07
「ドラコーンの匂いがするな」
とん、と狼姿のリーコスがディアナの目の前に飛び降りた。
「ひっ……」
突然現れた大きな金色の狼にディアナは後ずさった。
「リーコス、怯えているわ」
鼻先をディアナへ近づけようとしたリーコスをカタリーナは慌てて制した。
「匂いがするとは?」
ハインツが尋ねた。
「この娘の側にドラコーンがいる」
「……ドラコーン……?」
「愛想の悪い青髪の男だ」
恐る恐る口にしたディアナをじっと見つめてリーコスは言った。
「娘、お前の所にいるだろう」
「……その人……かは……分からないけど……」
人の言葉を話す狼など、信じられないが。
三人の人間は自然に会話しているし、それに最近のこの草原や森の異変、そして奇妙な青髪の男性など、色々な事が起きすぎて感覚がおかしくなっているのかもしれない。
ディアナは狼の問いに答えた。
「どこにいる?」
「……この近くの……家に」
「行ってみましょう」
ヨハンが言った。
「ところで」
リーコスはハインツへと頭を巡らせた。
「何故お前の兄弟がこんな所にいる?」
「——は?」
ハインツは目を見開いた。
「ちょっとリーコス!」
カタリーナは慌てて声を上げた。
「そういうことは露骨に言わないで」
「お前だって見えるのだろう」
「そうだけど……」
「待てカタリーナ。何の話だ」
「……あの……実は私も、リーコスの影響なのか、見えるようになりまして……」
「見える? 何を」
「人の繋がりです……血縁関係とか。それで……」
カタリーナは視線をディアナへと移した。
「——お二人は……顔も、似ています」
ディアナはハインツを見た。
茶色い髪に茶色い瞳の彼の、その顔立ちはあまり特徴を感じられず、似ているようには見えなかった。
「ああ、私達は魔法で外見を変えているんです」
ディアナの心境を察したのかカタリーナが言った。
「外見を……?」
その言葉に反応するように、ハインツの身体が光を帯びた。
光が消えた中から現れた美麗な青年の姿にディアナは息を飲んだ。
——これは確かに……。
「貴女の顔を見せていただいても?」
ハインツはディアナに向いた。
「……はい」
フードを外して現れたディアナの顔に、今度はハインツとヨハンが息を飲んだ。
同じダークブロンドの髪と碧眼を持つその顔は、確かにハインツやその血縁とよく似ていた。
「名前と年齢を聞いても?」
「……ディアナ。十九歳です」
「二つ上か。母君は?」
「……母は二年前に病気で死にました」
「父親は?」
「……どこかの貴族とだけ」
「貴族?」
「侍女として仕えていて……そこの主人の子を身籠ったので、辞めてこの地に来たと聞いています」
どこの家とは言わなかった。
相手に……特に奥方に存在を知られたら身が危ないと——そう言われていたことを思い出して、ディアナは焦った。
きっと目の前の、自分の弟らしい青年は奥方の子供なのだろう。
その彼に自分の存在を知られるのはまずいのでは。
「はあ……」
ハインツは深くため息をついた。
「……確かに、外に子がいてもおかしくないとは思っていたが……まさかこんな所で姉を見つけるとは」
「あ、あの。私誰にも言いませんから。貴族とか関わるつもりもないですし」
「そういう訳にはいきません」
「でも」
「貴女の母上は嘘をついています」
「……嘘?」
「私はハインツ・マイスナー。この国の第二王子です」
「王子? まさか……」
「そう、貴女の父親はこの国の国王です」
ディアナは絶句した。
「あの、外に子供がいてもおかしくないと言うのは……」
「父上は昔、女性関係で色々やらかしていたそうだ」
ヨハンの問いにそう答えて再びため息をつくと、ハインツはディアナに向いた。
「——貴女の処遇に関しては後で考えるとして。今はまず、家に案内してもらえるだろうか」
「あ……はい」
呆然としていたディアナは我に帰ると慌てて頷いた。




