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03

「カタリーナも魔物と戦ったことがあるのか」

王宮へ着くとカタリーナはサロンへと案内された。

ハインツに促され、ソファに並んで腰を下ろす。


「……はい」

カタリーナは頷いた。

「経験は少ないですが。殿下の婚約者になってからは討伐を禁じられたので」

「ということは十四歳より前に?」

「我が家では十歳からギルドに登録することになっています」

「そうか……」

ふ、とハインツは息を吐いた。


「殿下?」

「私は幼い時から剣技を学んでいるが、実戦を経験したことはない。だがそれでは強くなれないのだと今日のフリードリヒの試合を見て思ったのだ」

「……実戦の経験がないのは良いことなのではないですか?」

王子が実戦を経験する。

それはその身が危険に晒されたり、戦争が起きて戦線に赴かなければならないなど、国にとって悪い状況が起きるということ。

つまりこの国は平和であるということでもあるのだ。


「それでも、やはり『本当の戦いの場』というものを経験している者は違う」

「それは、そうでしょうけれど……」

訓練を重ねれば技術は上がる。

けれど、実戦で得られる経験というのもまた必要なものだ。


「私は君を守れるくらい強くなりたい」

ハインツはカタリーナの手を握りしめた。

「君は聖獣の加護を受けているし、私の力など必要ないのだろう。それでも、私は君を守りたいし強くなりたいんだ」

悲しみの中に熱を帯びた瞳がカタリーナを見つめた。


「……殿下……」

「カタリーナ。私は君を愛しいと思う」

目を見開いたカタリーナの手を、ハインツは自身へと引き寄せた。

「愛する君を守れる男に、私はなりたい」

手の甲に口づけるとカタリーナの頬がさっと赤く染まった。


「……君も少しは私を意識してくれるようになったか」

そんなカタリーナを見てハインツは少しほっとしたような顔を見せた。

以前、このサロンでお茶をした時はハインツに手を握られても何の反応も示さなかったが。

顔を赤くしたまま俯いたカタリーナの手を更に引き寄せると、バランスを崩して倒れ込んできた身体を抱きしめる。

「カタリーナ」

囁かれ、更に赤く染まった耳元にハインツは口づけを落とした。




「お帰り……」

王宮から帰ってきたカタリーナが見たのは、ぐったりした様子のフリードリヒだった。


「……どうしたの?」

「女子の集団が……キツい」

「ああ……」

女生徒たちに囲まれていた弟の姿を思い出す。

あの後おそらく彼女たちからのお祝いの言葉やプレゼント攻撃を受けたのだろう。


「あんな集団で寄ってこられても迷惑なだけなんだけど。分からないのかなあ」

行儀悪くソファに寝転がりながらフリードリヒはため息をついた。

「そうねえ」

フリードリヒはよくモテる。

見た目も家柄も良く、成績も優秀だ。

さらに今回の剣技大会で二年生を抑えて優勝したのだ、さらに注目を集めるだろう。

そして、もう一つ大きな理由がある。

「婚約者を決めればそんなに寄ってこなくなるんじゃないかしら」

フリードリヒには未だ婚約者がいない。

だから彼を狙う令嬢たちからのアプローチが激しいのだ。


「――分かってる」

視線を宙に向けてフリードリヒは言った。

「でも……少なくとも卒業するまでは決めない」

「そう。じゃあ諦めないと」


フリードリヒが婚約者を決めない理由を、カタリーナは知っている。

彼はギルドに気になる相手がいるのだ。

それを教えてくれたのは受付嬢のレベッカで、相手は支援系の魔法を得意とする冒険者の女性らしい。

カタリーナはギルドで見かけたことがある程度だが、赤い髪の可愛らしい少女だ。

フリードリヒと彼女とは恋人ではないが互いに意識し合う仲で、ギルドの皆で温かく見守っているのだと。


けれどフリードリヒは侯爵家の後継。

冒険者と結婚はできない。

それは彼も良く分かっているだろうし、だから相手の女性と恋人にはならないのだろう。

学園を卒業すればギルドからも卒業し、次期侯爵としての教育が始まる。

それまでの間の、束の間の恋心。

叶わないけれど――応援してあげたいと、カタリーナも思う。


(恋かあ)

カタリーナはそんな心を知る前に婚約が決まった。

そしてこの先も知ることなく結婚するものと思っていたけれど。

先刻の王宮でのことを思い出してまた顔が赤くなる。


ハインツの、自分へ向けられる眼差しが変化していたことには気づいていた。

けれど、あんな直接的に――告白されるとは。

(殿下のことは……前に比べれば、ずっと、いいと思っているけれど)

ハインツに抱く気持ちが恋なのかは、正直まだよく分からない。

けれど告白されて、触れられることは、嬉しいと思う。


(好き……なのかなあ)

そう思うと、心の奥がむず痒くなるのをカタリーナは感じた。

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