア領から帰ってきたばかりのカタリーナは王妃に捕まり、不在の間にあった、国王が王子たちの婚約者を交換したいという発言について散々愚痴られた。
そのついでに過去の国王の女性問題もひとしきり聞かされて……今は仲が良いとはいえ、王妃の中ではまだ終わってはいないのだとつくづく思ったのだ。
その王妃が、隠し子の存在を知ったらどう思うだろう。
それで国王との仲が悪化するのは仕方ないとしても、ディアナに被害は出したくない。
彼女とは会ったばかりだが、同じ聖獣に縁がある者として他人ではない感覚を覚えるのだ。
「それは確かに……だからといって、こんな家に置いておく訳には行かないだろう」
「こんな家とおっしゃいますが、平民の家としては普通です」
「しかし」
「ではウィバリー侯爵に二人の保護を頼みましょう」
ヨハンが口を開いた。
「ドラコーン殿はこの領地から離れなければいいのですよね」
「ああ」
リーコスは頷いた。
「侯爵家に移ってもらうのか、この家に警備をつけるのかは当人たちの希望によりますが。まずは侯爵にこのことを伝えましょう」
「――ああ、分かった」
ようやく納得したようにハインツは頷いた。




