08
フリューアの屋敷へ戻ったのは、すっかり日も暮れた時間だった。
「ルドルフ様どちらへ……っ」
出迎えた執事がルドルフの姿を見て息を飲み――さらにその肩に止まる鳥を認めてその目を大きく見開いた。
「……まさか、ルドルフ様……」
「父上に、話があると伝えてもらえる? 応接室に行くから」
「はっ」
執事は身を翻すと慌てて去っていった。
「……彼はルドルフの身に何が起きたのか、すぐ分かったようだな」
その背中を見送ってハインツが言った。
「あの執事はフリューアの分家筋で……僕に聖獣のことを教えてくれた一人です」
「——聖獣の加護を受けられるのはその血を引く一族とのことですが、分家も入るのですか?」
ヨハンはプティノを見た。
「いや。我らの血は直系の子のみに伝わる。分家となったり外に出た者はその一代限りで失われる」
「……つまりカタリーナ様の子供も?」
「私の加護は受けられないな」
リーコスが答えた。
「加護を受けられる血が多いほど争いの種になる、それが人の性だ。それを見越して我らの主が制限をかけたのだ」
「だがその制限のせいでドラコーンの血は絶えてしまった」
ふ、とプティノは小さく息を吐いた。
「解決方法はないのですか」
「新たな番を選び子を成せば良いのだが。あれは気難しいからの……」
「番が決まったのはあいつが一番最後だったな」
「ひと恋しがるくせに選り好みが激しい。面倒臭いやつなのじゃ」
はあ、と聖獣ふたりが同時にため息をつく。
その人間臭い表情と言葉に思わずカタリーナの口元が緩んだ。
聖獣というものは、ずっと神聖で特別な存在だと思っていた。
けれどリーコスもプティノも、その仕草といい人間とそう変わりない。
特に人間の姿の時のリーコスは顔に現れる感情も人間そのもので、力は戻ったはずなのに未だに薬草入りのパンを欲しがり、美味しそうにそれを食べる。
———幼い頃に読んだ絵本には、昔聖獣は人間と近い存在であったと、子供たちに囲まれて昼寝をする聖狼の絵と共に書かれてあったが。
あれは本当のことだったのだろう。
通された応接室でそんなことを考えていると、外からバタバタと忙しない足音が聞こえた。
「ルドルフ……っ」
部屋に飛び込んできたフリューア伯爵は、ルドルフの姿を見て目を見張った。
「お前……その髪……まさか本当に……」
「フリューアの当主よ」
ルドルフの肩に乗っていたプティノが羽根を広げて飛び上がった。
見るまにその姿は大きくなり、伯爵の前へと舞い降りた。
「見ての通りだ。ルドルフは我の加護を受け我が子となった。この意味が分かるであろう」
「——は……聖鳥……プティノ様……」
伯爵は膝をつくとプティノに向かって深く頭を下げた。
「我が子?」
「加護を受けた者は実の親よりも聖獣と血の結びつきが深くなる。だから聖獣の子となるのだ」
思わず呟いたカタリーナにリーコスが答えた。
「……それはつまり……リーコスは……」
「お前の父親だな」
「……まだ兄の方が……」
どう見ても二十代にしか見えないリーコスにそう言われてカタリーナの顔が思わず引きつる。
「父親……そうか」
その隣でどこかほっとしたような顔でハインツが小さく呟いた。
「まさか……このような事が起こるとは……」
頭を下げたまま、伯爵は声を震わせた。
「もう何代も加護を得られず……私も魔力がなく……お姿を見ることすらないと……まさか息子が……」
身体を震わせながら語る父親を、ルドルフは驚いたように見つめていた。
カタリーナ達も昨夜の聖獣に対して無関心なようにも見えた伯爵の、今の態度に驚いた。
——伯爵に流れるフリューアの血が、プティノを前にして彼を目覚めさせたのだろうか。
「何事ですの、この騒ぎは」
夫人と二人の子供が入っていた。
目の前の光景に夫人は訝しげに眉を顰めた。
「あなた……?」
「——見ての通りだ。ルドルフが聖鳥の加護を得た」
すく、と伯爵は立ち上がり一同を見回した。
「決めた。ルドルフが十六になったら家督を譲り、当主とする」
「え」
父親の言葉にルドルフは目を見張った。




