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02

「それではお父様、行ってまいります」


カタリーナとフリードリヒは父親の書斎にいた。

目の前では父であるアーデルベルト・アルムスター侯爵が立っている。

今年四十歳になるがまだまだ若々しく、騎士と間違えそうなほど立派な体格と凛々しく知性の溢れる顔立ち。

美丈夫という言葉が良く似合う、自慢の父だ。

「ああ、二人とも気をつけるんだよ」

「はい」

フリードリヒが出口——ではなく、書斎の奥、書庫へ通じる扉に手をかけ、口の中で何か呟いて扉を開けた。



扉の向こうにあるのは小さな部屋だった。

とても侯爵家の中にあるとは思えない、庶民の家のような粗末な作り。

「さあ、着替えるわよ」

カタリーナは荷物を机に置くと、壁に据え置かれたクローゼットを開いた。


「っねーちゃん! 人前で着替えるなって言ってるだろ!」

躊躇いもなくドレスを脱ぎだしたカタリーナにフリードリヒが叫んだ。

「あんたしかいないんだから良いじゃない」

「いや良くないし」

「姉弟なんだから良いじゃない、それに下着は脱がないもの」

「そういう問題じゃない!」

「嫌なら向こう向いてなさいよ」


騒ぎながらも二人、手早く着替えていく。

フリードリヒは生成りのシャツに濃茶のベストとパンツ、革の防具を身につけていった。

カタリーナはやはり生成りのワンピースに革のブーツだ。


長い髪を三つ編みにしながら呪文を唱えると、カタリーナの金髪が見る間に茶色へと変化していく。

瞳も焦げ茶色に変えて、さらに印象が残りにくくなる認識魔法もかけてキャスケットを深くかぶる。

見るとフリードリヒも色を変え終えて腰に剣を差しているところだった。

カタリーナも腰に短剣を下げれば準備完了だ。


「行くよねーちゃん」

「ええ」

フリードリヒが入ってきたのと同じ扉を開いた。



扉の向こうに広がっているのは書斎ではなく外の風景だ。

二人が出てきたのは街外れ、森の側にある小さな家で、周囲に同じような家がぽつぽつと立っているような寂しい所だ。


人気のない道を並んでしばらく歩き、やっと店が立ち並ぶ道へ出るとその端にある一軒へ入った。


「リナちゃん! 久しぶり!」

受付に座っている女性が二人の姿を認めて手を振ってきた。

「レベッカさん、お久しぶりです」

「良かったー来てくれて。依頼がどんどん溜まっていくばかりなんだもの」

「すみません……」

申し訳なく思いながら、カタリーナは手にしていた袋を机の上に置いた。

「これ少ないのですが、薬とお菓子です」

「良かったー助かったわ、リナちゃんの薬がなくなりそうで焦ってたの。お菓子もありがとう!」

甘いものが好きなレベッカの顔がぱあっと明るくなった。


カタリーナが作る薬は他の人のものよりも効能が高いと人気がある。

お妃教育で来られない間はフリードリヒに代わりに持って行ってもらおうと思っていたのだが、作る時間すらなかなか取れなかったのだ。


カタリーナがレベッカと挨拶をしている間にフリードリヒはさっさと壁際に移動して、依頼のリストを確認している。

カタリーナもレベッカの仕事の邪魔にならないように壁へと移動した。


「この依頼リスト、並べ替えてもいいですか?」

「いいわよーどうせリナちゃんしか引き受けてくれないんだもの」

カタリーナの前にあるのは薬草関係の採取依頼を一件ずつ貼ったものだ。

それらをざっと見回して、とりあえず優先度は無視して採取場所ごとにまとめていった。



ここはアルムスター侯爵家の領地内にあるギルドで、魔獣の討伐から薬草採取、探し物などあらゆる仕事がやってくる。

二人はここに冒険者登録し定期的に訪れては依頼を受けているのだ。


領主として領民の生活を肌で知るため、また己の剣技や魔法を鍛えるため、アルムスター家の人間は身分を隠し冒険者としてギルドに登録することが慣しとなっている。

二人も十歳になった時に父に連れられやってきた。

ちなみにこのことはギルドの一部の人間は知っており、受付のレベッカも二人の素性を知っている。


カタリーナはこのギルドで主に採取系の依頼をこなしていた。

最初の頃は魔獣討伐にも出ていたが、第二王子の婚約者となってから万が一を考えて禁止されてしまったのだ。

——それがとても残念なのだが、ギルドに来ること自体を禁止されるよりはいいかと諦めていた。

それに採取系の仕事は地味で手間もかかるため人気がなく、カタリーナが受けることでギルドの人たちも喜んでくれる。

領民の役に立つのも領主一族の役目なのだ。



「うーん……とりあえず今日は山に行くか」

分け終えたリストを眺め、カタリーナは一番量が多そうな山を目的に定めた。


「ねーちゃん、決めた?」

見ると弟のフリードリヒもとい、フリッツも今日の仕事を決めたらしく一枚の紙を手にしていた。

「ええ、山に行くわ。そっちは?」

「オレは今日はネズミ退治してくる」

フリードリヒの持っている紙を見ると、ネズミの魔獣の大群が出て困っていると書かれてあった。

「……あんたも地味で面倒くさいの選びがちよね」

「でもこれが一番困ってそうだし。それに高い集中力と細かい魔力の調節が必要だから意外といい訓練になるんだよ」

魔鼠は一匹一匹は弱いが、数がやたら多く全て倒さないとすぐに繁殖してしまう。

一度目をつけられると食料やら何やら食べ尽くされてしまうので大変厄介なのだ。


冒険者ならばもっと戦いがいのある大物を狙いたがるものだが、フリードリヒが選ぶ依頼はだいたいこのような「切実だけど面倒くさくてやる人が少ない」ものだ。

彼の実力は相当なものだし、若いのだから腕試しで強い相手と戦いたいという気持ちもあるはずなのだけれど。

……まあそこは困っている人を見ると助けたくなってしまう、お人好しというか優しい性格がどうしても出てしまうんだろう。

彼は領民の気持ちに寄り添える、いい領主になりそうだとカタリーナは思っていた。



「それじゃレベッカさん、行ってきます」

「はあい、二人とも気をつけてねー」


ギルドを出ると、二人は別の方向に向かって歩き出した。

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