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01

——ああ、また嫌な風が吹く。

頬を刺すような風を感じ、顔を上げるとディアナはため息をついた。


ここは本来、穏やかで暖かな風が吹く、豊かな草原のはずだった。

だが数年前から冬でもないのに冷たい北風が吹くことが増え、豊かな恵みをもたらすはずの草原を少しずつ弱らせていった。

特に最近は土地の痩せ方が激しくなっているように思う。

それは草原や森の恵みで生きていたディアナにとっては由々しき問題だった。


(一人暮らしなら何とかなるけど……今は『彼』がいるし)

手にした籠に視線を落とす。

その中には一日中歩き回って見つけた今日の食糧が入っていた。

一人分には多いけれど、二人で食べるには足らない量。

『彼』はほとんど食べてくれないけれど……それでも今日は食べるかもしれないと思うと用意しない訳にはいかない。


気を取り直すように息を吐くとディアナは歩き出した。



草原の端にある、小さな森の中にある小さな小屋。

そこがディアナの家だった。


がたつく扉を開ける。

暗い室内にあるのは古びた二人がけのテーブルと椅子。

左には小さな台所。

テーブルの上に籠を置くと、ディアナは右側の扉を開いた。


「ただいま」

ディアナの声に、ベッドに横たわる青い頭がゆっくりと動く。

「果物はなかったけど、木の実を見つけたわ。煮て柔らかくすれば食べられるかしら」

ディアナの問いに、青髪が小さく横に揺れる。


「……でも昨日も何も食べなかったでしょう。美味しくなくても何でもいいから食べないと」

ふい、と青髪はディアナに背を向けた。

「——用意はするからね」

相手に聞こえないように、ディアナは心の中でため息をつくとそう言って扉を閉めた。


ディアナが男を見つけたのは一月ほど前のことだった。


小屋の側を流れる小川のほとりに彼は倒れていた。

ディアナより少し上、二十代前半くらいだろうか。

青い髪に真っ白な肌を持つ、とても美しい男だった。

これほど美しい者は平民ではまずいないだろう。

貴族や王族……どちらにしても関わるには面倒すぎる相手だ。

だが自分の家の側に倒れている人間を放置するのも後味が悪すぎる。

放って置けず、ディアナは大きな身体を背負い、何とか家まで連れ帰ったのだ。


男が目覚めたのは三日後だった。

奇妙な男だった。

ディアナの言っていることは理解しているようだったが一言も口を聞かない。

そして食事を取ろうとしなかった。

最初は庶民が食べるようなものなど食べたくないのかと思ったが、けれど何も食べなければ死んでしまう、と訴えるが首を横に振るばかり。

それでも何度もディアナが訴えるとようやく果物などを口にしたが、少し食べただけでもういらないとばかりに背を向けてしまう。


だが不思議なことに、男は食べなくとも平気なようだった。

目覚めてからずっと、起き上がるのは辛いようでほとんどの時間ベッドに横になっていたが……それ以上弱る気配はないのだ。

水すらろくに飲まないのにその髪は艶やかで、肌もなめらかなまま。

本当に不思議な男だった。


そしてもっと不思議なのは——この謎すぎる男の世話をすることが、ディアナには不快ではないのだ。

ディアナは母親が病気で死んだ二年前からこの小屋に一人で住んでいる。

母はディアナを外に出そうとせず、自分が死んだ後はここで一人で暮らすか修道院に入るよう言い残した。

母以外の人間とろくに交流したことがないディアナには、修道院での集団生活に耐えられる気がしない。

だからずっと一人、ここで暮らしていたのだ。


母親以外の人間との接触は最小限にしてきたから、当然若い男性と接したこともほとんどない。

だからこうやって、男と二人同じ家で暮らすなんて考えられなかったけれど。

なぜかこの、愛想も言葉も全くない男がいる、その空間は不思議と心地が良い——空気が穏やかなのだ。

そしてその空気が母親を失った悲しみを、孤独を少しずつ癒してくれる。


だから今日もディアナは男のために食事を用意するのだ。

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