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09

「あなた?!」

夫人が悲鳴のような声を上げた。


「どういうことですの?!」

「聖鳥の加護を得た者がフリューアの当主となる。フリューアの血が続く限りこの決まりだけは覆せぬ」

「当主はアンドリューが継ぐと決めていたでしょう!」

夫人は長男の肩を抱いて叫んだ。


「だが加護を受けたのはルドルフだ」

「そんなに加護が大事なの?!」

「わがフリューア家がこの地を治められるのは聖鳥の加護を受けられる血筋だからだ」

毅然とした口調で伯爵は言った。


「……ならばアンドリューも加護を受ければ良いのでしょう」

夫人はそう言うとルドルフを睨みつけた。

「それが受けられるのならばアンドリューだって……」

「わが加護を受けられるのはルドルフのみ」

プティノが夫人の言葉を遮った。

「フリューアの血を引く子はルドルフただ一人だからな」


ザワ、と室内の空気が揺れた。

見守っていた執事や侍女達が息を飲む。

伯爵も目を見開き——すぐに夫人を見た。


「な……なにを言って……」

怒りで赤く染まっていた顔が見る間に青ざめた。

「おまえ……まさか」

夫人の様子に、伯爵の視線が二人の子へと泳いだ。

兄のアンドリューもその意味が分かったのだろう、やはりその顔を青ざめさせて母親を見た。

妹はまだ分からないのであろう、訝しげに首を傾げた。


「そ……そんな……あるはずないわ……」

「我が言葉を認められぬなら試してやろう。フリューアの血を引かぬ者が我が加護を受ければその身体は耐えきれず内から焼け死ぬからな」

そう言って金の瞳がアンドリューを見ると彼はひっと悲鳴を上げた。


「さあどうする」

「は……ははうえ……!」

「——それはお止め下さい、プティノ様」

伯爵が口を開いた。

「血が繋がらなくともこれまで息子と思い育ててきた者。命を奪うようなことはしたくありません……」

力のない声で伯爵は言った。


「血が繋がらない?」

「……この三人を部屋へ入れておけ」

目を丸くした妹にちらと視線を送ると伯爵は執事に命じた。


「違うわ! あなたっ……」

青ざめながらも叫ぶ夫人と二人の子供が侍女達の手によって連れ出されると、伯爵はプティノに向き直り、改めて膝をついた。

「……お見苦しいものをお見せして申し訳ありません」

「お主が謝るのは我ではなかろう」

プティノの言葉に伯爵ははっと息を飲み、その視線をルドルフへと向けた。


「ルドルフ……すまなかった」

「……父上」

「私は……フリューアの家に生まれながら魔力がなく、欠陥品だと父に罵られ……魔力の強かったお前の母親と結婚するよう命じられた。生まれたお前には魔力があったが、同じく魔力のなかったあの女との間に生まれたアンドリューにも魔力があった、だから私は欠陥などではないと思っていたのだが」

自嘲するようなため息が溢れる。

「——やはり私は……私にはフリューアの資格はなかったのだな」


「父上……」

「先刻言った通り、お前が十六になったら家督を譲る。あの女は修道院に入れる。二人の子に罪はないが……この家にはおいてはおかれぬ」

伯爵は再びプティノに向くと頭を下げた。

「プティノ様のお陰で……私はフリューアの血を絶やすという最大の罪を犯さずに済みました」


「例えフリューアの血が絶えても我が在る限り、我の子となる者は続く」

バサリ、と赤い羽が広がる。

「フリューアという名や当主であることにこだわる必要はない」

「——プティノ様にはそうであっても、フリューア一族にとっては大事なのです」

伯爵はそう言うと深く頭を下げた。

「……どうぞ、ルドルフをよろしくお願いいたします」

ルドルフを見る事なく伯爵は部屋から出て行った。


「……やっぱり……僕は父上にとって、いらない子なんですね」

父親の背中を見送るルドルフの声は震えていた。

「……加護を受けて……少しは受け入れてくれると思ったのに……」

ルドルフの欲しかったものは謝罪の言葉ではない。

よくやったでも、おめでとうでも——たった一言でもいいから褒めて欲しかったのに。


ぽたり、とその瞳から落ちた滴が絨毯に染みを作った。



聖獣の加護を受けられる資格を持つ一族の中で、魔力を持たない者というのがどれほど肩身の狭いものなのか……カタリーナには分からない。

それでも、血の繋がった実の親子なのだ。

それなのに……あんな、捨てるような態度を取るなんて。

ルドルフはまだ十二歳の子供なのに。


「我がお前の親だ」

大きな翼がルドルフの頭を撫でた。

「……うん……」

小さく頷いて、そのまま俯いたままのルドルフを見て、カタリーナはプティノの側へ寄ると小さく囁いた。


「……そうか」

プティノの身体が光に包まれる。

光が消えた中から現れたのは、三十代くらいの赤い髪を持った人間だった。


「ルドルフ」

驚いて振り仰いだ少年の身体を男性が抱き寄せる。

「我がいる。我が家族だ」

「——っ……」

ぎゅ、とルドルフはプティノに抱きついた。

嗚咽を上げながら泣きじゃくるルドルフを、プティノは強く抱きしめた。


「……何を言ったのだ?」

ハインツはカタリーナに尋ねた。

「ルドルフを抱きしめてあげて下さい、と。……今あの子が欲しいのは、自分を抱きしめてくれる家族の温もりだと思いましたので」

子供を愛さない父親は理解出来ないけれど、親の愛情を求める子供の心は理解できる。

——カタリーナも母親が死んだ時、その腕の温もりを求めたから。

同じように母親を恋しがりながら泣きじゃくる弟を抱きしめ一緒に泣いていたカタリーナ。

そんな二人を泣き止むまで抱きしめてくれたのが父親だった。

あの強くて温かな腕がなかったら——姉弟が悲しみの底から抜け出すことはできなかったかもしれない。


それほど家族の愛は大切だということをカタリーナは知っている。

そしてそれを得られないルドルフの辛さを。


けれどルドルフにはプティノがいる。

今はまだ辛いけれど……きっと、やがて乗り越えられるだろう。


そう願いながらカタリーナはプティノの胸で泣き続けるルドルフを見つめていた。

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